「笑われる」ピエロ
【幻狂ノ乱舞マッド・カーニバル】
笑嵐 廻が所持するソウルエンデム。
名前の通り狂気に満ちている能力。
主な武器は2つあり、「グリングナイフ」と呼ばれる大道芸に使われるナイフと「ディトー」と呼ばれるピコピコハンマー式の武器。
「笑嵐 廻」は、彼が自らに課した仮面の名であり、本当の名は「篠崎 廻」という、傷つき、絶望に打ちひしがれた少年の真実が隠されていた。
篠崎廻は、生まれ落ちた瞬間から、劣悪な家庭環境という名の檻の中に閉じ込められていた。父親は、パチンコに明け暮れ、稼いだ金は瞬く間に溶けていく。廻の存在など、彼の目には映っていなかった。しかし、母親だけは違った。どんな時も廻のそばに寄り添い、その小さな体を優しく抱きしめてくれた。母親の温もりだけが、廻にとって唯一の救いだった。
廻が中学生に上がる頃、両親はついに離婚した。廻は母親と共に、新たな生活を始めることになった。母親は、廻を抱きしめながら、震える声で誓った。
「なんとしてでも私は廻を守るからね…」
その言葉と、母親のハグは、廻の心に深く刻み込まれた。母親の腕の中で、廻は安らぎを感じ、心から感謝した。
「母さん、いつもありがとう」
中学校には給食がなかった。昼食は、毎日母親が作ってくれる弁当だった。しかし、貧しい生活の中、その弁当はいつも質素で、彩りも量も乏しかった。それでも、母親が心を込めて作ってくれた弁当は、廻にとって何よりも大切なものだった。
だが、学校は廻にとって地獄だった。昼食の時間になると、クラスメイトたちは廻の弁当を指差し、嘲笑した。
「みんな見ろ!今日も廻の弁当まじで不味そうだぞwww」
「ジャージも汚らしいし近寄りたくないね笑」
「髪切ってるの?ボサボサすぎる笑」
廻は、毎日いじめの標的だった。彼の貧しさ、身なり、そして内向的な性格が、彼らを刺激した。心ない言葉の暴力と、陰湿な嫌がらせ。廻は、そのすべてに耐え続けた。しかし、その日々は、彼の心を深く蝕んでいった。限界だった。廻は、意を決して母親に相談した。母親は、廻の苦しみに心を痛め、後日、担任教師と会うことになった。
職員室の一角。担任教師は、廻と母親を前に、ふんぞり返っていた。煙草の煙が、薄暗い部屋に充満する。教師は、廻のいじめの相談を真剣に聞こうともせず、嘲笑を浮かべながら言い放った。
「廻がいじめられるのはあなたのせいでもありませんか?笑 蛙の子は蛙ってまさにこのことですよ笑」
母親は、その言葉に打ちのめされた。自らを責め、涙を流しながら、か細い声で答えた。
「…はい。そうですよね。私がちゃんとしてればこの子はいじめられなかったのに…」
担任教師は、母親の苦しみに何の感情も示さず、冷酷な言葉を続けた。
「廻のためにもちゃんと親として責任を果たしてください。私はこれから仕事があるので今日はここまでです」
人の心を持たないかのような担任の言葉に、廻は怒りに震えた。今すぐにでも、この男を殴りつけてやりたかった。母親の苦しみを知りもしないくせに、よくもそんなことが言えるものだ。廻は、隠れて拳を握りしめた。その小さな拳には、担任教師への、そして世界への、深い憎しみが込められていた。
夏休みが明け、学校は文化祭の準備で活気づいていた。廻のクラスは劇をすることになり、役を決める時間がやってきた。担任は職員室に戻り、生徒たちに勝手に役割を決めるよう指示した。
学級委員長が、悪役のピエロ「ショーラン」役の希望者を募った。
「…では、悪役のピエロ、『ショーラン』役をやりたい人はいますか?」
その言葉に、いつも廻をいじめていた男子たちが、ここぞとばかりに声を上げた。
「おい!そのショーランって言う悪役のピエロはいつもみんなから笑われている篠崎廻とかどうだ?笑」男子たちは一斉に笑い出した。その笑い声は、廻の心を深く抉った。
学級委員長は、困惑した表情で廻に尋ねた。
「ちょっと男子たち…廻くんは他にやりたい役とかある?」
廻は、俯いたまま、絞り出すような声で答えた。
「…ピエロ役でいいよ…僕は…」
学級委員長は、他の生徒たちの視線を感じながら、苦渋の決断を下した。
「本当に?なら、悪役のピエロは廻くんにします…」
他の生徒たちは、誰も廻を助けようとはしなかった。彼らはただ、傍観者として、廻が再び嘲笑の対象となるのを見ているだけだった。
そして二週間後、文化祭当日がやってきた。廻は、いつもと同じように朝目を覚ました。しかし、家には母親の姿がなかった。テーブルの上には、一枚の手紙が置かれている。たった一言、
「廻へ、幸せになってね。」
廻は、その一言で全てを察した。いつも自分を支え、守ってくれた母親は、もう限界だったのだ。彼女は、この世を去ってしまった。廻は、その場で泣き崩れた。彼の心は、深い絶望と孤独に包まれた。しかし、彼は泣き続けることは許されなかった。今日は文化祭。彼は、重い体を引きずるようにして、学校へと向かった。
劇の本番がきた。物語は終盤へと差し掛かり、廻の出番がやってきた。彼は、笑っているピエロの仮面をつけ、おもちゃのナイフとピコピコハンマーを手に、ステージに登場した。客席には、たくさんの保護者の顔が見える。廻は、分かっていても、無意識のうちに母親の姿を探した。しかし、そこに母親の姿はない。きっと、天国から見守ってくれているのだろう、と彼は自分に言い聞かせた。
「出てきたな!ショーラン!俺たちで、お前を倒してやるぞー!」
台本通り、いじめっ子の男子生徒たちが、廻に挑発の言葉を投げかける。次は廻のセリフのはずだった。しかし、廻はステージ上で、ただ呆然と立ち尽くしていた。周りの女子生徒たちが、ひそひそと囁き合う。
「あれ?次は廻くんのセリフなのに喋らない。どうしたんだろう…」
その時、廻は、これまでの人生で味わってきた全ての苦痛が、一気に蘇るのを感じた。母親の死、いじめ、担任の冷酷な言葉。彼の心の中で、何かがプツンと切れた。すると、廻の背中から、不気味な紫色のオーラが噴き出した。会場の人々は、その異様な光景に動揺し、ざわめき始める。
篠崎廻は、仮面の下で歪んだ笑みを浮かべ、静かに、しかし確かな憎しみを込めて言った。
「…もういいんだ。母さんは死んだ。お前たちだけは許さない」
廻の手に握られていたおもちゃのナイフは、みるみるうちに本物のような鋭い刃へと変貌していく。そして、そのステージ上で、廻は憎い男子生徒たちを、ナイフで滅多刺しにした。会場は、悲鳴と混乱に包まれた。
「きゃー!私の子が!」
「…これはどうなってるんだ…?」
「廻!お前何してるやめろ!!」
担任教師も、廻を止めようとステージに駆け上がった。しかし、廻は容赦なく、担任教師をも男子生徒と同じナイフで滅多刺しにした。血飛沫が舞い、観客たちの悲鳴が響き渡る。それは、狂気に満ちた復讐劇だった。
篠崎廻は、血に濡れたナイフを握りしめ、高らかに宣言した。
「これからは俺のやり方でいく。憎い奴は容赦なく殺す。本物のショーラン(笑嵐)のようにみんなから笑われるピエロで生きてやるよ…」
これが、笑嵐廻の「ソウルエンデム」、
『幻狂ノ乱舞』の覚醒の瞬間だった。彼の心は、もはや救いようのない闇に囚われていた。
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廃遊園地の錆びついた鉄骨が軋む音だけが響く中、凪乃朱木は、腹に突き刺さったナイフの激痛に顔を歪ませた。笑嵐廻の素早い攻撃に、一瞬の隙を突かれたのだ。体に力が入らず、その場に倒れ込む朱木に、廻はゆっくりと近づいてくる。その足取りは、まるで獲物をいたぶる道化師のようだった。
「くそ…このままじゃ勝てねぇ…」
朱木は、意識が遠のく中で、必死に抗おうとする。しかし、廻のナイフは、彼の腹に深く食い込み、その動きを封じていた。廻は、朱木の目の前で立ち止まると、仮面の下から冷たい視線を投げかけた。
「…お前は俺のことを何も知らない。てめぇの正義ごっこなんぞに付き合ってられるかよ」
廻の言葉は、朱木の心に深く突き刺さった。彼の過去の重み、そしてその過去が彼を狂気へと駆り立てた理由。朱木には、それを理解する術がなかった。廻は、手に持ったナイフの刃を、ゆっくりと朱木の首筋に向けた。その冷たい感触が、朱木の肌を粟立たせる。
「俺たちに逆らう奴は全員、殺す」
廻の言葉は、絶対的な宣告だった。その瞳には、もはや迷いも、躊躇いもない。ただ、憎しみと狂気だけが宿っていた。朱木の意識は、闇へと沈んでいく。




