第二話 騎士団長
俺は湯呑みを机に置き、向かいに座るアレンを睨んだ。
「……断ったはずだが」
アレンは姿勢を崩さない。昔からこいつはこうだ。
一度決めたら、剣みたいに真っ直ぐ突っ込んでくる。
「まだ正式な返答は頂いていません」
「俺の“却下”は正式回答だ」
「ですが師匠は昔から、 “本当に面倒な時だけ”ため息をつきます」
「……よく見てんなお前」
呆れて言うと、アレンはほんの少しだけ口元を緩めた。
本当に少しだけだ。普通の奴なら見逃す。
「王都で何が起きてる?」
その言葉に、アレンの空気が変わる。
騎士団長の顔だ。
「最近、魔導技術部隊の暴走事故が増えています」
「暴走?」
「はい。本来ならあり得ない規模の魔力反応が確認されました。実験中の魔導兵器が制御不能になり、研究施設を半壊させています」
俺は眉をひそめる。
「原因は?」
「不明です。ですが――」
アレンは一度言葉を切る。
「 “魔物の変異”も同時期に増えています」
囲炉裏の火が揺れる。
嫌な話だった。
偶然にしては出来すぎている。
「西部では巨大化したワイバーンの群れが確認されました。リゼが止めましたが、通常種とは別物だったそうです」
「……あいつなら笑いながら突っ込んでそうだな」
「実際、『久々に暴れられて楽しかった!』と言っていました」
「想像通りだな」
思わずため息が漏れる。アイツは昔から猪みたいな奴だった。
「それだけじゃありません」
アレンの声が低くなる。
「帝国――アストラ魔導帝国の動きも怪しい」
その名前に、空気が少し冷えた気がした。
アストラ魔導帝国。
世界最大の魔導国家。
“剣など旧時代の遺物”と本気で考えている連中だ。
「国境沿いで軍の移動が確認されています。表向きは演習ですが……数が多すぎる」
「戦争でも始める気か?」
「現時点では断定できません」
アレンは静かに続ける。
「ですが王国上層部は焦っています。だからこそ、 “剣”の象徴が必要になった」
「…それが俺か」
「はい」
即答だった。本当に遠慮がない。
「嫌だね」
「でしょうね」
「分かってて来たのかよ」
「ええ」
こいつ、昔より図太くなってないか?
その時だった。
ぐううううう……。
妙に間の抜けた音が響いた。
沈黙。
アレンが静かに視線を逸らす。
「……腹減ってるのか?」
「朝から何も食べていません。急いで来たので」
「騎士団長ぉ……」
俺は額を押さえた。
威厳も何もあったもんじゃない。
すると、障子の向こうから小さな声が聞こえた。
「あの……師範」
障子がそっと開く。
顔を出したのは、年少組の門下生の少女だった。
両手で盆を抱えている。
「夕飯、多めに作ってたので……よかったら」
盆の上には山菜汁と焼き魚、それから大盛りの白飯。
アレンの目がほんのわずかに動いた。
「……頂いても?」
少女は緊張したまま何度も頷く。
「は、はい! 騎士団長様に食べてもらえるなら……!」
その後ろでは、他の門下生たちが障子の隙間からめちゃくちゃ覗いていた。
「お前ら見え見えだぞ」
「うっ」
慌てて引っ込む気配。
まったく。
アレンは静かに手を合わせた。
「……いただきます」
そして次の瞬間。
「おいしいです」
即答だった。
「いや早っ」
「この山菜の塩加減、素晴らしいですね」
「騎士団長が食レポしてる……」
「あと米がおいしい」
「聞いてねえよ」
障子の向こうで、門下生たちが小声で騒いでいる。
「騎士団長って飯食うんだな……」
「当たり前だろ!?」
「もっと仙人みたいな感じかと……」
「お前の中の騎士団長どうなってんだ」
思わずツッコミが漏れた。
だが、少しだけ空気が和らいだ、その時だった。
――ザワッ。
空気が揺れた。
俺とアレンの視線が同時に外へ向く。
風。
いや、違う。
「……魔力?」
アレンが立ち上がる。
その瞬間、山の奥から獣の咆哮が響いた。
ゴォォォォォオオオオッ!!
門下生たちの顔色が変わる。
「な、なんだ今の……」
「魔物……?」
俺はゆっくり立ち上がった。
肌が覚えている。この気配は普通じゃない。
アレンが低く呟く。
「報告にあった変異種と似ています」
咆哮がもう一度響く。
今度は近い。
山の木々が、大きく揺れた。
門下生の一人が青ざめる。
「師範……あれ……!」
窓の外。
夜の森の奥で、赤い光が二つ灯っていた。
獣の目だ。
だが――大きすぎる。
普通の魔物じゃない。
アレンが静かに腰に手を添える。そこに剣はない。
だが構えだけで分かる。こいつはもう戦闘態勢に入っていた。
「師匠」
「ああ」
俺は縁側へ向かって歩き出す。
久しぶりだな。こんな“嫌な気配”は。




