陰の中に潜む希望
山奥にひっそりと佇む廃校、旧北京都第三中学校。その理科室は、陰平亜月と水無瀬朧真の激しい戦いの舞台となっていた。しかし、戦況は亜月にとって絶望的だった。朧真の不可解な能力によって追い詰められ、その毒薬が亜月の全身を蝕んでいた。右腕はすでに麻痺し、意識は朦朧とする。戦いは、今にも幕を閉じようとしていた。
「くそ……右腕がどんどん麻痺してやがる……」
亜月の呻き声が、薬品の匂いが染み付いた理科室に虚しく響く。朧真は、そんな亜月を見下ろし、冷酷な笑みを浮かべた。
「全く……なぜ能力者相手に逆らおうとしたのですか……亜月くん。君は本当に『アホ』ですね。勝てるわけもないのに。情けない……」
朧真の言葉は、亜月の心を深く抉る。しかし、亜月の闘志はまだ尽きていなかった。
「でもな、いくら負けると分かっていても、男は立ち上がらなきゃいけないんだよ!お前らを生かしておいたらこの街の人々はさらに犠牲者……あっ……目が朦朧と……くそ……」
亜月の言葉は途切れ途切れになり、その体は今にも倒れそうだった。朧真は、そんな亜月の姿に一切の憐憫も見せず、淡々と告げた。
「今刺した薬はただの麻酔ではありません。意識が朦朧となってきたらもう『心臓』は動かなくなり、そのまま死んでいくのです。……せめて、お互い【ソウルエンデム】持ちだったら素晴らしい戦いになっていたでしょうに。
最後、お前はこの私の巨大なメス『アクリス』で心臓を貫きトドメを刺してあげます。」
朧真は、その言葉と共に、巨大なメス『アクリス』を構え、亜月の胸に狙いを定めた。その刃は、理科室の薄暗い光を反射し、不気味に輝いていた。
「【死ねぇぇ!】」
朧真の叫びが、理科室に響き渡る。メスは、容赦なく亜月の胸へと振り下ろされた。
(……俺はまだ13歳、こんな所で死んで……たまるか……)
亜月の脳裏に、走馬灯のように過去の記憶が駆け巡る。それは、残虐に殺された街の人々の悲しき声。そして、「なぜ今この場にいて、死刻の五柱と戦っているのか」という、自らの存在意義。その問いの答えが、今、亜月の心の中で明確な形を結び始めた。
グサッッッ!!
メス「アクリス」は、亜月の胸を貫いた。朧真の顔には、勝利の確信が浮かび上がる。
「……本日の夜中8時13分、陰平亜月さんの死亡が確認されました……フフフ、この私に決闘なんて挑むから。来世でも勇敢な男になってくれたまえ……」
朧真は、勝利の余韻に浸り、冷笑を浮かべた。しかし、その笑みは、次の瞬間、驚愕へと変わる。
「……俺は、『ここ』にいる理由がようやく分かった。」
亜月の声が、理科室に響き渡った。朧真は、信じられないものを見るかのように、目を見開く。
「……はっ!?なぜだ、なぜこいつは喋れている!私は、確かにこいつの胸に刺したはず……
なんだこれは!?」
朧真は、確かに亜月の胸にメスを突き刺し、その体を貫通させたはずだった。しかし、その亜月の胸は、
【青黒く光っており、無傷の状態になっていた。】メスは、まるで幻を斬り裂いたかのように、何の抵抗もなく亜月の体を通り抜けていたのだ。その瞬間、亜月の背中から、紫色の輝くオーラが理科室内に大きく放たれた。
「うわ!眩しい……一体何が起こっているんだ……この輝く光る感じ、普通じゃあり得ない。もしかして、
【お前も!?】」
亜月は、自分がこの場所に立つ理由を思い出した。街の人々を守るため、そして、死刻の五柱を止めるため。その強い決意が、心の奥底にあった小さな希望を芽生えさせ、能力が発動したのだ。その名は、
【幽陰龍:テネブラ・ドラゴン】。亜月の背中から、黒みがかった紫色のドラゴンたちが、理科室の空間を埋め尽くすように現れた。
「ソウルエンデム……嘘だろ、ありえない!お前如きがなぜ……」
朧真の顔は、驚愕と焦燥に歪む。彼の絶対的な自信が、音を立てて崩れていく。
「俺がこの場所に立っているのは、お前たち死刻の五柱を、倒すからだ!たった13歳の俺が、こんなところで死んでたまるかよ。」
亜月の声は、理科室に響き渡るドラゴンの咆哮と重なり、朧真の心を震わせた。その瞳には、もはや迷いはなかった。
「……くそ!もうどうにでもなれ!お前は死ぬ運命なんだ!喰らえ!」
朧真は、狂気に満ちた叫びと共に、再びメスを構える。しかし、亜月は冷静だった。
「かかってこい、このヤブ医者が!」
亜月が指を鳴らすと、背後のドラゴンの一体が、朧真のメスへと襲いかかった。その噛み合いは、一瞬にして終わる。
パキーン!
「俺のメスが壊れただと!?……ならこの注射器でも喰らえ!!」
朧真は、もう片方の腕を変形させ、マシンガンのように注射器を乱射する。しかし、その注射器は、亜月のドラゴンの口の中へと吸い込まれ、跡形もなく消えていった。
カチッカチッ。
「注射器がなくなった……このままじゃ立場逆転じゃないか……ぐわっ!」
亜月は、朧真を風圧で理科室の黒板の前まで吹き飛ばした。朧真の体は、壁に叩きつけられ、呻き声を上げる。
「いてぇ!くそ、体力が……ハァハァ」
朧真は、息を切らしながら、亜月を睨みつける。しかし、その瞳には、すでに恐怖の色が宿っていた。
「お前が言った通り、立場は逆転した。この街の人々は、俺たちが守ってやる!お前たち死刻の五柱は終わりだ!」
亜月の言葉は、理科室に響き渡る。朧真は、その言葉に怯え、後ずさりする。
「……待て、待て、落ち着け!俺もまだ死にたくねぇ……うわぁぁ!!」
朧真の悲鳴が、理科室に響き渡る。亜月は、瀕死の状態から覚醒した「幽陰龍」の力で、朧真を完膚なきまでに叩きのめしたのだ。
亜月は、倒れ込んだ朧真に背を向け、静かに告げた。
ハァ...ハァ
「……俺も、こんなことはしたくはなかった。けれど、生かしておいたら一人の命よりも何百人の命が犠牲になってしまうんだ……安らかに眠ってくれ。
【今回は、俺の勝利だ……】」




