妹は何を知っていたのか
マリアベルが行方不明になった三日前。
それは、私が王都を出た翌日だった。
「偶然とは思えませんね」
シリウス様は王都から届いた照会書を机に広げた。
妹は王太子の離宮から姿を消し、護衛も侍女も行き先を知らない。残されていたのは、空になった宝石箱と、暖炉で焼かれた書類だけ。
ただし、焼け残った紙片が一枚あった。
『北方救恤費 受領確認』
右下にはマリアベルの署名がある。
「やはり妹が横領に関わっていたのでしょうか」
村長が不安そうに尋ねる。
「署名したことと、仕組みを知っていたことは別です」
私は紙片の写しを拡大鏡で見た。
文字は確かに妹のものだ。けれどインクの濃淡がおかしい。署名だけが先に書かれ、その上から受領確認の文章が印刷されている。
白紙に署名させ、あとで文面を加えたのだ。
「マリアベルも証拠として利用された可能性があります」
「では、なぜ逃げた」
「自分が何に署名したのか、知ってしまったからです」
私は記憶をたどった。
祝賀会の前夜、マリアベルは私の執務室を訪ねている。
『お姉様。記録は、消してしまえばなかったことになりますか』
私は忙しさを理由に、顔も上げず答えた。
『原本は消せないわ。訂正した事実も含めて残るの』
あのとき妹は、安堵したように笑った。
翌日、私は悪役令嬢の罪状を読むよう命じられた。
「彼女は私に知らせようとしていた」
そう口にした瞬間、胸の奥が冷えた。
妹を守るつもりはない。私の婚約を奪い、偽りの罪状の前で黙っていたことは事実だ。
それでも、彼女の罪まで誰かに書かせるつもりはなかった。
扉が激しく叩かれた。
入ってきた兵士が、泥に汚れた小箱を差し出す。
「北街道の廃礼拝堂で見つかりました」
箱の蓋には、ヴァルモンド家の紋章。
中には宝石ではなく、細く巻いた紙が何十枚も詰められていた。
すべて王太子からマリアベルへ送られた手紙だった。
『署名だけして返せ』
『姉には何も言うな』
『北方の数字を尋ねられたら、記録官が処理したと答えろ』
最後の一通だけ、文面が違った。
『レティシアを北へ向かわせた。原本を回収できなければ、お前を共犯として処分する』
日付は、マリアベルが消えた日の朝。
シリウス様が低く言った。
「王太子は、二人とも切り捨てるつもりだった」
箱の底には、妹自身の筆跡で一行だけ残されていた。
『お姉様。最初の原本は、王宮の地下書庫にはありません』
私はその紙を裏返した。
続きは、血のように滲んだ文字だった。
『私が盗みました』




