犠牲者
隼の驚異的な回復力に、死刻の五柱打倒の決意を新たにした四人は、病院を後にした。しかし、牙 燐乃は、あることを思い出し、踵を返した。
病院の外、冷たい夜風が吹き抜ける中、朱木、亜月、瑠樹の三人は、燐乃が戻ってくるのを待っていた。
牙 燐乃
「もう外は真っ暗だな。あっ!いけねぇ!隼に入院用の日用品渡すの忘れてた……お前らちょっと待っててくれ。私1人で届けに行ってくる。」
瑠樹、亜月・朱木
「はーい。」
燐乃は、日用品の入った小さなバッグを手に、再び隼の病室へと向かった。
牙 燐乃
「えーと、22番の部屋は、ここか。
入るぞー。お前の日用品渡すの忘れてたから届けに来たぞ。」
扶情 隼は、退屈そうに天井を見ていた。
「そういや貰ってなかったなぁ。ありがとな。助かるぜ、燐乃。」
その時、ノックと共に看護師がワゴンを押して入ってきた。
看護師
「失礼しまーす。隼さん、夜ご飯の時間ですよ。……あれ?あなたは。」
牙 燐乃
「私は隼の連れです。日用品を届けに来ました。もうすぐ帰ります。」
看護師
「なるほどね。あなたも随分と背が高いわね……。まるでモデルさんみたいだわ。
とりあえず、夜ご飯持ってきました。はい、どうぞ。」
隼は、運ばれてきた病院食を見て、思わず顔をしかめた。トレイの上には、小さなご飯茶碗と、煮物、そして味噌汁が並んでいる。
扶情 隼
「はい。ありがとうございま……(え!?こんな量しかないのかよ……俺の胃袋には雀の涙だ……。少ないなぁ……)
い、いただきます……。」
看護師は、隼の巨体と、彼が抱える不満を察したように、苦笑いした。
「まぁあなたにはこの量は少なすぎるかしらね……。でも、今は安静が第一ですから。
それで、昨日はどのようなことがあったんですか?私、あまり詳しい事情は知らなくて……。ただ、あなたの傷が尋常ではなかったことだけは覚えています。」
隼と燐乃は、顔を見合わせ、看護師に昨日の出来事を簡潔に、しかし隠すことなく話した。五柱の存在、ぶみの死、そして隼の驚異的な回復力について。
扶情 隼
「……だったんですよ。だから、俺たちはあいつらを絶対に許せないんです。」
看護師は、顔色を変えた。その瞳には、深い悲しみと、抑えきれない怒りが宿っていた。
「中学生が死刻の五柱の桜木 亙に手を出すとは……信じられないです……。でも、その気持ち、痛いほどわかります。
実は私の息子も、その中の1人の赤神 轟子ってやつに理不尽に銃殺されたんです。あの子は、ただ公園で友達と遊んでいただけなのに……。」
牙 燐乃は、息を呑んだ。公園という日常の場所で起きた悲劇に、胸が締め付けられる。
「本当ですか……あいつらのせいで、何の罪もない、たくさんの人たちが理不尽に……。私たちは、この街の闇の深さをまだ理解していなかったのかもしれない。」
看護師は、震える手でスマホを取り出し、隼と燐乃に息子の写真を見せた。画面の中の少年は、満面の笑みを浮かべていた。
看護師
「これが私の息子なんです。名前は光。まだ小学3年生だったのに……。あの日の夕焼け空が、今でも目に焼き付いています。」
牙 燐乃は、写真の可愛らしい少年を見て、胸が締め付けられた。
「おぉ!めちゃくちゃ可愛い子じゃないですか!小さい子は好きだぜ。光くん、本当にいい笑顔だ。」
扶情 隼
「可愛いですね!小3とか、若いなぁ。俺たちと同じように、この街で普通に生きていただけなのに……。」
看護師
「ありがとうございます。とても可愛かったのに……あの人たちに……。私の光は、もう戻ってこない……。」
看護師は、過去の記憶の重さに耐えきれず、その場で泣き崩れてしまう。
燐乃は、優しく、看護師の肩に手を乗せ、励ました。その手は、力強く、温かかった。
牙 燐乃
「辛い気持ちはわかります。その悲しみと怒りは、私たちが必ず晴らします。
ですが、看護師さん。私たちがいつかはあの死刻の五柱をぶっ倒して見せますんで、任せてください。あなたの息子さんの仇も、ぶみの仇も、そしてこの街の平和も、私たちが取り戻します。」
扶情 隼も、病院食を食べる手を止め、力強く言った。
「あぁ。ぶみの仇と共に。俺たちが、この街の平和を取り戻します。俺たちの命に代えても。」
看護師は、涙を拭い、二人の真剣な眼差しを見て、少し明るくなった。彼女の心に、小さな希望の光が灯った。
看護師
「信じられないです……。でも、あなたたちの目を見ていると、本当にやってくれるような気がします。とても心強くなりました。きっと、あなたたちならいけると信じてるわ。ありがとうございます。
隼さんも食べ終わったところですし、私はお盆片付けてきます。」
扶情 隼
「はい。ありがとうございます。ごちそうさまでした。」
看護師
「では、失礼します。何かあったらそこのボタンで呼んでください。無理はしないでね。」
バタン。
牙 燐乃
「ってことで、私ももう帰るわ。あいつら玄関先で待たせちまってるからな。心配させても悪いし。」
扶情 隼
「そうか、色々持ってきてくれてありがとうな。看護師さんの話を聞いて、改めて決意が固まったぜ。」
牙 燐乃
「おう。大人しくしてるんだぞ!退院したら、すぐに訓練だ。じゃあな。」
扶情 隼
「またなー。」
バタン。
扶情 隼は、静かになった病室で、天井を見上げた。
「……やっぱり、寂しいなこれ。退屈すぎる。
あと1週間も続くのかー。退院までちょっと苦痛だな……。でも、この一週間で、俺の体は完全に元に戻る。五柱を倒すための準備期間だと思って、耐え抜くしかないか……。」隼は、心の中で、ぶみと光少年の冥福を祈った。
隼の驚異的な回復力をもってしても、医師の指示は絶対だった。彼の規格外の肉体は、医学の常識を逸脱していたが、社会的なルールは守らなければならない。
そして、手術から1週間が経ち、ついに退院の時が来た。
隼の胸には、かすかな黒い痣が残るのみ。それは、彼が死の淵から生還した証であり、五柱への復讐を誓った刻印でもあった。
死刻の五柱との本格的な戦いの狼煙が、今、静かに、しかし確実に、上がろうとしていた。
退院した隼を、仲間たちが笑顔で迎える。彼らの瞳には、未来への希望と、戦いへの覚悟が満ちていた。




