王太子殿下からの奪還命令
王都から届いた命令書には、三つの命令が並んでいた。
一、北方監査を直ちに中止せよ。
二、押収した帳簿と証拠を王都へ移送せよ。
三、王宮記録官レティシア・ヴァルモンドを、反逆の疑いにより拘束せよ。
最後には王太子アルフォンスの署名と、見慣れた王家の印章がある。
「ずいぶん早いですね」
私は命令書を机に置いた。
公開尋問から、まだ半日も経っていない。使者が王都を発ったのは、私たちが八千袋の行方を突き止めるより前のはずだ。
シリウス様も同じ箇所に気づいた。
「罪状が決まる前に、拘束命令だけが出ている」
「ええ。殿下は、私が何を見つけるか知っていたのでしょう」
命令を運んできた近衛騎士は、宿の広間に十二人の兵を並べていた。
「記録官。命令に従え」
「確認させてください。この命令書を受領した時刻と、王都を出発した時刻を記録します」
「必要ない」
「では、命令を拒否します」
騎士の手が剣の柄へ伸びる。
けれど私が開いたのは、武器ではなく携帯用の記録簿だった。
「王国記録法第十二条。監査中の原本は、監査責任者と現地責任者の立ち会いなく移送できません。第十六条。発令日時に矛盾がある命令は、確認が終わるまで執行を停止できます」
「王太子殿下の命令だぞ」
「だからこそ、正確に残します」
私は命令書を灯りに透かした。
王家の紙には、製造年を示す細い透かしが入る。記されていたのは今年ではなく、昨年の紋様だった。
さらに封蝋の下には、いったん別の紙に押した印章を剥がし、貼り直した跡がある。
「これは王宮から正式に発行された命令書ではありません」
広間がざわめいた。
近衛騎士の顔色が変わる。
「偽造だと言うのか」
「断定はしていません。原本として保全すると申し上げています」
私は命令書を二枚の透明紙で挟み、端に封印を施した。シリウス様と村長、それから使者本人にも立会人として署名を求める。
拒めば、その事実も記録する。
騎士はしばらく黙ったあと、乱暴に羽根ペンを取った。
「これで満足か」
「はい。あなたが命令書を開封せず受け取り、内容を知らされていなかったことも記載しました」
騎士が息を呑む。
彼も使い捨てられた一人だ。
「……我々は、あなたを連れ帰れとだけ命じられた」
「誰にですか」
答えの代わりに、騎士は懐から小さな受領証を出した。
近衛隊へ命令書を渡した人物の署名がある。
マリアベル・ヴァルモンド。
私の異母妹だった。
けれど、その署名の日付を見た瞬間、私は別の違和感に気づいた。
「この日、マリアベルは王都にいません」
彼女は王太子とともに西方の祝祭へ出席していた。王宮日誌にも、街道の通行記録にも残っている。
では、妹の名で命令を出したのは誰なのか。
私は受領証を記録袋へ入れた。
「シリウス様。監査は続けます」
「もちろんだ」
「次に調べるのは、妹の署名を使える人物です」
その夜、王都へ送った緊急照会への返書が届いた。
封を切ると、短い一文だけが書かれていた。
『マリアベル・ヴァルモンド嬢は、三日前から行方不明』
奪還命令を出したはずの妹は、すでに王宮から消えていた。




