第4話 断罪式、開幕
卒業舞踏会の夜。
大広間には、王族、貴族、神官、学院の生徒たちが集まっていた。
誰もが待っていた。
王太子アベルが、悪役令嬢イザベラを断罪する場面を。
聖女リゼットが涙を浮かべ、王太子の腕に抱かれる場面を。
女神の台本が、美しく完結する瞬間を。
神殿長は満足げに微笑んでいた。
彼の手には、金色の台本がある。
アベルが広間の中央へ進み出た。
隣にはリゼットがいる。
そして、少し遅れてイザベラが現れた。
黒いドレス。
赤い宝石。
完璧な悪役令嬢の姿だった。
アベルは深く息を吸った。
「イザベラ・ノクス公爵令嬢」
「はい、殿下」
「君は聖女リゼットに嫉妬し、数々の嫌がらせを行った」
「ええ、そういう台本でしたわね」
神殿長の眉が動いた。
アベルは続けた。
「よって、私は君との婚約を……」
そこで、彼は言葉を止めた。
広間がざわめく。
神殿長が低く言った。
「殿下、続きを」
アベルは金色の台本を見た。
そこには、次の台詞が浮かび上がっている。
君との婚約を破棄する。
アベルはしばらく黙っていた。
そして、台本にない言葉を言った。
「私は、君を断罪しない」
広間が凍りついた。
神殿長の顔色が変わる。
「殿下、何を……」
アベルは声を張った。
「私はイザベラを愛していない。リゼットも愛していない。そして、リゼットも私を愛していない」
リゼットがこくこくとうなずいた。
「はい。私は薬屋になりたいです」
広間のあちこちから悲鳴が上がった。
「聖女が薬屋に?」
「王太子妃ではなく?」
「豆の煮込みが好きそうな顔をしているとは思っていたが……」
最後の声は少し失礼だった。
イザベラは一歩前に出た。
「皆様、ご覧くださいませ」
彼女は手を伸ばし、神殿長が持っていた金色の台本を奪い取った。
神殿長が叫ぶ。
「触れるな! それは女神の……」
「女神の台本ではありませんわ」
イザベラは表紙を開いた。
そこには、細かい文字でびっしりと追記がされていた。
誰が誰を好きになるべきか。
どの家が王家に従うべきか。
どの令嬢が悪役になるべきか。
どの平民が聖女として神殿に管理されるべきか。
「これは神殿が作った支配の台本です」
イザベラは言った。
「物語の形を借りて、人の人生を縛るためのものですわ」
神殿長は怒鳴った。
「黙れ、悪役令嬢!」
イザベラはにっこり笑った。
「ええ、私は悪役令嬢ですわ」
そして、近くの燭台から火を取った。
「だから、物語を台無しにするのが仕事ですの」
金色の台本に火が移った。
炎は一瞬で広がった。
けれど、不思議なことに紙は黒くならず、金色の文字だけが次々と消えていった。
その瞬間、大広間にいた人々が一斉に息をのんだ。
誰かが泣き出した。
誰かが笑った。
誰かがその場に座り込んだ。
決められた役が、剥がれ落ちていく。
聖女は聖女でなくなった。
王太子は完璧な王子でなくなった。
悪役令嬢は、悪役令嬢でなくなった。
神殿長だけが叫んでいた。
「台本がなければ、国は乱れるぞ!」
イザベラは燃える紙を見つめながら言った。
「乱れてから考えればよろしいですわ」
アベルが小さく笑った。
「ひどい王妃になりそうだったな、君は」
「ならなくてよかったですわね」
「本当に」
二人は初めて、婚約者ではなく、ただの幼なじみのように笑った。




