紅の断罪。湧き出る希望
山奥にひっそりと佇む、廃れたスタジアム。
かつては歓声が響き渡ったであろうその場所は、今や朽ちた鉄骨と雑草に覆われ、天井から差し込む光だけが、その荒廃した姿を皮肉にも照らし出していた。
その光の筋の下に、二人の乙女が立ちはだかる。
牙 燐乃と、赤神 轟子。
紅に染まった二つの魂が、今、激しくぶつかり合おうとしていた。
「まだ欲しいのか? 小娘が! アタシの鉄球なんぞいくらでもくれてやるよ!」
轟子の言葉は、まるで地響きのようにスタジアムに響き渡る。彼女の両手には、常人では持ち上げることすら叶わないであろう巨大な鉄球が握られていた。その鉄球が振り回されるたびに、空気が唸り、破壊の予感を撒き散らす。
「……私は、逃げないさ。どんな手を使っても、必ずお前たちを……うっ!」
燐乃の言葉は、轟子の鉄球によって遮られた。一瞬の閃光の後、燐乃の体は派手に吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられる。全身は傷だらけで、鮮血がダラダラと地面に垂れ落ちていく。しかし、その瞳には、まだ諦めの色は宿っていなかった。
「私は逃げない、だと? お前は本当にこんなところで終わっていいのかよ。人生は一度きりだぞ。 さぁ楽しもうぜ! お前の底力ってもんを、見せてくれよ!」
轟子の言葉は、燐乃の心に深く突き刺さった。それは嘲りではなく、むしろ、彼女の内に秘められた可能性を呼び覚ますような響きを持っていた。死の淵で、燐乃の心の奥底に小さな希望の芽が芽生える。
「……そうさ、私はこんなところでは挫けねぇ。やられっぱなしもつまらないしな。私の底力、見せてやるよ!」
その瞬間、燐乃の全身から、燃え盛るような赤いオーラが噴き出した。それは瞬く間にスタジアム全体を包み込み、荒廃した空間を紅蓮の炎で染め上げていく。
「おぉ……赤いオーラに、その右腕……素晴らしい……」
轟子は、その光景に感嘆の声を漏らした。燐乃の右腕には、赤黒く光る炎でできたドラゴンの頭が形成されていた。それはまるで、彼女の魂が具現化したかのような、禍々しくも美しい姿だった。この街の人々を守るという強い意志が、彼女に新たな力を与えたのだ。その名は、
【紅蓮炎:インフェルナル・ヴァルキュリア】。
「……さぁ、これでお互い能力持ちだ。お前みたいな無差別に人々を殺すやつは、この世にいてはいけないんだよ! かかってこい、赤神 轟子!」
「望むところだ。お前も消え失せろ、牙 燐乃!」
再び、二人の乙女の決戦が始まった。しかし、今度は互いにソウルエンデムの能力を解放した、真の死闘だった。両者、一歩も引くことなく、その瞳には純粋な殺意が宿っていた。
「……いいじゃあねぇか……これでも喰らいなぁ! くたばれ!」
轟子は、両手の鉄球を思いっきり振りかぶり、燐乃を左右から挟み込もうとした。その一撃は、スタジアムの壁をも容易く砕くほどの破壊力を持っていた。しかし、燐乃は怯まない。彼女の右腕に宿る炎のドラゴンが、轟子の鉄球へと襲いかかる。
ガァンッ! ゴゴゴゴッ!
硬い鉄球は、炎のドラゴンによって一瞬にして噛み砕かれ、無数の破片となって地面に散らばった。
「……嘘だろ!? 私の鉄球ちゃんが、砕かれた……」
轟子の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。彼女の絶対的な武器が、目の前で無力化されたのだ。
「お前の武器はそんなもんか? 私はまだまだいけるぞ!」
燐乃は、嘲るように言い放った。その言葉は、轟子のプライドを深く傷つけた。
「……ならこれでも喰らいな! 潰れてしまえ!」
轟子は、怒りに任せてスタジアムで最も巨大な鉄塔を素手で引き抜き、燐乃の頭上へと振り下ろした。しかし、その鉄塔もまた、ドラゴンの口から放たれた紅蓮の炎によって一瞬にして灰燼と帰した。
「……くそ……このままじゃ、負ける……!」
轟子の心に、敗北の二文字がよぎる。燐乃は、その隙を見逃さず、轟子へと一直線に近づいていく。
「……やめろ……来るな! このアタシがここまで追い詰められるとは……」
轟子は後ずさり、恐怖に顔を歪めた。その姿は、先ほどの傲慢な態度とはまるで別人のようだった。
「正々堂々とやるんだろ? 轟子、お前はもう終わりだ。今までに無差別に人々を殺した罪を、ここで償え」
燐乃の言葉は、冷たく、しかし確固たる意志に満ちていた。
「……ふっ……このアタシが、罪なんか償うかよ」
轟子は、最後の抵抗とばかりに、虚勢を張った。
「じゃあこの私が強制的に償わせてやるよ」
燐乃は、容赦なく右手のドラゴンを轟子に向けた。炎の顎が、轟子を飲み込もうと大きく開かれる。
「やめろ……やめろ! 近づくな!」
轟子の悲鳴が、廃スタジアムに虚しく響き渡る。
「お前はここで終わりだ。地獄に堕ちろ! 赤神 轟子!」
燐乃の右腕から放たれた紅蓮の炎が、轟子を包み込んだ。
(……楽しかったぜ…… 牙 燐乃……)
轟子の最期の言葉は、炎の中に消え、誰にも届くことはなかった。
「天国でも、ちゃんと自分の犯した罪を償うんだな。お前のような女、嫌いじゃなかったぜ。
私の、勝ちだ」
燐乃は、静かにそう呟いた。紅蓮の炎が消え去ったスタジアムには、再び静寂が訪れる。しかし、その静寂は、二人の乙女の激しい戦いの余韻を、深く刻み込んでいた。




