偽の王命を、命じられた兵の前で読み上げます
「審理を、今ここで始めます」
私の言葉に、衛兵隊長は剣の柄へ手をかけた。
「時間稼ぎは通用しない。王命への抵抗は反逆だ」
「本物の王命であれば、です」
私は命令書を受け取ろうと手を差し出した。
隊長は渡さない。
「王宮記録官には、執行前の王命を検認する権限があります。拒めば、あなた自身が偽命令の執行者として記録されます」
その瞬間、兵たちの視線が隊長へ集まった。
命令を作った者より、実際に剣を振るった者の罪が軽いとは限らない。彼らもそれを知っている。
隊長は舌打ちし、羊皮紙を私へ突き出した。
「一分だ」
「十分です」
私は最初から声に出して読んだ。
「『王宮原本を盗み、北方に混乱を招いたレティシア・ヴァルモンドを拘束せよ。抵抗する場合は、その場で処断してよい』」
宿舎にいた村人たちが息を呑む。
「発行者、国王陛下。執行者、王都第三衛兵隊。発行日は本日」
そして、文末を指で示した。
「王命には、写しを防ぐため発行日ごとに異なる照合句が入ります。本日の照合句は『白樺は北を向く』。この文書にはありません」
「照合句など、私は聞いていない」
「隊長へだけ口頭で伝えられる規定です。聞いていないなら、命令の受領手続きそのものが成立していません」
隊長の顔色が変わった。
私はさらに印章を示す。
「国王陛下の印章は、十二年前の襲撃事件で右下が欠けました。王命の真正を見分けるため、修復せず使用されています。この印影は完全な円です」
兵の一人が剣先を下げた。
「隊長。本当に王宮から受け取った命令なのですか」
「使者は王太子府の徽章をつけていた。王命だと言った」
「受領記録は?」
私が問うと、隊長は答えられなかった。
シリウス様が剣を鞘へ戻した。
「北方辺境法第六条。王命の真正に疑義があり、住民の生命に危険が迫る場合、領主は緊急審理を開ける」
彼は宿舎の大扉を開いた。
外には、鐘を聞いて集まった村長たちがいた。
「証人は十分だ。兵も住民も中へ入れ。誰一人、密室で裁かせない」
◇
長机の中央へ、偽の王命を置いた。
左には王太子が提出した偽造告発状。
右には、救恤制度創設時の原本と、マリアベルの二通の証言。
私はすべての文書について、入手時刻と入手経路を記録した。
「第三衛兵隊長。命令書を渡した使者の名は?」
「名乗らなかった。だが、王太子府の通行証を持っていた」
「命令は何時に届きましたか」
「昨日の夕刻だ」
「国王陛下は昨日から南部の収穫祭へ行幸中です。王都でこの文書へ押印することはできません」
隊長はうつむいた。
「我々は、騙されたのか」
「その可能性が高い。だから、あなた方の証言も記録します」
「抵抗すれば処断せよと命じられた。原本は開かず焼却しろとも」
広間がざわめいた。
「その追加命令は書面ですか」
「いや。使者が口頭で」
「顔を覚えていますか」
「ああ」
隊長は卓上の証拠一覧を見て、突然指を伸ばした。
王太子側の提出者として署名された名前。
首席書記官マルセル・ゲイン。
「この男だ。王太子の命令を代読する者として、何度も見た」
これで線がつながった。
五年前の日付を持つ新しい紙。
欠けのない偽の国王印。
原本焼却の口頭命令。
すべて同じ書記官を通っている。
私は緊急審理の調書を三部作った。一部は北方議会へ。一部は中央神殿へ。残る一部はシリウス様の騎士に託し、南部にいる国王陛下へ届ける。
「王都へ戻るのではないのですか」
マリアベルが寝台から尋ねた。
「戻ります。ただし、殿下が用意した審理へ被告として出るためではありません」
私は偽の王命へ赤い糸を通し、調書に綴じた。
「王太子殿下と首席書記官を、偽造の告発者として記録するために」
夜明け、第三衛兵隊は武器を収めた。
その代わり隊長は、王都まで私たちを護衛すると申し出た。
出発直前、南の街道から別の早馬が駆け込んできた。王都を発った国王付きの伝令だった。
騎士が持つ筒には、国王の本物の印章が押されている。
封を切ると、命令は一行だけだった。
『公開審理を中止するな。余自ら出席する』
王太子が作った舞台に、本人が最も呼びたくなかった証人が来る。
私は本物の王命を原本の隣へ収めた。
「王都へ向かいます」
今度こそ、消せない記録を国王の前で読み上げるために。




