妹の証言は、二通あった
マリアベルが目を覚ましたのは、夜明け前だった。
医師は面会を止めたが、妹は枕元の保管筒を離そうとしない。
「お姉様。公開審理までに、伝えなければならないことがあります」
「今は休みなさい」
「休めば、殿下が先に私の証言を出します」
その言葉で、私は椅子を引き寄せた。
「証言はすでに書かされているのね」
マリアベルはうなずいた。
王宮を出る三日前、王太子の執務室へ呼ばれたという。机には、私が北方救恤費を横領したと認める証言書が用意されていた。
「署名しなければ、お姉様を反逆罪で処刑すると言われました」
「それで署名したの?」
「はい。けれど、あの紙には日付がありませんでした」
日付のない証言書。
必要な事件が起きたあとで、都合のよい日を記入するためだ。
「殿下は、明日の審理でその証言を使うつもりです」
「なぜ分かるの?」
「私が逃げる直前、書記官が封筒へ入れるのを見ました。封蝋は王太子府の黒。表には『レティシア・ヴァルモンドの罪を証明するもの』と」
シリウス様が窓辺から振り返った。
「偽の証言を破るだけなら、本人が否定すればいい」
「いいえ。妹が脅されて署名した事実は残ります。しかし、それだけでは殿下が脅した証拠にならない」
私は保管筒から原本を取り出した。
「だから、二通目が必要です」
マリアベルはかすかに笑った。
「もう書いてあります」
彼女が指したのは、原本の最後の頁だった。
王太子の一文の下に、細かな文字が続いている。
『本原本を持ち出した理由、および王太子府で強要された証言の内容を、以下に記録する』
末尾にはマリアベルの署名と、三人の村人の証人印。
さらに、エルン村の礼拝堂で使われていた時刻鐘の記録が添えられていた。
鐘守の日誌によれば、署名が行われたのは一昨日の正午。王太子府の証言書より後に作られたことを、第三者が証明できる。
「原本を隠していた村人たちに、立ち会ってもらいました。お姉様なら、証言だけでは足りないと言うと思って」
「よく覚えていたわね」
「お姉様が教えてくれたのです。正しい話ほど、正しい手続きで残さなければならないと」
胸の奥が痛んだ。
私は妹を守ってきたつもりだった。
実際には、妹も私の仕事を見ていたのだ。
◇
正午、王都から公開審理の召喚状が届いた。
審理は三日後。
王太子側の提出証拠一覧には、予想どおり『マリアベル・ヴァルモンドの自筆証言』が記されている。
だが、もう一つ奇妙な文書があった。
『王宮記録官レティシアによる原本窃盗の告発状』
告発日は五年前。
北方救恤制度が始まり、私が削除前の条項へ異議を記録した、その翌日になっている。
「五年前から、あなたを犯人にする準備をしていたということか」
シリウス様の声が低くなった。
「違います」
私は告発状の写しを光へ透かした。
「この紙は、今年から王宮で使われ始めたものです。五年前には存在しません」
透かしには、現国王の即位二十周年を示す二十枚の月桂樹の葉。
今年の春に採用された新しい公用紙だった。
五年前の日付を持つ文書が、今年作られた紙に書かれている。
しかも、王太子側が正式な証拠として提出した。
「殿下は偽造文書を、自分から審理の記録へ入れたのです」
私は証拠一覧へ受領時刻を書き、監査印を押した。
その直後、宿舎の外で馬のいななきが上がった。
扉が開き、衛兵が雪崩れ込んでくる。
「王命である。盗まれた王宮原本を回収し、レティシア・ヴァルモンドを拘束する」
隊長が掲げた命令書には、国王の印章が押されていた。
けれど私は、その印章を見てすぐに分かった。
「その王命も偽物です」
国王の印章には、王宮記録官だけが知る小さな欠けがある。
目の前の印には、それがなかった。
王太子は公開審理を待たず、原本ごと私を消すつもりだ。
私は二通の妹の証言を胸元へ収めた。
「シリウス様。三日後では遅すぎます」
剣を抜いた彼の背後で、鐘楼の鐘が鳴った。
「審理を、今ここで始めます」




