↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の罪状を書けと命じられましたが、王宮記録官の原本には殿下の命令も妹の嘘もすべて記録されています  作者: ハッピーミラクルエンジョイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/17

地図から消された村

北へ向かうほど、街道から人の気配が消えていった。


王都を出て三日目。


馬車の窓から見えるのは、雪をかぶった針葉樹と、灰色の空ばかりだった。


「次の宿場までは、あと半日です」


向かいに座るシリル様が地図へ指を置いた。


その指先から、東へ細い道が伸びている。


三年前の地図には、道の先にエルム村と記されていた。けれど、王宮で使われている最新版では、道ごと白く塗り潰されている。


「地図を作り直すだけでも、測量局、地方行政局、王宮記録局の承認が要ります」


私は二枚を重ね、窓の光へ透かした。


川も山も一致している。違うのは村と街道だけだ。


「一つの部署の間違いではありません。少なくとも三か所で、同じ嘘が承認されています」


「だから、あなたを連れてきた」


シリル様は当然のように言った。


王宮にいた頃、私が矛盾を指摘すると、細かすぎると笑われた。殿下は書類を机へ放り、最後には必ずこう言った。


『間違いがあるなら、君が直しておいてくれ』


けれどシリル様は、私が何を見つけたのかを尋ねる。説明が終わるまで地図から目を逸らさない。


それだけの違いに、まだ慣れなかった。


馬車が大きく揺れた。御者が馬を止める。


「どうしました」


シリル様が扉を開けると、冷たい風と一緒に男たちの怒鳴り声が入ってきた。


街道を丸太が塞いでいた。その前に、北方守備隊の紋章をつけた兵士が六人立っている。


「この先は雪崩の危険がある。引き返せ」


隊長らしい男が告げた。


シリル様は任命書を見せる。


「北方七領監察官シリル・アーデンだ。街道の封鎖命令を確認したい」


男の視線が、任命書から私へ移った。


「命令書は詰所にあります」


「では持ってきてください」


「今は手元にない」


「発令者と日付は?」


答えはなかった。


私は丸太へ近づいた。積もった雪は薄い。切り口からは樹液の匂いがする。


「この木は今日切られたものです」


兵士たちの顔が強張った。


雪崩で長く閉ざされた道なら、丸太の上にも周囲と同じだけ雪が積もっているはずだ。それに、街道脇の雪には荷車の轍が残っている。私たちとは反対方向、森の奥から出てきた跡だった。


「存在しない村へ続く道を、今日になって封鎖したのですね」


隊長が剣の柄へ手をかけた。同時に、シリル様が私の前へ立つ。


彼は剣を抜かなかった。代わりに、懐から小さな銀板を取り出した。王命による監察を示す印章だった。


「監察官への妨害は、現場の兵士が負う罪ではない。命じた者の名を話せば、君たちの証言を記録する」


沈黙のあと、一番若い兵士が俯いた。


「……代官府です。今朝、誰も通すなと」


「理由は?」


「聞かされていません」


隊長が若い兵士を睨んだ。しかし、もう遅い。


私は携帯用の記録帳へ、時刻、場所、六人の氏名、証言を書き留めた。


「読み上げます。訂正があれば、今ここで申し出てください」


一語ずつ確認すると、兵士たちは最後に署名した。


丸太が退けられた。


馬車では進めないため、私たちは護衛二人と徒歩で森へ入った。


一時間ほど歩いたところで、煙の匂いがした。


地図から消されたはずの場所に、家があった。


屋根は雪の重みで傾き、畑は荒れている。それでも煙突から煙が上がり、井戸のそばには小さな靴跡が続いていた。


人が暮らしている。


村の入口に立っていた老婆が、私たちを見るなり扉を閉めようとした。


「税なら、もう納めたよ」


「税を取りに来たのではありません」


私は王宮記録官の徽章を外し、代わりに新しい任命書を見せた。


「エルム村の記録を確かめに来ました」


老婆の目に涙が浮かんだ。


「その名を、まだ覚えている人がいたのかい」


村には百八十七人が残っていた。


三年前は千二百人。飢えと寒さで多くが村を離れ、老人と幼い子どもを中心に二十三人が亡くなったという。


「王都からの救援は届かなかったのですか」


私が尋ねると、村長は首を振った。


「救援どころか、うちが王都へ小麦を送ったことになっている」


彼が出してきたのは、湿気で波打った配給台帳だった。


エルム村の収穫量は三年前からほぼゼロ。寒波で畑が全滅している。


それなのに、王宮の原簿にはこう記されていた。


――エルム村より小麦八千袋を受領。


私は村の台帳を一頁ずつ確認した。


種籾の残量。各家への配給。病人へ回した乾燥豆。


数字はすべてつながっている。八千袋を隠せる余地など、どこにもない。


最後の頁に、一枚の受領証が挟まっていた。


『救援用小麦、四百袋を確かに受領した』


受領者の署名は、エルム村長オルド・バシュレ。


目の前の村長とは違う名だった。


「先代の村長ですか」


部屋の空気が変わった。老婆が胸の前で祈りの印を結ぶ。


今の村長は、窓の外にある小さな墓地を指した。


「オルドは私の父です。五年前に亡くなりました」


受領証の日付は、二年前。


死者が、小麦を受け取ったことになっている。


しかも紙の右下には、北方代官府の印章が押されていた。


シリル様が低い声で言った。


「これで代官府は、知らなかったとは言えない」


「まだです」


私は受領証を光へかざした。


紙の繊維の中に、王宮御用紙を示す青い糸が混ざっている。地方の村で使われる紙ではない。


この偽の受領証は、王都で作られた。


そのとき、外で馬のいななきが響いた。


護衛が扉を開ける。


「監察官殿、森の入口から騎馬が近づいています。十騎以上です」


街道を封鎖した兵士たちではない。


村長の顔から血の気が引いた。


「代官府の徴税隊です。帳簿を見せろと言われるたび、持っていかれた家は戻ってこなかった」


私は配給台帳と受領証を重ね、記録箱へ収めた。


探していた原本は、王宮にはなかった。地図から消された村が、命がけで守っていたのだ。


扉の外で、蹄の音が止まった。


そして男の声が響く。


「王命により、反逆者を引き渡せ!」


私は記録箱の錠を閉めた。


王命だというのなら、確かめることは一つしかない。


「その命令書を、全文読み上げていただきましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。