第78話 轟雷童子と紅蓮童子
「秀ちゃん。轟雷童子が呼んでいる気がするの」
「俺も今、紅蓮童子が呼んでいる気がした。呼んでみるか」
「うん」
「オン・グレンザラ・バッソ・カザン・レンレン・ハク! 猛き鬼よ、煉獄の底より吼えよ。来たれ! 紅蓮童子!」
「オン・クラウシャナ・ダルミラ・ヴァルダナ・プラハラ・ソワカ! 雷光の鬼よ、黒雲を裂き、轟き叫べ! 来たれ! 轟雷童子!」
金の襖から現れたのは、鬼ではなく小さな子供だった。まだ小学生くらいの子供で、浴衣のような薄い着物を着ていた。
二人は姿を見せるなり、琴音に向かって平伏した。
「琴姫……琴音様」
「ちょっと! やめてよ! 立って!」
「琴音様。負担をかけてごめんなさい。でもこれで最後だから」
「いいのよ。浅太郎。浅次郎」
二人はハッとなって顔を上げた。
琴音が夢を思い出した?
「気づいていると思うけど。僕が轟雷童子」
「僕が紅蓮童子」
「うん」
「だからもう怖がらないで」
轟雷童子――浅太郎が今にも泣きそうな顔になった。
「怖がられたら悲しいよ」
紅蓮童子――浅次郎も同じように泣きそうだった。
二人共恐ろしい鬼の姿じゃない。あの時のままの姿だ。
「うん。ごめんね。今までごめんね」
琴音の頬を大きな涙が伝い、ポタポタと落ちていった。
今にも堰を切ったように泣き出しそうだけど、ぐっと我慢している。
「泣かないで」
「琴音様にはいつも笑顔でいて欲しいんだ」
「うん。ありがとう。ありがとう……」
「秀一様。僕、お暇してもいいかな? 琴音様を守りたいんだ」
「うん。今までありがとう。でもどうして俺の式神になってくれていたんだ?」
「琴音様のいい人だからだよ。秀一様を守ることは、琴音様の心を守ることになるんだ。でももう必要ないよね。十二姫将が戻ってきているんだから。彼女達は僕らよりずっとずっと強い」
「わかった。式神から解放する。琴音のことをよろしくな」
「うん。任せて!」
「私からも二人にお願いがある」
琴音がいつになく真剣な顔をしていた。
「え? 僕らにできることあるかな?」
「何でも言って!」
浅太郎と浅次郎が嬉しそうに答えた。
「二人は今代で自由になって欲しい。別にいらなくなったとかじゃないから。二人も幸せになって欲しいの。来世になっちゃうけど」
「琴音様……わかったよ!」
「僕もわかった! 琴音様! 今代で最後にするよ!」
「うん」
「じゃあそろそろいくね」
「また気軽に呼んでね。もうお供え物はいらないから!」
「煌姫様。琴音様の前世の記憶。消してください」
「わかっているわよ」
「ちょっと待って! それはダメだよ!」
「それこそだめよ」
煌姫は優しく言ったが、その裏には絶対的な力がこもっていた。
「では、よろしくお願いします」
二人はスゥッと消えていった。
「ごめんなさいね。琴音様」
「いや! 近寄らないで! ダメ! ダメェ!」
「オン・アーヴァラナ・スターパヤ・ソワカ」
「あっ……うっ……」
琴音の目がスゥッと閉じた。
俺は琴音が倒れる前に抱きとめた。
「目が覚めた時にはもうすっきりよ。前世の夢も、もう見ることはないでしょう。秀一様。後のフォローはお願いね」
「わかった」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ん……」
琴音が意識を取り戻した。
琴音は俺の部屋のベッドに寝かせていた。ギルドの個室は部屋主しかドアを開けられないから、安全に寝かせられるのはここだけだ。
……狐鈴は未だ逃亡中だからな。
「ここ……秀ちゃんの部屋……ふえ?」
「おはよう。気分はどうだ?」
「うーん。普通?」
「何があったか思い出せる?」
「私……轟雷童子を呼び出して……なんかショタになってた?」
「ブッ!」
俺は思わず噴き出した。
ショタってあれだよな。小さい男の子のことだよな。主に少年愛の人が使う言葉。
「琴音。お前ショタ好きだったの?」
「ち、違うよ! そんなことより! 確か……轟雷童子と紅蓮童子って私の前世にゆかりがある子だった? それで近藤家と早川家を守ってた……らしい? なんで早川家もなんだろうね? 昨日理由を聞いた気がしたんだけど、勘違いだったかなぁ」
「前世も俺と琴音は恋仲だったらしいぞ。それで早川家も守ってたらしい」
「運命じゃん! 超運命じゃん!」
「運命だな! それでだ。俺が狐鈴以外にも強い式神を複数持つようになったから、琴音を守りたいんだって」
「うん。そんなこと言ってた気がする?」
「轟雷童子と紅蓮童子は怖い存在じゃないぞ」
「うん。もう怖くないよ」
「そうか。よかったな」
琴音の近くで、子供が笑う声が聞こえた気がした。




