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Dum Spiro Spero〜この教室33人は息をしている限り希望を捨てない〜  作者: AmorNoctis-アモールノクティス-


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32/35

静かなる絶望。揺れる希望

山奥にひっそりと佇む、とうの昔に廃業した小さな旅館。

かつては湯治客で賑わったであろうその場所は、今や埃とカビの匂いが立ち込める凄惨な戦場と化していた。

軋む床板の上で、二人の女が対峙している。

魅羽月 瑠樹と、一条 璃姫。

しかし、それは「熱き闘い」と呼ぶにはあまりにも一方的な蹂躙だった。瑠樹はすでに満身創痍であり、死の淵に立たされていた。


「この【扇子】持ちの私と戦うなんて、いい度胸だわ。そこだけは褒めてあげる」


璃姫は冷酷な笑みを浮かべ、手にした黒い扇子を弄んだ。その優雅な所作とは裏腹に、彼女の瞳には微塵の慈悲もない。


「……許さない……」


床に這いつくばりながら、瑠樹は血を吐き捨てるように睨み返した。


「一人一人の大事な命を容赦なく奪う……そんなお前たちを生かしておいたら、この街はもう終わりなのよ。あの少女が、どれだけ悲しい目に遭っているかも知らないくせに……」


「口だけはうるさい女ね」


璃姫が手首を軽くスナップさせると、扇子がブーメランのように宙を舞った。

鋭い風切り音と共に、瑠樹の頬を掠め、結わえていた髪を無残に切り裂く。パラパラと落ちる髪の毛を一瞥し、璃姫は鼻で笑った。


「あのクソガキのことなんか、私には知ったこっちゃないわ。あなたも、二条家と共にここで死になさい。じゃあな、このくそ女がぁぁ!」


手元に戻ってきた扇子を再び構え、璃姫は瑠樹の首元へと素早く振り下ろした。

死の刃が迫る数秒の世界で、瑠樹の脳裏に走馬灯がよぎる。


(……私は、こんなところで死ぬの……?)


脳裏に浮かんだのは、この街の人々の流した涙。

そして、両親を無残に殺され、絶望の中で泣きじゃくっていた少女、ルイノと交わした約束だった。

『絶対に、私が仇を討つから』その誓いが、消えかけていた瑠樹の命の炎に油を注いだ。


「こんなところで……私は、死んでたまるか!」


瑠樹の魂からの叫びが木霊した瞬間だった。

彼女の全身から、突如として濃密なピンク色の煙が爆発的に舞い上がった。


カキィィィン!!


甲高い金属音が廃旅館に響き渡る。

瑠樹の首を刎ねるはずだった璃姫の扇子は、見えない壁に弾かれたかのように大きく弾き飛ばされた。


「……なんだと?」


璃姫は驚愕に目を見開いた。

煙が晴れた後、そこには丸腰だったはずの瑠樹が、静かに立ち上がっていた。その手には、今まで存在しなかった異形の武器が握られている。

閉じた和傘のような形状をした、桜色の刀身を持つ美しい刀。


「私の扇子が跳ね返された……? 武器もないお前が……その刀、どこから出した!?」


「……これで対等よ。ここからは、私が仇を討つ!」


瑠樹の瞳には、もはや絶望の色はなかった。

彼女が覚醒させた力。それは魂の具現化たる能力、

魅創花みぞうばな:フロス・クレオ】。


「なるほど……あなたも『ソウルエンデム』の能力を手に入れたってことね」


璃姫はすぐに冷静さを取り戻し、自身の武器を構え直した。


「まぁいいわ。あなたのその刀と、私のこの【黒桧扇くろひおうぎ】……どちらが上か、勝負しましょう」


「望むところよ。その扇子ごと、切り刻んでやる。」


床板を蹴り破るほどの踏み込みと共に、ソウルエンデム同士の死闘が幕を開けた。

桜色の軌跡を描く瑠樹の刀と、漆黒の残像を残す璃姫の扇子。両者の力は拮抗し、廃旅館の壁や柱が次々と破壊されていく。

しかし、戦闘経験において勝る璃姫は、変幻自在に扇子を操り、徐々に瑠樹を追い詰めていった。絶え間ない連撃に、瑠樹の集中力が僅かに乱れ始める。


「私の扇子は、そう簡単に真っ二つにはできないわよ。そして……あなたは少しずつ隙を見せ始めている」


璃姫は勝利を確信し、冷酷に告げた。


「これで最後よ」


璃姫が扇子を天高く放り投げると、それは目にも留まらぬ超高速で空中を飛び回り始めた。四方八方から迫る風切り音だけが響き、扇子の実体は完全に視認できなくなる。


「私の扇子は今、この空間のどこかを彷徨っている。いつ、どの角度からあなたの生首が飛ぶか……わからないわよ?」


死角からの不可視の一撃。

しかし、瑠樹は焦ることはなかった。静かに目を閉じ、研ぎ澄ませた感覚のすべてを周囲の空気の流れに集中させる。


(……見えなくても、感じる。一刀両断。これで、決める)


瑠樹がカッと目を見開いた瞬間、背後から迫る微かな殺気を捉えた。

振り返るよりも早く、彼女は桜の刀を背後へと一閃する。


静寂を切り裂くような、鮮やかな切断音。

空中で真っ二つに両断された黒桧扇が、力なく床へと転がり落ちた。



「……嘘だろ……私の扇子が……斬られた!?」



自身の半身とも言える武器を破壊され、璃姫はその場にへたり込んだ。


「扇子はもう使えない。そして、あなたにはもう戦う術がない。……これで終わりよ」


瑠樹は刀の切っ先を璃姫に向け、静かに宣告した。

圧倒的な敗北。璃姫はしばらく呆然としていたが、やがて狂気じみた笑い声を漏らした。


「……ふふっ、こんなことがあってたまるかよ……。


素晴らしい、私の負けだ」


璃姫はふらつく足取りで瑠樹に近づくと、床に落ちていた真っ二つの扇子の片割れを拾い上げた。

そして、躊躇うことなく、その鋭利な断面を自身の腹部へと深く突き立てた。


「!?」


予期せぬ凶行に、瑠樹は息を呑んだ。

鮮血を吐き出し、激痛に顔を歪めながらも、璃姫は最期まで己の矜持を保とうとしていた。


「……他人に殺されるくらいなら……自ら死んだ方が、マシなんだよ……。じゃあな、魅羽月 瑠樹……」


どさりと、璃姫の体が冷たい床に崩れ落ちる。

その瞳から光が失われるのを、瑠樹はただ静かに見届けることしかできなかった。



「……最後の最後まで、あなたらしかったわね」



敵対し、殺し合った相手。それでも、彼女の最期の覚悟には一抹の敬意を抱かざるを得なかった。

瑠樹は桜の刀を消滅させると、動かなくなった璃姫を見下ろして静かに呟いた。


「来世では、あんな生き方はしないでほしい……。



静かに眠れ、【一条 璃姫】」


戦いの終わった廃旅館には、ただ冷たい山風だけが吹き抜けていた。

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