↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の罪状を書けと命じられましたが、王宮記録官の原本には殿下の命令も妹の嘘もすべて記録されています  作者: ハッピーミラクルエンジョイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/17

八千袋はどこへ消えた

「火を消すな! 先に荷を運べ!」


倉庫前で、監督役の男が叫んでいた。


奇妙な命令だった。本当に火災が起きたなら、穀物を守るためにも消火を優先する。それなのに、水桶を持つ者は一人もいない。


シリル様が正規守備隊の呼子を吹いた。鋭い音が雪原を走る。


「北方監察府だ。すべての搬出を止めろ!」


荷車の御者たちが手綱を引いた。監督役だけが逃げようとしたが、護衛に取り押さえられる。


私は燃える事務棟を見た。窓から上がる炎は明るいのに、屋根へ燃え移っていない。


「油を撒いたのは、帳簿棚の周囲だけですね」


監督役の頬が引きつった。


「失火だ」


「では、なぜ火が出る前から荷車が十二台も用意されていたのですか」


返事はない。


守備隊が到着し、消火が始まった。事務棟の半分は焼けたが、石造りの保管室は残った。鉄箱の中から、焦げた出納簿が三冊見つかる。


一冊目は正式な帳簿。エルム村から小麦八千袋を受領し、王都救貧院へ送ったことになっている。


二冊目は倉庫番の作業簿。八千袋は北第三倉庫へ搬入されたまま、一袋も王都へ出ていない。


三冊目には、金の麦穂を三本束ねた商会印が押されていた。王都最大の穀物商、ベルト商会。


「保管料として、毎月代官府から金貨が支払われています」


「盗んだ小麦を、税金で保管していたのか」


「それだけではありません」


契約書の末尾には、春の融雪後に全量を商会へ売却するとある。予定価格は現在の相場の五倍。


北方で飢饉が広がれば、春には小麦価格が上がる。救援用の小麦を隠し、人為的に不足を作ってから売る計画だった。


村人が飢えたことも、エルム村が地図から消されたことも、すべて利益へつながっている。


契約の保証人は北方代官オズワルド・ケインと、王都財務卿バルナード・ベルト。財務卿はベルト商会会頭の実兄だった。


「王都で予算を承認し、地方で物資を消し、身内の商会へ売る」


「三者ではありません」


私は正式帳簿に押された承認印を示した。


王太子府。


殿下が内容を理解していたかは分からない。けれど決裁欄には確かに殿下の署名があった。


ただし筆跡は、祝賀会で読み上げた命令書と微妙に違う。殿下の署名を真似た者がいる。あるいは殿下自身が、内容を見ずに署名した白紙を渡した。


どちらであっても、王太子府の責任は消えない。


夜明けまでに八千袋すべてへ監察府の封印を施した。守備隊員と倉庫番を立ち会わせ、袋の番号、重量、麦の状態を記録する。


実数は七千九百四十二袋。五十八袋は、すでに別の場所へ運ばれていた。


「どこへ送ったのですか」


倉庫番は震えながら納品票を差し出した。宛先は北方総督府の晩餐会。


飢えた村から奪った小麦が、貴族の白パンになっていた。


私は三日後、北第三倉庫の前で公開監査を開いた。周辺十二村の代表、守備隊、代官府、商会の責任者を集める。


隠された監査では、記録も人も再び消される。だから全員の前で読み上げた。


死者名義の受領証。旧公印で作られた偽の王命書。二重の出納簿。ベルト商会との売買契約。


読み進めるほど、代官オズワルドの顔から余裕が消えていった。


「これは監察ではない。見世物だ!」


「いいえ。確認です」


私は村長へ尋ねた。


「エルム村は小麦八千袋を納めましたか」


「一袋も納めていません。私たちは種籾まで食べました」


司祭へ尋ねる。


「受領者オルド・バシュレは、その日に生存していましたか」


「いいえ。三年前に埋葬されています」


倉庫番も証言した。


「小麦は王家の備蓄庫から来ました。エルム村からではありません」


オズワルドが立ち上がった。


「王太子殿下の承認がある! 私を裁けば殿下へ逆らうことになるぞ!」


「では、殿下の承認も調べます」


私は決裁書を掲げた。


「署名が本物なら、殿下には内容を説明していただきます。偽物なら、署名を使った者を明らかにします」


どちらへ転んでも、記録からは逃げられない。


オズワルドは拘束され、押収した小麦は十二村へ配給されることになった。エルム村の名も、監察府の地図へ戻した。


そのとき王都から早馬が到着した。封書には新しい王太子府の公印が押されている。今度は本物だった。


命令は三つ。


北方監査の即時中止。押収記録の王都への返還。そして私を反逆罪の容疑者として拘束せよ。


末尾には殿下自身の筆跡で一文が加えられていた。


『レティシアなら、私のために戻ってくる』


殿下はまだ、私が従い、後始末をすると信じている。


「返書を書きますか」


シリル様が尋ねた。


「はい。殿下が望まれたとおり、すべて記録してお返しします」


ただし今回は、殿下だけに届く手紙にはしない。


王国全土の監察所へ、同じ写しを送る。


誰にも消せない数の原本を作るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。