表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dum Spiro Spero〜この教室33人は息をしている限り希望を捨てない〜  作者: AmorNoctis-アモールノクティス-


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/32

ただの眼帯ではない。

【独占ノ治癒者:ドミナル・ドクター】


水無瀬 朧真が所持するソウルエンデム。

名前の通り医者が使う器具を主に用いられる能力。

左手には巨大なメス「アクリス」、そして右手には注射器を何本も打てる「薬弾銃やくだんじゅう」が主な武器。

それ以外にも様々な武器が搭載されている。

水無瀬朧真は、陽の当たらない路地裏のような場所で育った。彼の家庭は、裕福とは程遠い、常に貧困の影が付き纏う場所だった。父と母、そして朧真と幼い妹。四人家族の生活は、両親が抱え込んだ莫大な借金によって、常に綱渡りの状態だった。両親は朝から晩まで働き詰め、家には疲弊しきった体と、重苦しい沈黙だけが残された。


朧真が高校一年生になる頃、その均衡は脆くも崩れ去った。ある日、両親は借金を苦に、二人揃って命を絶ったのだ。高校生になったばかりの朧真は、小学四年生の妹と共に、突然、天涯孤独の身となった。ボロアパートの狭い一室で、彼は幼い妹を育てなければならなかった。その重圧は、まだ少年の心にはあまりにも過酷だった。


妹を飢えさせるわけにはいかない。その一心で、朧真は高校の校則を破り、隠れてアルバイトを始めた。接客業を選んだのは、少しでも多く稼ぐためだったが、学校にバレないよう、常に顔を隠し、人目を避けるように働いた。しかし、運命は残酷だった。いつものようにバイト先で働いていたある日、彼は学校で一番恐れられている教師と鉢合わせてしまったのだ。その瞬間、朧真の心臓は凍り付いた。すべてが終わった、と直感した。


数日後、朧真は放課後、学校の裏にある薄暗い倉庫へと呼び出された。埃っぽい空気と、錆びた工具の匂いが充満するその場所は、まるで罪人を裁く法廷のようだった。


「おい朧真!!お前無断でバイトしてんだろ?何学校の校則を平然と破ってんだゴラァ!!」


教師の怒声が、狭い倉庫に響き渡る。その声は、朧真の耳を劈き、彼の心を深く抉った。しかし、長年の鬱屈と、妹を守るという使命感が、彼に口答えさせた。


「…うるせぇ!!何も分からねぇくせに…」


その言葉が、教師の逆鱗に触れた。教師は、鬼のような形相で朧真に襲いかかり、何度も何度も殴打した。顔面を、腹を、背中を。朧真の体は、あっという間にボロボロになった。痛みと屈辱が、彼の全身を支配する。十数分にも及ぶ暴行と怒声の嵐。朧真は、ただ耐えるしかなかった。抵抗すれば、もっとひどいことになる。妹のためにも、ここで倒れるわけにはいかない。


ようやく教師の気が済んだのか、彼は朧真を突き飛ばし、倉庫の出口へと向かった。去り際に、冷たい声が朧真の耳に突き刺さる。


「…次校則破ったらどうなるかわかるよな?二度とするんじゃねぇぞ」


教師が去った後、めちゃくちゃになった倉庫内には、散乱した道具と、打ちひしがれた朧真だけが残された。教師の前では、決して涙を見せなかった朧真だが、一人になった途端、その場に泣き崩れた。彼の頬を伝う涙は、痛みと、絶望と、そしてどうしようもない無力感の結晶だった。


「…俺はどうすればいいんだ…帰りたくない。嫌だ」


家に帰れば、また借金取りがドアを叩きに来るだろう。その日ばかりは、なぜかいつも以上に、その事実が朧真の心を重くした。しかし、彼は知らなかった。その夜、彼の人生を決定的に変える、さらなる地獄が待ち受けていることを。


その日の夜、ボロアパートの小さな食卓には、ささやかながらも温かい食事が並んでいた。朧真が学校の給食から持ち帰ったチョコパンと、わずかなおかず。


「どうだ美味いか?今日はクラスの人たちが四人休んでたから四人分の給食のパンを持って帰れたんだ!」

朧真は、妹の笑顔が見たくて、少し誇らしげに言った。


「チョコパンだ!やったー!」

妹は、無邪気な笑顔でパンにかぶりつく。こんな過酷な日々の中でも、妹の笑顔と、二人で囲む夜ご飯だけが、朧真にとって唯一の幸せな時間だった。


しかし、そのささやかな幸せは、突然の暴力によって打ち破られた。けたたましい物音が、アパートのドアを叩く。いつもは一人でやってくる借金取りが、その夜ばかりは四人もの大勢で押し寄せてきたのだ。ドアが蹴られ、叩きつけられる音は、まるで二人の心を打ち砕くかのようだった。


ガチャリ、と音を立ててドアを開けた朧真は、震える声で懇願した。

「…ごめんなさい今度こそ必ず返しますので…」


「今度こそ今度こそっていつになったら返すんだ?ガキが。ちょっと中に入るぜ」

借金取りの一人が、朧真を突き飛ばし、土足でアパートの部屋に上がり込んだ。彼らは、子供に対しても容赦なく、その腐りきった性根を剥き出しにする。


「ごめんなさい妹だけには手を出さないでくださいお願いします…」

朧真は、妹を庇うように、借金取りの足元に縋り付いた。妹は、怯えた目でその光景を見つめている。

「誰なの!?この人たちは!」


「なんでもしますお願いしますどうか俺たちを殺さないで…」

朧真の必死の懇願に、借金取りの一人がニヤリと笑った。

「…ならお前の『眼球』をどちらか一つ今よこしな。売ったら九万円ほどになる。そうしたら今の借金も返せるだろう?」


その言葉は、朧真の想像を遥かに超えるものだった。九万円。当時の彼にとって、それは途方もない大金だ。しかし、その代償として、自らの片目を差し出せというのか。あまりにも飛んだ発想に、朧真は驚きもせず、ただ呆然と立ち尽くした。


「…そうしたら許してくれるんですか?」朧真の声は、乾いていた。感情が、どこか遠くへ置き去りにされたかのようだった。


「その代わり、今すぐにやれ。どちらでもいい…」借金取りの言葉に、朧真は迷うことなく、自らの左目に手を伸ばした。妹を守るため。その一心で、彼は自らの手で、左目を抉り出した。


アパート中に響き渡る、朧真の悲鳴。それは、肉体的な痛みだけでなく、彼の魂が引き裂かれるような、絶望の叫びだった。


「おい、こいつ本当にやりやがったぞ?笑」

借金取りの一人が、驚きと嘲笑の混じった声を上げた。他の三人も、薄ら笑いを浮かべながら、その光景を見下ろしている。


「これで一応金は返せる。こんなボロアパート二度とくるか。じゃあな小僧。愛する妹のためにせいぜい頑張るんだな」

四人の借金取りは、高笑いしながらアパートを後にした。彼らの足音が遠ざかるにつれて、朧真の心には、深い虚無感が広がっていった。


「…俺の左目が…右しか見えない」

朧真は、その場で倒れ込んだ。肉体的な痛みよりも、心の奥底から湧き上がる絶望が、彼を支配していた。感情は麻痺し、涙すら流せない。ただ、世界に対する憎しみだけが、彼の心を蝕んでいく。


「…全てが憎い。もう何も希望なんてない」


その時、朧真の胸の奥で、何かが光り輝いた。それは、彼の深い絶望と憎しみに呼応するように、彼の体を変形させていく。左手は、みるみるうちに巨大なメスのような形へと変化した。朧真は、何かに憑依されたかのようにゆっくりと立ち上がる。その瞳には、もはやかつての少年の面影はなかった。


「…お兄ちゃん、どこ、行くの?」

妹の怯えた声が、朧真の背中に投げかけられる。しかし、彼の耳には届かない。ただ、復讐の炎だけが、彼の心を燃やしていた。


「ちょっと待っててくれ。すぐ戻る」

朧真は、冷たい声でそう告げると、先ほど立ち去った借金取りの四人組の後を追った。


借金取りたちは、まさか朧真が追いかけてくるとは思っていなかった。背後から忍び寄る異様な気配に、彼らは振り返った。

「…なんだ?もうお前に用なんて…刃物!?お前何する気だ!」


朧真は、何の言葉も発しなかった。ただ、その巨大なメスを構え、冷酷な瞳で彼らを見据える。そして、静かに、しかし確かな殺意を込めて、呟いた。


「…死ね」


朧真の人格は、完全に変貌していた。長年積み重ねてきた憎しみ、恨み、怨念。それらすべてをぶつけるかのように、彼は借金取りの四人組を、巨大なメスで虐殺した。血飛沫が舞い、肉が断ち切られる音が、夜の闇に響き渡る。それは、狂気に満ちた復讐劇だった。


「フフフ、憎い奴らを殺すのは楽しいですね。ここからは、全て私のやり方で行きます」


これが、水無瀬朧真の「ソウルエンデム」、

『独占ノ治癒者:ドミナル・ドクター』の覚醒の瞬間だった。彼の心は、もはや救いようのない闇に囚われていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


水無瀬朧真は、廃校の理科室で、注射器の毒に侵され身動きの取れない陰平亜月を見下ろしていた。その顔には、相変わらず病的な笑みが浮かんでいる。


「亜月さん、もうこれ以上足掻いても無駄です。私の注射器に刺さった以上もう立ち上がることなんてできないでしょう」


体に力が入らない。亜月は、全身を蝕む倦怠感と、朦朧とする意識の中で、必死に言葉を絞り出した。


「お前の過去のことはわからないが、これ以上街の人たちを無差別に傷つけてはダメだ!もう一度考え直せ!お前も人間だ…」


亜月の言葉は、朧真の心には届かない。彼の瞳には、ただ冷酷な光が宿っているだけだ。朧真は、ゆっくりと右腕を巨大なメスへと変形させ、亜月の心臓目掛けて振り上げた。


「私の逆らわなければこのようなことにはならなかったでしょうに。貴様もここで『死にたまえ』」


メスが振り下ろされる。亜月は、迫り来る死の影に、ただ目を閉じることしかできなかった。彼の意識は、暗闇へと沈んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ