第10話
翌日、見事復活を遂げた私は、遅れてやって来る英雄のような朗々たる演説を披露していた。え、熱?そんなの気合いで治したに決まってんでしょ。迸るパトスを前に、知恵熱ごときが道を阻もうったって、そうは問屋が卸さない。真正面からぶつかって勝たせてもらいましたよ、ええ。
「お前たち、待たせたな…!私はいま、新たなる黎明の使者として、地獄の淵より蘇った。お前たちは幾度となく、苦楽を共にした仲間の死にざまを見届けてきただろう。また、その死体を踏み越えて進まなければならなかっただろう。だが私が来たからには、勝利の栄光はすぐそこである!共に歩め、共に戦え!」
ベッド上で熱弁をふるう私の眼下には幾千幾万もの兵士、ではなく、満身創痍のくまによく似た毛深いぬいぐるみが、そのふてぶてしい瞳を輝かせていた。
「マア!希代ノ英雄ロザール様ヨ!相変ワラズオ美シイワネェ…」
「これはレディ、あなたの方こそまるで世界が嫉妬するような美しさだ。あなたの前ではどんな宝石もくすんで見える」
「マア、オ上手デスコト!ロザール様…モシヨカッタラ今度―――」
「新しい猟奇的殺人ごっこですか、ロザリア様」
「違う上に発想が怖い!」
「なんでもいいですけど、引っ越しの邪魔です」
「ヒドイ!」
そう、私たちは部屋の引っ越しの途中であったのだ。
おとついお兄様と会ってから、改めて使いが来たらしい。近日中に北の宮へ居住を移すよう命じられたブルーナは、頷きつつも当時点ではまだ私が寝込んでいたため、私の体調が戻り次第という事でひとまず保留させていた。その事に関しては相手側も知っていたようで、3、4日くらいはずれても構わないと快諾してくれたらしい。
ところが、私の体調が予想以上に早く回復したせいで予定が狂い、こうして夜逃げのように慌ただしく引っ越しの準備が行われているのだった。
ブルーナは、早朝からそれはもうてんやわんやな忙しさで、運び出す家具や衣服をお兄様から派遣された魔族の男たち9人に、事細かく指示を出している。その彼らも、まさかこんな急に呼び出されるとは思ってもみなかったらしく、心なしかもう少し寝込んでりゃよかったのに、と恨めし気な視線を向けられた。
だがその男たちも、ブルーナの恐ろしさについては知らなかったようだ。
私に不躾な視線を向けた者――明らかに若い魔族だなとわかる2人――が私から見えない場所へ移った途端、部屋いっぱいに原因不明の悲鳴を上げる事となった。打ち震える私には目もくれず、その後何事もなかったかのようにしれっとした表情で戻って来たブルーナは、実はお兄様より怖いのかもしれない。
結局その男2人は、そのまま神隠しに遭ってしまった。しかし、彼らの悲鳴も確実に聞いていたはずの残りの7人が、激しく顔色を悪くしながらも聞こえなかったふりを決め込んだ所からすると、おそらくブ、ブルーナさんが………
「ロザリア様、いかがなされましたか?」
いや命が惜しいので心の中に秘めておきます、はい。
さて、そんな不慮の事故の隠れた原因になるという、予期せぬ不幸が身に降りかかりつつも、私はと言えば、ひたすら暇を持て余していた。と言うのも、今日ばかりはブルーナが忙しいため勉強もないし、引っ越しの手伝いは最初から隔離されて側に近寄らせてもらえないしで、とにかくする事がなかったからだ。
一応、本でも読んでおけと、ブルーナからまた怪しい色――洗濯機で一度回した上に、牛乳を零したかのような山吹色――の本を渡されたが、これだけ周りでドッタンバッタンされていては、集中できるはずもない。
なんでこういう時に限って魔法を使わないのかと聞けば、それぞれの家具や衣服にも魔法がかかっているため、下手に上から別の魔法をかけると高確率で――それも、なにがなんでも爆発シーンを入れたい、ハリウッド映画並の確率で――爆発するのだとか。
だからこうして、ベッドの上でくま吉を相手に遊んでいたのに、とうとうそのベッドも運び出す段階になって邪魔扱いまでされてしまうとは、非常に不名誉かつ不愉快である。こうなっては、いくら魔獣すらじわじわ殺せないような性根の優しい私であってもお冠というものだ。
私は不貞腐れて、部屋の隅っこでくま吉と一緒に丸くなった。
「手伝おうかと言えば、その必要はないと言う。なにもする事がないと言えば、じゃあ隅っこで大人しくしていろと言う。大人しくしていたら、邪魔扱いをする。こだまでしょうか、いいえ、ブルーナ」
憤懣やる方なしといった体で詩を吟じてみせると、どう言う訳か青白い頬をほんのり染めたブルーナが
「よしてください、照れます」
「褒めてへんわ」
「でしょうね」
ほら!ほら、冷たい!
見た?この扱い!と言わんばかりに、ベッドの骨組みを運び出す男たちに目で訴える。ところが、どいつもこいつもこれ以上人手を減らされてはかなわないと、影の王者と戦う事より、魔界の澱んだ大気と一体化する事を選んだようだ。私と視線を合わそうともしないばかりか、気配すら希薄になっている。この役立たずどもめ!
「もういいもん。行こう、くま吉」
なにをしていても邪魔扱いされるなら、いっその事部屋から出てしまえばいい。そう思った私は、ブルーナが私から目を離した隙に、くま吉の首根っこを引っ掴んで部屋を抜け出したのだった。




