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第三話 戦闘

 夜の山道に、重い足音が響く。


 ズシン。ズシン。


 木々が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立った。

 門下生たちは道場の入口付近で固まり、不安そうに森を見つめている。


 「師範……」


 誰かが小さく呟く。

 俺は縁側へ出たまま、暗闇の奥を見据えていた。

 気配が異常だ。魔力が荒れている。

 獣の殺気に、無理やり魔力を流し込んだような歪さがある。

 アレンが低く言った。


 「……来ます」


 次の瞬間。


 ドゴォッ!!


 森の木々を突き破り、巨大な影が飛び出した。


 「うわっ!?」


 門下生たちが悲鳴を上げる。

 現れたのは、巨大な狼型の魔物だった。

 全身を黒い体毛に覆われ、肩は大人二人分ほども高い。

 口元からは赤黒い魔力が漏れ、瞳は血のように赤く染まっている。


 だが異常なのはそこじゃない。

 体の各所に、紫色の紋様が浮かんでいた。


 「……魔導刻印か」


 アレンの声が険しくなる。


 魔導刻印。

 人体や魔物に強制的に魔力を流し込み、能力を引き上げる禁術。

 成功率が低く、まともな研究者なら手を出さない代物だ。


 「なんでこんな辺境にそんなもんがいる」


 俺が呟くと、魔狼は低く唸った。


 グルルルル……。


 殺気が膨れ上がる。

 門下生の一人が震え声を漏らした。


 「む、無理だろあんなの……」


 当然だ。

 普通の冒険者でも逃げ出す。下手すりゃ中級騎士団クラスでも危ない。

 だが。


 「下がってろ」


 俺が一歩前へ出ると、魔狼の視線がこちらへ固定された。

 アレンも並ぶように前へ出る。


 「師匠、私が前に出ます」

 「いや、お前は門下生を見ろ」

 「しかし――」

 「騎士団長なら守るのも仕事だろ」


 アレンは数秒だけ沈黙し、静かに頷いた。


 「……承知しました」


 その瞬間だった。

 魔狼が地面を砕きながら突進する。

 速い。

 巨体とは思えない速度で一直線に飛び込んできた。

 門下生たちが息を呑む。


 だが。


 「遅い」


 俺は半歩だけ踏み込む。

 瞬間。


 ――ギィンッ!!


 甲高い音が響いた。魔狼の爪が、空中で止まる。俺の木刀によって。


 「……え?」


 門下生の声が漏れる。

 無理もない。

 巨大な魔物の一撃を、ただの木刀一本で止めたのだから。

 魔狼が目を見開く。その一瞬の硬直、俺は木刀を滑らせるように弾いた。


 ドガァッ!!


 巨体が横へ吹き飛ぶ。

 木を何本もへし折りながら転がっていった。

 静寂。門下生たちが固まる。


 「……は?」


 誰かの声が漏れた。

 アレンだけは驚いていない。むしろ当然のように頷いている。


 「やはり鈍っていませんね」


 俺は木刀を肩に担ぐ。


 「当たり前だ。毎日素振りしてるからな」


 すると魔狼が咆哮を上げながら立ち上がった。

 だが先ほどと様子が違う。

 全身の刻印が赤黒く発光し始めていた。


 「……暴走する気か」


 アレンの顔が険しくなる。魔力が周囲へ吹き荒れる。

 門下生たちが思わず後退した。


 「師範!」

 「下がってろ」


 地面に亀裂が走る。空気が震える。そして。

 魔狼の姿が、掻き消えた。


 「消え――」


 門下生が言い切る前に。


 ドンッ!!


 轟音。

 魔狼は既に俺の目の前にいた。

 牙が迫る。だが俺は避けない。

 代わりに。静かに腰を落とした。


 「――風凪流」


 空気が変わる。

 アレンの目が細くなる。門下生たちは息を止めた。

 俺は木刀を振る。ただ、それだけ。


 ――ズバァンッ!!!


 暴風のような衝撃が夜の山を駆け抜けた。

 魔狼の巨体が宙を舞う。

 そのまま遥か後方へ吹き飛び、地面を転がり続けた。

 森が一直線に裂ける。数秒遅れて、轟音が山へ響いた。

 門下生全員が絶句していた。


 「……え」


 誰も動けない。

 今、何が起きたのか理解できていなかった。

 俺は木刀を下ろし、小さく息を吐く。


 「……ありゃ駄目だな」


 アレンが静かに問う。


 「何がです?」


 俺は森の奥を見ながら答えた。


 「誰かが無理やり魔力をねじ込んでる。あんな雑な強化、長く持たねえ」


 すると。

 倒れていたはずの魔狼が、再び立ち上がった。

 門下生たちが青ざめる。


 「ま、まだ動くのかよ……!」


 だが、今度は違った。魔狼の体が崩れ始めていた。

 赤黒い魔力が暴走し、肉体そのものを破壊している。

 苦しむような咆哮。


 そして。


 ――ドロリ。


 巨体が黒い泥のように崩れ落ちた。風だけが吹き抜ける。

 アレンが低く呟く。


 「……ここまで侵食が進んでいるとは」


 俺は木刀を見下ろす。嫌な感じだった。

 戦場の臭いがする。しかもかなり面倒な類の。

 その時、門下生の一人が、震える声で言った。


 「し、師範……」


 振り向く。

 全員の視線が、俺へ集まっていた。

 驚愕。尊敬。混乱。色んな感情が混ざった目だ。

 年長の門下生が乾いた声を漏らす。


 「……師範って、何者なんですか?」


 しまった。

 俺は思わず顔をしかめた。横でアレンが小さく目を閉じる。

 そして。


 「だから言ったでしょう」


 静かに、だが誇らしげに告げた。


 「この方の剣には、私でも届かないと」

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