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悪役令嬢は、台本を燃やす  作者: くるみ


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第5話 悪役令嬢、主演になる

台本が燃えた翌朝、王国は少しだけ混乱した。


神殿は権威を失い、貴族たちは慌て、新聞は大騒ぎになった。

けれど、空は落ちなかった。

海も割れなかった。

王城も爆発しなかった。


国は、案外普通に続いた。


ただ、人々は少しずつ自分で考えるようになった。


リゼットは学院を卒業した後、王都の片隅に薬屋を開いた。

聖女の癒やしではなく、苦い薬と甘いのど飴で人を助ける店である。


アベルは王太子のままだったが、初めて父王に意見した。

何度も失敗し、何度も怒られ、少しずつ自分の言葉を持つようになった。


そして、イザベラは姿を消した。


悪役令嬢が失踪したと、社交界は騒いだ。

隣国へ逃げた。

魔女になった。

海賊と結婚した。

竜に乗って空へ行った。


噂は好き勝手に広がった。


実際のイザベラは、王都の外れにいた。

古い倉庫を買い取り、そこを劇場に改装していたのである。


劇場の名前は、台本なし劇場。


開幕初日の演目は、もちろん決まっていた。

悪役令嬢は、台本を燃やす

主演はイザベラ本人だった。


初日の客席には、リゼットがいた。

薬屋の白衣のまま、手には花束を持っている。


アベルもいた。

護衛をまいて来たせいで、髪が少し乱れている。


幕が上がると、舞台の上に黒いドレスのイザベラが現れた。


彼女は客席を見渡し、悪役令嬢らしく微笑んだ。


「皆様、今宵はようこそお越しくださいました」


観客たちは息をのんだ。


「この物語には、清らかな聖女も、完璧な王子も、救われるだけのヒロインも出てまいりません」


イザベラは扇を閉じた。


「出てくるのは、自分の役に飽きた人間ばかりです」


客席から笑いが起きた。


リゼットは泣きながら笑っていた。

アベルは、なんとも言えない顔で拍手していた。


劇は大成功だった。


悪役令嬢が台本を破り、聖女が薬屋になり、王子が初めて自分で転ぶ話は、王都中で評判になった。

人々は笑い、少し泣き、帰り道に自分の人生について考えた。


終演後、リゼットが楽屋へ駆け込んできた。


「イザベラ様、最高でした!」


「当然ですわ。主演女優がよいので」


「自分で言いますか」


「誰も言わないなら、自分で言うしかありませんもの」


そこへ、アベルも入ってきた。


「君は昔から、舞台の中心に立つのが似合うな」


イザベラは少し考えた。


「違いますわ、殿下」


「何がだ」


「昔は、舞台の上に立たされていただけです」


彼女は鏡の前で、黒いイヤリングを外した。

その顔は、もう悪役令嬢の顔ではなかった。


「今は、自分で立っているのです」


アベルは黙った。

それから、静かにうなずいた。


「いい顔だ」


「今さら惚れても遅いですわよ」


「惚れない。怖いから」


「賢明です」


三人は笑った。


数年後、台本なし劇場は王国一の人気劇場になった。

リゼットの薬屋は劇場の隣に移転し、役者たちの喉を守る薬で大繁盛した。

アベルは王になり、国中の学校に「自分で選ぶ授業」を作った。


そしてイザベラは、王国一有名な劇作家になった。


彼女の書く物語には、いつも悪役令嬢が出てくる。

けれど、その悪役令嬢は最後に必ず笑う。

誰かに選ばれるからではない。

誰かを許すからでもない。

誰かのために犠牲になるからでもない。


自分の物語を、自分で書き始めるからだ。


ある夜、劇場の屋根の上で、リゼットが尋ねた。


「イザベラ様は、結局、悪役令嬢だったのですか?」


イザベラは王都の灯りを見下ろした。


「そうですわね」


彼女は少しだけ考えた。


「私は悪役令嬢でしたわ」


「やっぱり?」


「ええ」


イザベラは笑った。


「ただし、神殿の台本ではなく、自分の台本の中で、ですけれど」


その夜、新作の看板が劇場の前に掲げられた。


題名は、こうだった。


悪役令嬢、今度は王様を演じる


翌朝、王宮から苦情の手紙が届いた。


差出人はアベル王である。


せめて事前に相談してくれ。


イザベラはすぐに返事を書いた。


嫌ですわ。

台本なし劇場ですもの。


そして彼女は、今日も楽しそうにペンを取った。


悪役令嬢の物語は、断罪で終わらない。

婚約破棄でも、追放でも、復讐でも終わらない。


彼女が本当に幸せになったのは、誰かのヒロインになることをやめ、自分の人生の主演になった時だった。

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