第四話 剣聖
静まり返った道場。
さっきまで騒いでいた門下生たちは、今や誰一人として口を開いていなかった。
全員の視線が俺へ集中している。
……まずいな。面倒な流れだ。
年長の門下生が恐る恐る口を開く。
「し、師範……今のって……」
別の門下生も続く。
「木刀でしたよね……?」
「うん」
「え?」
なんでそこで“え?”みたいな反応されるんだ。木刀は木刀だろ。
「いやいやいや!!」
ついに誰かが叫んだ。
「木刀であんな魔物吹っ飛ばすとか聞いたことないですって!?」
「しかも森割れてたぞ今!?」
「風鳴ってた!!」
「なんか最後、山揺れてませんでした!?」
「揺れてねえよ」
「揺れてました!!」
うるさいなこいつら。
俺が頭を掻いていると、アレンが静かに口を開いた。
「皆さん」
その一言だけで、空気が締まる。さすが騎士団長だ。こういう時の統率力は本物らしい。
「あなた方が今見たものは、風凪流の一端です」
「いったん……」
門下生たちの顔が引きつる。“あれで一端なのか”って顔だ。
アレンは真面目な顔のまま続けた。
「そして、この方こそ――」
「待て」
俺は即座に止めた。だが遅い。アレンは一切止まらなかった。
「八傑全員の師であり」
嫌な予感しかしない。
「王国最強と謳われた剣士」
やめろ。
「――“剣聖”ロウ・ヴァレイスです」
沈黙。
風が吹く音だけが響く。
門下生たちは数秒固まったまま動かなかった。
そして。
「……ええええええええええええええっ!!?」
山に絶叫が響いた。鳥が飛び立つ。犬が遠くで吠える。うるさい。
「け、剣聖ぃ!?」
「えっ!? えっ!?!?」
「八傑の師匠!?」
「そんな人だったの師範!?」
「聞いてない!!」
「言ってねえからな」
俺はため息をつく。すると年少組の一人が震える声で言った。
「で、でも……剣聖って……もう引退した伝説の人じゃ……」
「してるぞ。今」
「え?」
「だから隠居して道場やってんだろ」
門下生たちが一斉に固まる。理解が追いついていない顔だ。
まあ当然か。
王国で“剣聖”といえば、もう半分おとぎ話みたいな扱いだ。
戦争を単独で終わらせただの、竜を斬っただの、尾ひれも大量についている。
大体盛られてる。竜は斬ったけど。
「斬ってるんですか!!?」
しまった、口に出てた。
門下生たちが完全にパニックになる。
「え、待って!?」
「じゃあ八傑って全員、師範の弟子なの!?」
「騎士団長も!?」
「リゼ様も!?」
「黒鴉様も!?」
「うるせえな……」
俺は額を押さえる。隠してた意味が全部消し飛んだ。
するとアレンが静かに俺を見る。
「いずれ知られることです」
「お前のせいで今知られたんだが?」
「必要だったかと」
「必要ねえよ……」
だが、門下生たちの目はもう変わっていた。
憧れを見る目だ。
今まで“ちょっと強い山の師範”だと思っていた相手が、突然、王国の伝説本人だと判明したのだから当然だろう。
その中で、一人の少年が前へ出た。昼間、 “八傑みたいになりたい”と言っていた子だ。
「……師範」
真っ直ぐな目だった。
「俺、もっと強くなりたいです」
俺は少しだけ目を細める。
「急だな」
「だって……」
少年は拳を握る。
「俺、今日まで剣って時代遅れなのかなって少し思ってました。でも――」
さっき俺が裂いた森を見る。
「師範の剣、すげえって思ったから」
真っ直ぐな言葉だった。
アレンが静かに目を閉じる。
俺は少しだけ考えてから、口を開く。
「勘違いするなよ」
門下生たちが顔を上げる。
「剣がすごいんじゃない。積み重ねた奴が強いんだ」
静かな夜に、俺の声だけが響く。
「魔法だろうが剣だろうが同じだ。毎日積み上げた奴が最後に勝つ」
誰も喋らない。全員が聞いていた。
「だから強くなりたいなら、明日も素振りしろ。千回な」
「……はい!!」
今までで一番大きな返事だった。
その時だった。アレンがふと外を見る。
「……来ましたか」
「?」
次の瞬間。
ヒュン――。
何かが夜空から降ってきた。
そして。
ドンッ!!
道場前の地面に、人影が着地する。
門下生たちが悲鳴を上げかけるが、その人物はケラケラ笑っていた。
「いやー! やっぱここだったか!」
長い青髪。風を纏うような魔力。背中に背負った大剣。
そして、底抜けに明るい笑み。
「久しぶりだね師匠!」
門下生たちの目がさらに見開かれる。
「え……」
「ま、まさか……」
女はニッと笑った。
「八傑が一人、 “蒼嵐”リゼ・クラウ! ただいま到着!」
…はぁ。今日はもう休みたい。




