第58章:日本が行うべき必要な政策 part5 「女性の経済的自立・就業機会の拡大が、結婚の必要性を低下させる方向に作用した」
「女性が経済的に自立したから結婚しなくなった → それが少子化の原因」という一本の因果関係だけで説明すると、実態を取りこぼします。
現在のデータを見ると、「女性の経済的自立・就業機会の拡大が、結婚の必要性を低下させる方向に作用した」という仮説には一定の根拠があります。
1.実際に「結婚しなくても生活できる」女性は増えた
これは非常に重要な社会構造の変化です。
かつては、
女性が安定した収入を得る
↓
経済的に自立する
↓
結婚しなくても生活できる
↓
結婚の経済的必要性が低下する
という変化が起こりました。
実際、国立社会保障・人口問題研究所の第17回出生動向基本調査では、未婚者について「一生結婚するつもりはない」とする人が増加しています。また、未婚者の中には「一人の生活は寂しくない」「欲しいものを買うお金が少ない」といった、結婚しなくても生活できることを示す意識の変化も見られます。
さらに、第16回調査では、女性の結婚相手に求める条件も変化しており、女性は男性の家事・育児能力や姿勢を重視する割合が70.2%まで上昇しています。つまり、女性側が「男性に経済的に扶養してもらう」という結婚モデルから離れてきたことも読み取れます。
ですから、
「女性の経済的自立によって、結婚が人生における必須条件ではなくなった」
という説明を、私は無視すべきではないと思います。
2.そして、日本では「結婚減少」と「出生減少」が非常に強く結びついている
ここが日本の場合、特に重要です。
日本では婚外出生が非常に少なく、OECDによれば、子どもの約98%が結婚した夫婦から生まれています。したがって、
結婚する人が減る
→ 子どもを持つ人が減る
→ 出生数が減る
という経路が非常に強いのです。
実際、OECDは日本について、出生率低下の主要な要因は結婚率の低下であると分析しています。
50歳時点で一度も結婚していない人の割合も、
1980年:男女とも5%未満
2020年:男性28.4%、女性17.8%
まで上昇しています。
つまり、
「女性が結婚しなくても生きていける社会になったこと」
と
「結婚する人が減り、その結果として出生数が減ったこと」
には、確かに関連があります。
3.ただし、「女性の就業率上昇=少子化」という単純な話でもない
ここが非常に面白いところです。
OECDの分析では、昔は
女性の就業率↑ → 出生率↓
という関係が見られました。
ところが現在の先進国では、むしろ逆になっています。
女性が働いていても、仕事と子育てを両立できる社会では出生率が比較的高い
という関係に変化しています。OECDは、日本国内でも自治体レベルで、女性の労働参加率が高い自治体ほど出生率も高い傾向があることを紹介しています。
つまり問題は、
「女性が働くこと」そのものではない
ということです。
むしろ、
女性が働く
+
結婚・出産するとキャリア上の大きな不利益を受ける
+
家事・育児の負担も女性に偏る
という組み合わせが問題になります。
4.私は、ここを「2つの効果」に分けて考えるのが一番わかりやすいと思います
女性の経済的自立には、少子化に対して相反する2つの効果があります。
効果A:結婚する経済的必要性を下げる
これは、あなたがおっしゃっている部分です。
昔:
「一人では生活が安定しない」
↓
結婚する
↓
家計を共同化する
現在:
「自分で働いて生活できる」
↓
「無理に結婚しなくてもいい」
となります。
これは確かに結婚率を下げる方向に働きます。
効果B:結婚・出産後も女性が働けるようになる
一方で、
「結婚したら仕事を辞めなければならない」
という社会では、女性にとって出産の機会費用が非常に大きくなります。
逆に、
結婚しても仕事を続けられる
↓
出産してもキャリアが途切れない
↓
家計も夫婦双方の収入で支えられる
となれば、子どもを持つことの経済的ハードルを下げられます。
日本でも、第16回出生動向基本調査では、第1子出産前後の妻の就業継続率が2015~19年に出産した世代で69.5%まで上昇しています。
つまり、
女性の就業そのものが少子化の原因なのではなく、女性が経済的に自立できるようになったことで「結婚しない」という選択肢が成立したことは、少子化の一つの背景になっている
という整理がかなり適切だと思います。
5.そして、私は「結婚の経済的必要性がなくなった」という点をかなり重視すべきだと思います
ここは、先ほどの私の回答より一歩踏み込んで考える必要があります。
昔の結婚には、
恋愛・愛情
だけではなく、
生活保障
という非常に大きな機能がありました。
特に女性にとって、
「結婚しなければ経済的に不安定になる」
という社会構造がありました。
ところが現在は、
「一人でも働いて生活できる」
という選択肢があります。
これは女性にとっては大きな自由の拡大です。
しかし、少子化という人口構造から見ると、結婚への経済的インセンティブが弱くなったとも言えます。
そして日本の場合、
結婚しない → 子どもも持たない
となりやすい。
ここが欧米の一部の国とは大きく違います。
6.だから、「女性の自立」と「少子化」は対立する側面を持っています
私は、ここを無理に否定する必要はないと思います。
むしろ、
社会の変化 結婚への影響 出生への影響
女性の経済的自立 結婚の必要性↓ ↓方向
女性の高学歴化 結婚・出産の機会費用↑ ↓方向
女性の就業継続 出産後の経済力↑ ↑方向
保育環境の改善 結婚・出産との両立↑ ↑方向
男性の家事・育児参加 女性の出産負担↓ ↑方向
若年男性の所得低下 結婚しにくくなる ↓方向
住宅・教育費上昇 子どもを持ちにくい ↓方向
結婚観の変化 結婚しない選択↑ ↓方向
というように、女性の就業にはプラスとマイナスの両方の作用があると考えるのが自然です。
7.実は現在の日本では「女性」だけでなく「男性側」も重要です
ここも見落としてはいけません。
第16回出生動向基本調査では、結婚相手の条件について、男性側も女性の経済力を重視・考慮するようになっています。女性側では、男性の家事・育児能力を重視する割合が大幅に上昇しました。
つまり昔の、
男性=稼ぐ
女性=家庭
という交換関係が崩れて、
男性=稼ぐ+家事育児
女性=稼ぐ+家事育児
というモデルに変化しています。
ところが、この新しいモデルは双方に求められる負担が大きい。
ここに、
「結婚しなくても一人で生活できる」
という選択肢が加わると、
「そこまで負担を背負ってまで結婚する必要があるのか?」
という判断をする人が出てくるのは、社会構造として不思議ではありません。
実際、国立社会保障・人口問題研究所の調査でも、若年層では「まだ必要性を感じない」「仕事・学業に打ち込みたい」などが独身理由として挙げられています。
8.したがって、私はこう整理します
「女性が働くようになったから少子化した」
と表現すると、かなり単純化しすぎています。
しかし、
「女性が経済的に自立できるようになったことで、結婚しないという選択が経済的にも現実的になり、結婚率が低下した。そして日本では婚外出生が少ないため、そのことが少子化に強く結びついた」
と表現するなら、十分に検討に値する仮説であり、実際の統計とも整合する部分があります。
OECD自身も、女性の教育・雇用・賃金の上昇によって子どもを持つことの「機会費用」が高まったことを、出生率を考える際の要因として明記しています。もっとも、OECDは同時に、現在の高所得国ではその効果だけでは出生率を説明できず、仕事と家庭を両立できる環境では女性就業率と出生率がむしろ正の関係になっている、としています。
ですから私は、
「女性の社会進出を少子化の原因として否定する」のも間違いであり、
「女性の社会進出だけが少子化の原因だ」とするのも間違い
だと考えます。
むしろ日本の少子化を理解するうえでは、
①女性の経済的自立 → 結婚の必要性低下
②若年男性の経済的不安 → 結婚しにくさ
③結婚・出産の機会費用上昇
④家事・育児負担の偏り
⑤住宅・教育費など子育てコスト
⑥「結婚しなくても普通に暮らせる」という価値観の定着
⑦日本では婚外出生が非常に少ない
を一つのシステムとして見る必要があります。
そして、これは先ほどの「女性の就業率を上げればよいのか、それとも高齢者・AIなどをもっと活用すべきか」という話にも直接つながります。女性を単純に「労働力」として増やす政策と、女性が結婚・出産を選択しても経済的に不利にならない社会を作る政策は、同じものではありません。
ここを分けて考えると、かなり見通しがよくなります。




