第2話 聖女は恋をしたくない
一番困っていたのは、リゼットだった。
彼女は聖女役に選ばれてしまった平民の少女である。
本当は王太子と恋などしたくなかった。
王宮で暮らすのも嫌だった。
毎日笑顔で祈り、誰かに清らかだと褒められるのも苦手だった。
彼女には夢があった。
町の薬屋になることだ。
薬草を育て、風邪薬を作り、近所の子どもに甘いのど飴を配る。
それくらいの小さな人生でよかった。
けれど、女神の台本はそれを許さない。
「聖女リゼットは王太子に愛され、国母となる」
神殿長は、毎朝のようにそう読み上げた。
リゼットは笑うしかなかった。
聖女は困った顔をしてはいけないからだ。
ある日、彼女は学院の温室で泣いていた。
「王太子妃なんて、私には無理です……」
その時、背後から声がした。
「でしょうね」
イザベラだった。
リゼットは慌てて涙を拭った。
「すみません、イザベラ様。私、聖女なのに……」
「聖女でも鼻水は出ますわ」
イザベラは淡々と言った。
そして、ハンカチを差し出した。
「使いなさい」
「でも、これ、高そうです」
「鼻水を拭くためにありますのよ」
「違うと思います」
リゼットは泣きながら少し笑った。
イザベラは温室の椅子に座った。
「リゼットさん。あなた、殿下を好きですか?」
リゼットは首を横に振った。
「では、王太子妃になりたいですか?」
もっと強く首を横に振った。
「薬屋になりたいのです」
リゼットは小さな声で言った。
「薬草を育てて、普通に暮らしたいのです」
イザベラは満足げにうなずいた。
「では、よろしいですわ」
「何がですか?」
「あなたも、台本から降りる資格があります」
リゼットは目を丸くした。
「降りる……?」
イザベラは扇を開いた。
そこには、小さな文字でこう書かれていた。
台本は燃やせる。
リゼットは息をのんだ。
イザベラは悪役令嬢らしく、美しく笑った。
「リゼットさん。私と一緒に、物語を台無しにしませんこと?」




