第208話 エピローグ1
気が付くと俺達は山の中腹にいた。
木々の間から見えるその先は、雲一つない青空で、眼下には現代の建物が見える。
ここは郊外なのか? 低いビルがまばらに見えるけど、都市部ではなさそうだ。
「戻ってこれた……よね?」
隣で琴音が俺の服を摘まんだ。
そこでやっと気づいた。俺達は日本の服を着ていた。
もう覚えていないけど、きっと異世界転移したその日に着ていた服だ。
「……たぶん。戻ってこれたよな? でも、ここは幕張のゲームショウ会場じゃない……」
「うん。どこだろ?」
周りを見渡すと、一緒に転移したみんながいた。
みんな手を取り合って喜んだり、雄たけびを上げたり、気が緩んだのか、泣いたりしていた。
全員戻ってこれたのなら、ここには百人以上いる。
それでも少し余裕がある開けた場所だ。
俺は浮遊の魔法を使って辺りを見渡すと、奥に神を祀る社が二つ見えた。
だいぶ寂れているが、ここは神社の境内か?
社が二つ……どうしても享楽之神と愉悦之神を連想してしまう。
「琴音。社がある。行ってみよう」
「うん」
俺は着地してから、琴音を連れだって社に向かった。
「今にも朽ち果てそうだな」
「参拝する人……もういないのかな?」
「そうかもな……」
それぞれの社のすぐ側に石碑があり、そこに刻まれた名前は、鎮地飽楽之尊と鎮水静悦之尊。
なんとなく見ていると、みんなが社の周りに集まって来た。
「皆、戻れてよかった」
社から声が聞こえた!
これは愉悦之神の声か!?
「愉悦之神様……なのでしょうか?」
俺は恐る恐る社に向かって聞いてみた。
「そうだ。此度のこと、詫びる言葉もない。我が声を聞くは、そなたらの魂には重荷であろう。ゆえに手短に伝えるとする」
確かにそうだ。神の声を聞く。それだけ精神への負担が大きいのは確かだ。
圧倒的な力によって体がもたない。
「あやつはもはや、力を集めるどころか、我が神力を分け与えることで、かろうじて存在できる代物になりさがった」
あやつとは享楽之神のことだな。
「我はあやつに代わり、彼の世界を維持することにした。されど我とていつまで存在できるのかわからぬ。彼の世界にて我は無名の神。信仰心を集める前に、世界そのものが朽ち果てるやもしれぬ」
あの世界を維持するほどの信仰心か。俺達が配信して集めていたくらいは必要ってことだよな?
「ゆえに我も他の神々にならい、この地にダンジョンを設け、信仰を集めることにした。時折で構わぬ。ここへ来て配信してくれぬか? さすれば我も、些少ながら加護を授けよう。無論、応じずとも構わぬ。我はそなたらに祟るような、狭量な神ではない。気楽に生きよ」
俺が思い浮かべていた神とは全然違うんだな。
「さぁ家族の元へ帰りなさい。魔法もアイテムボックスもそのまま。狂ってしまったこの世界で頑張りなさい」
俺達も情報が足りない。常夏の島にあったダンジョンが地球のあちこちに出現したり、LunaTubeに本物の天使が降臨したりと、大変なことになってるみたいだけど……
そうだ!
「月華」
俺は月華を呼び出した。
陰陽局の偉い人なら、俺達より情報を得ているはずだ。
直ぐに襖が現れ、タンっと開くと月華が出てきた。
「はい。御主人様。おかえりなさい。ここは……」
月華はスマホを取り出すと、地図アプリを開いた。
現在位置を確認しているのだろう。
「ここは千葉の房総半島ですね。すぐにバスの手配をします。皆さんは……そうですね。ご足労かけますが、ここの登山用の駐車場まで来てください」
そう言って月華は、スマホの画面を見せてくれた。
近い近い! そしておっぱいが腕に当たってるんだけど!
「ちょ、ちょっと遠いなぁ……。まぁ魔法が使えるのなら飛べばいいか」
「低い山ですが、人目がないわけではありません。今日本は……いえ、世界中が混乱しています。目立つ行動は避けた方が良いでしょう」
「そうだな……」
「皆さんの身柄は、一度防衛省で預からせて頂きます。これは安全を確保するためなので、ご協力お願いします」
月華がみんなに一礼すると、後ろに金の襖が現れて、その向こうに消えて行った。
浄土世界経由で陰陽局に戻るのだろう。便利だな。
俺達は駐車場まで歩くことになったが、山道はある程度舗装されていたので、異世界と比べると歩きやすかった。
戦いの後で疲弊していたけど、戻って来れた喜びもあって、みんな笑顔だ。
「ねぇ。秀ちゃん。私達お金持ちになっちゃったね」
隣に歩く琴音が指でメニューを操作しながら言った。
アイテムボックスの中には、クエスト報酬で手に入れた財宝や金貨がたくさんある。
モンスターの死骸なんかは、ちゃんと換金されて金貨や銀貨になっていた。
武器や防具、マジックアイテムなんかはそのままだった。
「そうだな。装備品は売れるかな? マジックアイテムには宝石ついてるし」
「うーん。宝石とか金は売ってもいいと思うけど、装備品とかは残しておこうかな。こっちにもダンジョンあるんだよね?」
「そういえば、ダンジョンのノウハウ動画上げるって約束してたよな」
「そうだよ! しばらくはダンジョン配信続けるよ!」
「オッケー! PV稼げそうだな!」
「うんうん!」
そんなことを話していたら、周りのみんなもダンジョンの話になった。
「俺達こっちでも無双できるかな?」
「俺なんてレベル五百二十三だぜ!」
「私は最後いくつだったかな? って! えええっ!?」
「どうした!?」
「みんな! アイテムばっかり見てないで、ステータス見て!」
俺の……俺達の網膜にレベルやシールドゲージはもう映っていない。
メニューのステータスページを開くと、そこに映っていたのは、レベル一。
どういうことだ?
一瞬ヒヤッとしたけど、落ち着け。さっきは魔法使えたし、今だって下山がすごく楽だ。レベル一の肉体じゃない。
「あ、でもステータスはすごく高いよ。肉体改造は残ったままってことじゃない?」
「バグってるのかな?」
「いや、強くてニューゲームって奴じゃないか!?」
「これがさっき愉悦之神が言っていた加護?」
「加護って愉悦之神のダンジョンだけじゃないか?」
「じゃあバグ?」
みんなでワイワイ考察していたけど、結局わからないままだ。
実際にダンジョンに入ってみないとわからないな。
案外数値として裏で持っていて、どこかのダンジョンに入ったら、一気にレベルが上がるかもしれないしな。
そんなことを話していると、月華が指定した駐車場にたどり着いた。
有名な山でもないので、駐車場はそれほど広くない。
観光バスが数台。乗用車が三十台も止まれば満車になりそうだ。
今は乗用車が数台止まっているだけだが、約百人が下山してきたんだ。駐車場の管理人はびっくりするだろうし、迷惑がかかるだろう。
結城さんもそう思ったのか、駐車場の管理人に貴金属を渡していた。
数時間待ってヘトヘトなったころに、やっと迎えのバスが到着した。
旅行会社の観光バスなのか、乗り心地はすごく良くて、隣に座った琴音がすぐに寝てしまった。
俺は口を開けて小さくいびきをかいている琴音を見て、ホッとした。
二人そろって……いや、全員そろって帰って来れて良かった。
口に出して言ったら、また師匠に怒られるかもしれないけど、俺は琴音がいたから頑張れた。琴音を守りたいと思ったから頑張れた。
それは今でも変わらないけど、それだけじゃないんだ。
最初は男として女の子を守りたい。それが最愛の恋人ならなおさらだ。
琴音の前でかっこつけたかったんだ。
でもそれじゃだめだった。
戦う力を持たない、普通の女の子なら、良いかもしれないけど、琴音は陰陽師で戦う力を持っているし、刀を使う者としても誇りがある。
それを俺は上から目線で守るとか、琴音の気持ちも誇りも全く考えていない、ダメな奴だった。
今では琴音を信頼し、お互い助け合って、認め合って、ゆるぎないパートナーになった。
そして二人で三千世界を渡り歩いた後は、より強固な絆になった。
琴音は愛おしい恋人だけじゃない。背中を預けられる頼りになる存在だ。
琴音って《《ちょっと》》ヤンデレなところがあって、他人からは《《少し》》引いてしまうかもしれない。
でも俺だって琴音に依存してるところがあるし、もし琴音に何かあったら……
「何、にやけてるのよ」
前の席に座っていたアリサが、背もたれの上から顔だけ出した。
「女の子の寝顔を見るなんていやらしい」
「いやらしく思ってもいいよ。俺は琴音の寝顔が見たい」
「……んっ……秀ちゃん」
琴音の寝言、タイミング良すぎだろ。
「くっ! ちょっとはこっちを見なさいよ! 私を気にしなさいよ!」
「あ~り~さ~。もう諦めなよ~」
アリサの隣にいた、まどかさんの声がした。
「まどかは黙ってて!」
「あんまりしつこいと嫌われるよ。早川君もはっきりしないと」
まどかさんも椅子から顔を出して、軽く睨んできた。
「だから、俺は……」
「あーあー! 聞きたくな~い~!」
「うるせぇぇええ! おめぇら黙れ! 寝てる奴もいるんだぞ!」
師匠の言霊によってまどかさんの口が閉じた。
アリサは修行した成果かな。師匠の言霊をはじき返していたけど、ビビって椅子の向こうに消えた。
「ったくっ……生意気になりやがって……」
師匠も気づいたのだろう。少しバツが悪そうだ。
「おい。秀一。お前制御しろ。アリサはお前の式神なんだろう?」
「魂が安定したら、式神から解きますよ」
「今は式神だろう」
「ご主人様って呼ばないとね……。それってもう夫婦じゃない?」
椅子の向こうからアリサの小声が聞こえてきた。
(今は黙ってくれ!)
師匠からの圧がやばい。式神用の念話でアリサに忠告した。
(初念話! これって秘密の会話じゃん! 二人のプライベートデートチャンネル! 上がるわね!)
(滅多にしないからな!)
(許さないよ!)
(こ、琴音ちゃん! なんで念話に!? これって式神だけじゃ……)
(私と秀ちゃんの呪力って、相性バッチリなんだよ!)
(念話って式神とだけかかと思ってたけど、琴音ともできるのか! ってか今まで念話に入って来れなかったよな?)
(うーん……すぐ隣だったから? なんかすごい波動みたいなのがきて、起きちゃったよ)
(ごめんな)
(いいよ。これで秀ちゃんといつでもイチャイチャな会話ができるし!)
(いや、でもすげぇ疲れるから、本当に緊急の時だけにしたい……)
(琴音ちゃん。ごめんね。内緒話はしないわ)
(む? 諦めた?)
(私琴音ちゃんとも仲良くしたいの! だから今度三人で遊園地に行かない? なんなら琴音ちゃんと二人でもいいし)
(琴音は渡さんぞ!)
(なんでそうなるのよ! なら秀一君も来なさいよ!)
(……じゃあ、私とアリサちゃんの二人で?)
(琴音ちゃんとデートだね!)
(秀ちゃんに興味湧かなくなるくらい、楽しくすればいいし!)
(やーん。堕とされちゃう!)
(浮気だ! 浮気!)
着地点がないまま念話で騒いでいたら、いつの間にか寝ていた。
狐鈴に睡眠の術をかけられたのかもな。
正直体も限界だったし……




