王都を出ます
鐘が二十七回鳴ったところで、国王陛下は祝賀会の中止を命じた。
王宮の廊下では、官吏たちが未処理の書類を抱えて走り回っている。
「レティシア!」
父が追いつき、私の腕をつかんだ。
「殿下へ謝罪しろ。マリアベルが王太子妃になれば、お前は妹を支えればよい」
「私が婚約者と職を失った夜に、お父様が心配されるのは妹の仕事だけなのですね」
父の手を外すと、その先にシリル様が待っていた。
彼が差し出したのは、北方七領監察補佐官の任命書だった。任期一年。俸給は王宮記録官時代の三倍。
「私を雇うのですか」
「あなたは予算を整え、法令の矛盾を見つけ、飢饉を三度防いだ。王宮が名を残さなくても、記録は知っている」
初めて、私の仕事を私の功績として口にする人だった。
シリル様は古い地図を開く。北端にあるはずの村が、最新の地図から消えていた。
「三年前まで千二百人が住み、税を納めていた。消去命令には王太子の公印がある」
署名の日付は、殿下が国外にいた時期だった。
「偽造です。原本を調べれば証明できます」
「その原本が、今夜記録庫から消えました」
婚約破棄だけで終わる問題ではない。誰かが王太子の無関心を利用し、国の記録を書き換えている。
私は任命書に署名した。
「お引き受けします」
夜明け前、馬車で王都を出る。城門で王宮の騎士が追いついた。
「殿下が、今すぐ戻って未処理書類を片づけるようにと!」
「その命令を正式な文書でいただけますか」
騎士は言葉を失った。殿下にはもう、命令書を整える記録官がいない。
馬車が北へ動き出す。
消された村の名はエルム村。その横には、王宮へ納められたはずの小麦八千袋と記されていた。
村だけではない。
国庫から、食糧まで消えていた。




