第一話 師匠
――八傑。
王国最強と呼ばれる八人の英雄。
世界に名を轟かせる怪物たち。
そして、その全員には共通点がある。
辺境の山奥にある小さな剣術道場、
風凪道場の門下生だったことだ。
「そこまで。踏み込みが甘いぞ」
今日も俺――ロウ・ヴァレイスは、道場で弟子たちを指導していた。
「す、すみません!」
「おう、頑張れよ」
「はい!」
俺は小さく息を吐き、湯呑みに手を伸ばす。
「それじゃ、今日の稽古を終わる。居残りたい奴は残ってもいいが暗くなる前には帰れよ」
「ありがとうございました!!」
門下生たちの威勢のいい声が、山にこだまする。
木剣を片付けながら、年長の門下生たちが雑談を始めた。
「なあ、聞いたか? 八傑の“蒼嵐” 、リゼ・クラウが魔物の群れを一人で止めたらしいぞ」
「え、どうやって?」
「西の街道で暴れてたワイバーンの群れをまとめて吹き飛ばしたとか」
「うげぇ……相変わらず規格外だなぁ、あの人」
別の門下生が興奮したように身を乗り出す。
「でも俺はやっぱり“剣牙”アレン・ヴァルク隊長が好きだな! この前、王都の騎士団演習を見たって旅人が来てたけど、一振りで訓練用の鉄鎧ごと叩き割ったって!」
「いや、 “黒鴉”カイン様だろ。表に姿も見せずに敵国のスパイ組織潰したって話だぞ?」
「 “銀刃”セリア先生もすごいって! 魔導学院の天才たちが誰も勝てないらしい!」
次々に飛び出す名前。
「いいよなぁ、八傑は」
少年の一人が木剣を抱えながら空を見上げる。
「王国最強って呼ばれて、国中で知られててさ。俺もいつか、あんな風になれるかな……」
その言葉に、周囲が笑う。
「まずは素振り千回を休まずやってから言えって」
「うるさい!」
賑やかな声。
俺は縁側で湯呑みを傾けながら、その様子をぼんやり眺めていた。
……まあ。
あいつらが元気そうなら、それでいい。
そんなことを思っていると、コンコンと扉を叩く音が響いた。
こんな時間に誰だろうか。誰かの親御さんかなと思いながら扉を開けてみると――
「―お久しぶりです、師匠」
そこには八傑が一人、ルヴェリア王国騎士団長アレン・ヴァルクが立っていた。
「……は?」
「…なんですかその反応は」
「いや、だって、え?お前、騎士団長になったんじゃないのか?」
「ええ。今も正真正銘ルヴェリア王国騎士団長ですよ」
…動揺を隠せなかった。
「…じゃあなんでここにいるんだよ」
「私用です。報告と相談の」
「騎士団長が私用でこんな山まで来るのかよ…」
即答すると、アレンは真面目な顔のまま微かに眉を下げる。
俺は渋々アレンを道場内に上げる。風が一気に室内へ入り込み、冷たい山の空気が流れ込む。
アレンは一礼してから、遠慮なく中へ入る。鎧は着ていない。
騎士団長というより、昔の弟子の顔だった。
「…まず一つ、王都が騒がしくなっています」
「魔導技術部隊が実戦配備され始めました。近いうちに、戦場の構造が変わります」
「…なるほど。もう今は魔法の時代だもんな」
ここ、ルヴェリアでは最近剣術よりも魔法の方が優れているという風潮になりつつある。だから門下生も前よりは減っているのだが…王国にも魔法部隊ができるなら納得か。
「しかし、王国騎士団としては剣術部隊も大事にしていきたいと考えています。ですが、そのことを王国会議で話したら…」
「…話したら?」
「…師匠の名前が挙がりました」
それを聞いて俺はため息をつく。
「却下」
「…相変わらず決断が速いですね」
アレンは珍しく困ったように言う。
「ですが、現状の戦力では――」
「お前がいるだろ」
その言葉に、アレンは一瞬だけ言葉を止めた。
そして、静かに首を振る。
「私はまだ、 “師匠の剣”には届いていません」
「当たり前だ。届かれてたまるか」
軽く言い捨てる。
俺がそう言うと、アレンは昔と同じように苦笑した。
王国最強。
八傑最強。
世間はそう呼ぶ。
……だがこいつは、一度たりとも俺に勝ったことがない。
「それで?わざわざこんな時間に来た理由はそれだけじゃないだろ」
アレンは少しだけ視線を落とす。
その静寂を破ったのは、道場の奥から響いた声だった。
「師範ー! 今の音、誰か来てますかー?」
軽い足音が廊下を駆けてくる。
障子が勢いよく開き、額に汗を浮かべた若い門下生が顔を出した。
その後ろからも、別の弟子たちが顔を覗かせる。
「え、来客?」
「こんな時間に?」
「山の上だぞここ……」
ざわつく空気の中、俺は片手を軽く上げた。
「戻れ。今はいい」
短い一言。それだけで空気が引き締まる。
「……はいっ!」
門下生たちは即座に姿勢を正すが、視線だけは外へ残っていた。
そこに立っていた男。
鎧はない。だが立ち方だけで“戦場の中心”にいたことが分かる。
誰かが小さく呟いた。
「……あの人、すごい気配だな」
別の門下生が息を呑む。
「師範と……同じくらいじゃないか?」
その瞬間、さらに年長の門下生が目を見開いた。
「……待て」
声がわずかに震える。
「その顔……」
沈黙。
そして、確信に変わる。
「ルヴェリア王国騎士団長……アレン・ヴァルク……?」
空気が一段階、重くなった。一気に門下生たちの背筋が伸びる。
「えっ……」
「本物!?」
「騎士団長ってあの……」
「八傑の“剣牙”だろ……!」
ざわめきが一気に広がるが、すぐにロウの一言で切り落とされる。
「騒ぐな」
その声は静かだったが、全員の動きを止めた。
「……ごめんなさい、師範」
誰かが小さく謝る。
アレンはその様子を見て、わずかに目を細めた。
「認知されているのですね」
「お前、有名すぎるんだよ」
俺はため息混じりに言う。
門下生たちはまだ落ち着かないまま、障子の隙間からそっと覗く。
かつて伝説として語られた男が、今、目の前にいる。
その事実だけで、空気が変わっていた。
アレンは一礼し、静かに言った。
「夜分失礼しますよ」
その一言で、場の緊張はさらに一段深く沈んでいく。
俺は外へ視線を向けたまま、低く呟いた。
「……で、用件は?」
「……近いうちに、 “八傑”が集まります。そこに師匠も来ていただきたいのです」
その言葉に、俺は顔をしかめた。
——嫌な予感しかしない。




