国王陛下の前で、改ざんされた記録を照合します
王都へ戻った私たちを待っていたのは、歓迎の鐘ではなかった。
城門から王宮まで、兵が二列に並んでいる。
けれど、その槍先は私たちではなく、王太子府の紋章をつけた馬車へ向けられていた。
「国王陛下の直命により、王太子府の書庫を封鎖した」
第三衛兵隊長が告げると、門衛たちは無言で道を開けた。
昨日まで私を反逆者として捕らえようとしていた人々が、今日は偽の王命を守る証人になっている。
記録とは、不思議なものだ。
立場が変わっても、書かれた事実だけは変わらない。
◇
公開審理は大広間で再開された。
玉座には、南部から夜通し戻られた国王陛下。その右に王太子。左には王国法務卿と中央神殿の記録官が座っている。
王太子は私を見るなり立ち上がった。
「父上、その女は王宮の原本を盗み出しました。審理を続ける資格などありません」
「盗まれた原本とは、どれだ」
国王陛下の声は静かだった。
「救恤制度に関する記録一式です」
「ならば、まず原本の存否を確認しよう」
陛下が指を上げると、封印された箱が運び込まれた。王宮地下書庫に保管されていた正本箱だ。
法務卿が鍵を開ける。
中は空だった。
王太子が勝ち誇ったように私を指した。
「ご覧ください。レティシアが持ち出した証拠です」
「違います」
私は北方から持ち帰った帳簿を卓上へ置いた。
「私が保全したのは、各村へ送られた受領簿と、制度創設時に作られた副本です。地下書庫の正本に触れる権限は、首席記録官と国王陛下、そして王太子殿下にしかありません」
広間の視線が一斉に王太子へ向いた。
「言いがかりだ。鍵なら首席書記官も管理していた」
「はい。ですから照合します」
私は三冊の記録を並べた。
一冊目は、北方の村に残されていた受領簿。
二冊目は、中央神殿が保管していた救恤制度の公布記録。
三冊目は、王太子府から証拠として提出された告発状。
「同じ命令から生まれた記録には、同じ登録番号がつきます。村の受領簿と神殿記録は、救恤第百七号。王太子府の告発状には、救恤第百九号とあります」
「単なる書き間違いだ」
「第百九号は、制度創設の二日後に発行された別の命令です」
私は神殿記録官へ合図した。
彼が読み上げる。
「救恤第百九号。北方へ送る小麦八千袋の輸送先を、王都西倉庫へ変更する」
ざわめきが広がった。
八千袋は消えたのではない。
最初から、北方へ届かないよう命じられていた。
「署名者は誰だ」
国王陛下が問う。
神殿記録官は一度、王太子を見た。
「当時の摂政代理、王太子殿下です」
「偽造だ!」
王太子が卓を叩いた。
「五年前、私はまだ救恤事業を任されていない!」
「その点も記録されています」
私は告発状の紙を灯りへ透かした。
「殿下が提出した文書には、三年前から王都の製紙院で使われ始めた透かしがあります。五年前の署名だけが偽物なのではありません。この告発状そのものが、最近作られたものです」
法務卿が文書を受け取り、透かしを確かめた。
続いて、偽の国王印が押された奪還命令と、第三衛兵隊長の調書が読み上げられる。
王太子の顔から血の気が引いた。
「マルセルだ。首席書記官が勝手にやった。私は知らない」
「では、本人に確かめましょう」
国王陛下が命じる。
「首席書記官マルセル・ゲインをここへ」
扉が開いた。
連れて来られたマルセルは、両手を拘束されていた。それでも王太子を見る目には、まだ助けを求める色がある。
「マルセル」
陛下が問う。
「偽の王命を作ったのは、お前か」
「……はい」
「誰の命令だ」
長い沈黙のあと、彼は懐から小さな封筒を取り出した。
「命令を受けた証拠は、ここにあります」
封筒には王太子府の印章が押されていた。
王太子が叫ぶ。
「開けるな!」
マルセルは首を横に振った。
「殿下。私は、あなたほど記録を軽く見ておりません」
彼は私へ封筒を差し出した。
中にあったのは、偽造を命じた書簡ではなかった。
王太子が八千袋の小麦を売却した代金、その送金先を記した帳簿だった。
ただし、受取人の名は王太子ではない。
私は最後の行を見て、息を止めた。
そこには、五年前に亡くなったはずの人物の名が記されていた。




