死者が受け取った小麦
扉の外にいたのは、黒い外套を着た十二人の男たちだった。
北方守備隊の制服ではない。胸には代官府の銀狼章が縫いつけられている。
先頭の男が羊皮紙を広げた。
「王命である。エルム村は救援物資を横領し、王国への納税を拒んだ。村長および共犯者を拘束し、帳簿を押収する」
「発令日と発令者を」
私が尋ねると、男は顔をしかめた。
「女が口を挟むな」
「その女性が、北方七領監察補佐官です」
シリル様が私の任命書を掲げる。
「王命を名乗る以上、確認を拒むことはできない。続きを読め」
男は舌打ちして読み上げた。発令日は四日前。署名は王太子アーネスト殿下。王家の公印も押されている。
けれど、文章の末尾にある定型句が一語欠けていた。
王命書は最後に『王国と臣民の安寧のため』と記す。王太子名義なら『国王陛下の名代として』の一文も必要だ。
「これは王命書の形式ではありません」
「印が見えないのか」
「印があるから偽物ではない、という証明にはなりません」
私は記録箱から、エルム村を消した命令書の写しを取り出した。二枚を並べる。
公印の右下、王冠を支える獅子の尾に小さな欠けがある。どちらも同じ場所だ。
「三年前の命令書と、四日前に発行されたという命令書。押された印の傷が完全に一致しています」
男が鼻で笑った。
「同じ公印なら当然だ」
「いいえ。王太子府の旧公印は二年前に破損し、廃棄されています」
私は廃棄記録を書いた本人だった。今使われている公印の獅子に傷はない。
「つまり、この命令書を作った者は、三年前に複製した印型を今も使っています」
男の目が記録箱へ動いた。左右の男が同時に踏み込み、箱へ手を伸ばす。
シリル様の剣が鞘ごと一人の手首を打った。護衛二人がもう一人を床へ押さえつける。
「剣を抜けば、監察官への武力行使として扱う」
静かな声だった。それでも部屋の誰よりもよく響いた。
徴税隊は動きを止めた。
「この書面は証拠として保全します。異議があるなら、代官本人に監察所へ申し立てるようお伝えください」
「後悔するぞ」
「その発言も記録しました」
男たちは負傷者を連れ、村を出ていった。
蹄の音が遠ざかると、老婆が膝から崩れ落ちた。
「今まで、帳簿を守ろうとした者はみんな連れていかれた。戻った者はいない」
シリル様は護衛の一人に、正規守備隊へ救援を求めるよう命じた。
私は机へ戻り、死者名義の受領証を調べる。紙は王宮御用紙。印は北方代官府。署名は五年前に亡くなった村長。
「先代村長の筆跡が分かるものはありますか」
今の村長が古い戸籍簿を持ってきた。父親が生前に記した出生届と死亡届。震えの少ない、角張った文字だった。
受領証の署名は一見よく似ている。ただし、姓の最後の一画だけが逆向きに跳ねていた。
「署名を見ながら写したのでしょう。この地方では末尾を内側へ払います。王都式では外側へ跳ねる。形は真似できても、書き手の習慣までは消せません」
墓籍には、オルド・バシュレ死亡、王暦四百十二年冬月九日とある。偽の受領証は王暦四百十五年。死後三年が経っていた。
これで偽造は証明できる。しかし、小麦の行方はまだ分からない。
村長が受領証の裏を指でなぞった。
「この紙を持ってきた役人は、青い荷札も落としていきました」
納屋の梁に挟んであった札には、荷車番号と倉庫名が記されていた。
北第三穀物倉庫。
王都へ穀物を運ぶ中継倉庫だ。
「倉庫の出納簿を調べれば、小麦の移動先が分かります」
シリル様が立ち上がる。
「夜明けに出よう」
「いいえ。今です」
徴税隊は証拠を奪えなかった。次にすることは決まっている。私たちより先に倉庫へ戻り、帳簿を燃やすはずだ。
村人から借りた馬で森を抜ける。空は暗く、雪が強くなっていた。
一時間後、丘の向こうが赤く染まった。
北第三穀物倉庫が燃えていた。
「遅かったか」
シリル様が馬を速める。
「まだです」
炎の手前、雪の上に何台もの荷車が並んでいる。
燃えているのは帳簿を保管する事務棟だけ。穀物庫の扉は開き、男たちが袋を運び出していた。
証拠を消すなら、帳簿だけで十分だったはずだ。それなのに小麦まで運び出している。
つまり、八千袋はまだここにある。
私は青い荷札を握りしめた。
死者が受け取ったはずの小麦を、ようやく見つけた。




