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【なろう版】元公務員、現魔王の妹  作者: へのへのもへじ
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第11話

 その日魔王は執務室にて、魔界陸軍大臣から報告を受けていた。



「西の砦より、最近西の湖の周辺で、怪しい動きを見せている魔族の集団がいるとの報告があります。数はおよそ20で、比較的若い魔族のようです。まだ増える可能性もあり、いまは偵察隊をひそませて動向を追わせています。詳細はわかり次第との事でしたが、集団が青い翼竜の旗を掲げている事は確かなようです」


 基本的にしなやかな身体つきの者が多い魔族にしては珍しく、ごつい岩石のような体格の陸軍大臣、アドルフ・ディーンは言いながら目を細めた。激務の疲れか、それとも単なるお洒落か。隈のくっきり浮いた顔は、かなりやつれて見える。元々顔立ちが険しい分、暗い影の落ちた様は魔界一の美男子とも言われる美貌を、益々際立たせていた。


 そしていまこの男の頭を悩ませているのは、青竜旗騒動にあった。



 青竜旗とは、青地に翼竜の型を白抜きした旗の事で、その昔無名の土地より生まれ出で、たった1人で魔王城に侵入し、魔王の座を奪い取ろうとした男が掲げていたものであった。その姿は、山のように大きく鋼のように硬い身体を持ち、ひとたび腕を振えば岩山をなぎ倒し、木々を切り裂き海を割るとまで言われた最凶最悪の魔獣、ワクスガルトにも例えられた。魔界史上でも稀にみる豪傑である。


 結局6日にも及ぶ死闘の末、男は当時の魔王に殺されたのだが、その伝説は時代を越えて語り継がれ、いつしか青竜旗は下剋上の象徴的紋章となっていた。



 その紋章を堂々と掲げていると言うのである。反乱の意志がある事を公言しているようなものだ。


 アドルフが告げると、魔王は僅かに眉をひそめた。大理石のように滑らかで白い肌に皺が寄る。


「被害状況は」

「湖の近くに住む魔族の家が襲われて、武器類が盗まれる事件が何件か起きています。おそらく、その集団の仕業でしょう」

「そうか」


 20前後の数とは言え、個人の能力次第では決して見過ごす事ができない。青竜旗を掲げているとあっては、なおさらだ。


 魔王は渡された報告書にゆっくりと目を通してく。そこには、集団の構成員の特徴や被害状況などが、謹直な文字で何枚にも渡って書き連ねてあった。魔王は最後までめくり終えると、再び口を開いた。


「…偵察隊を、集団を追う班と、湖の周囲に家を構えさせて潜伏させる班との2つに分けさせろ。その内尻尾を出すはずだ。家が襲われた場合は、抵抗せずに欲しがるものを渡してやれ。だが、その全てに盗聴と追跡の魔法をかけておけ」

「は、御意に」

「以上だ。下がれ」

「は」


 くたびれた表情を引き締めて踵を返したアドルフは、図体に似合わない静かな足音を立てて、魔王の執務室を去った。




 アドルフは、魔王の部屋から数十歩離れた途端、全身からどっと汗が噴き出すのがわかった。心臓が早鐘を打ち、呼吸が乱れる。だが、彼自身はこれが病気でもなんでもない事を知っていた。魔王と会うと、いつもこうなのである。



 魔王はいつでも声を荒げる事はないし、感情を高ぶらせる事もない。むしろその真逆で、無表情かつ無関心だ。しかし、その魔王を覆う魔力だけは違った。常に相手を警戒し、観察し、鉄をも溶かす業火のような猛々しい気と、触れるもの全てを凍らせる氷のような恐怖を纏っていた。


 あの魔力に晒されると、生きた心地がしない。四肢に絡みつく魔力の、圧倒的な力の差を前に、呼吸をする事すら忘れてしまいそうになる。


 仮にも陸軍大臣ともあろう俺がなんたる有様か。アドルフは、苦々しいげに口元を曲げると、乱暴な手つきで頭をかいた。



 魔族社会は実力社会であるのと同時に、下剋上が当たり前の社会であった。魔族――特に男――は、決まって上の地位を目指したがる。争い事があればまだ扱いやすいのが、平和になるとその方向が身内に向くようになるのだ。大きすぎる武力は、時として毒にもなる。昨日の英雄が、今日の殺戮者となるのと同じに。


 例えつい先ほどまで談笑していた相手であろうと、隙を見せればすぐさま牙を剥き、地位から引きずり下ろし、代わりに自分がのし上がるだろう。それが、ここ数百年に渡って大きな諍い事のない、いまの魔界における日常なのだ。


 しかしながら、それはあくまでも相手との力量の差がほとんど無に等しい場合のみだ。化け物のような魔力の保持者である魔王が相手では、ただただ純粋な恐怖しか感じない。時折その感覚が鈍い者が、挑戦しては羽虫のごとくあしらわれているが、平和時に生まれ他人の感情に敏感な当代の魔王に関しては、おそらく命知らずのバカが挑戦する前に消されるだろう。


 事実、前任の陸相がどのような死に方をしたかを思い出して、アドルフは深く溜め息をつくのであった。そのせいで、自分たちまでいらぬとばっちりをくらっているのだ、と。







「ぶおぉぉおぉおおお」

「ん?」


 今日は38年ぶりに昼寝でもするか、とぼんやり考え事をしながら歩いていたアドルフは、不意に遠くから聞こえてきた珍妙な声に立ち止まった。


 ここは魔王城の中でも、権力の中枢区域に当たる。城内で、最も守りが強固な場所のひとつだ。そんな所で、魔獣の声がするはずがない。なにかの聞き間違いだろうか。そう思って耳を澄ませると、


「おおぉぉおおぉおぉぉん」

「!?」


やはりなにかの鳴き声が聞こえた。移動でもしているのか、くぐもった声がどんどん鮮明かつ大きくなっているような気がする。その上魔力の気配までするではないか。


 辺りを確認するが、結界が壊れた様子はない。普段通り、綻びひとつない美しい結界のままだ。アドルフの頭の中に、青い翼竜の旗がはためく姿が浮かび上がった。まさかあの悪夢の再来とでも言うのか。小さく息を詰めたアドルフは、警戒しつつその声のする方向へ近づいて行った。







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