第207話 最後の戦い
「むぅっ!」
琴音は攻撃魔法の反動で後ろに下がるが、魔王の反撃を予想できず、シールドゲージを一本削り取られた。
「オン・カグナ・アグラ・ヴァル・ソワカ! 焔、鋼に宿りて、炎刃となる! 金剛火刃! 急急如律令!」
俺は刀に炎をまとわせて、魔王へと斬りかかった。
「このストーカー野郎!」
炎の刃は魔王が持つ大鎌に受け止められ、炎と火花が弾けたその向こうから、魔王の空いた片手がこちらに伸びた。
嫌な予感しかしない!
「クイックステップ!」
とっさに後方へ下がると、俺が直前までいた空間に、巨大な鬼の顔が現れ、一噛みして消えた。
「オン・ヴァジュラ・ラヴィナ・ソワカ」
背後からアリサの呪文が聞こえてきたので、俺はさらに間合いを取った。
「祖、安倍晴明の名と血の元に命ずる。南方の守護者、災厄を払いし霊鳥よ! ここに来たれ! 朱雀! 急急如律令!」
空が裂け、巨大な火の鳥が飛び出し、まっすぐ魔王へと突き進む。
魔王は身代わりの鬼を召喚し、自身は後方へ飛ぶように避けると、それを予測していたアリサの呪文が完成した。
「……北方の守護者、大地を統べる玄冥の霊獣よ! ここに来れ! 玄武! 急急如律令!」
玄武が魔王の頭上に現れ、凍てつく息吹を吐きながら急降下した。
魔王がそれも避けると、玄武の尻尾の蛇が、高圧縮の水鉄砲を撃ち出した。
「むっ!」
今度こそ魔王がまともに水鉄砲を喰らったが、効いた様子がない。
しかしそれでも一瞬、魔王の動きが止まった。
狐鈴はその隙を見逃さず、ババっと手印を結ぶと、魔王の周りに大量の狐火が現れて取り囲んだ。まるで炎の結界だ。
「オン・ロパーシャ・ダーキニー・アーユルヴェーダ・ソワカ! 数多の狐火よ。籠となりて、夜叉となりて、魂を刈り取らん。百炎繚乱! 急急如律令!」
狐鈴が柏を打つと、狐火が連鎖爆発して魔王を包み込み、そして閃光が幾重にも重なり、轟音と共に衝撃波が辺りを揺るがした。
しかし爆炎が晴れると、そこには黒焦げになった鬼達の肉壁があった。
「趣味が悪いのぉ」
それを見た狐鈴は顔をしかめた。
鬼達は肉壁のまま終わらなかった。その骸から黒い怨念が吹き出し、俺達に襲いかかって来た。
俺と琴音は浄化の術を放って食い止め、その隙に狐鈴とアリサが呪文を唱えた。
一方魔王も手印を結び、最後に柏を打つと、巨大な襖が現れた。
そこから現れたのは、全身を真紅の薔薇に絡め取られ、絶え間なく血を流し続ける女だった。
「きぃぃああああああ!」
薔薇女の目がカッと見開かれ、頬を血の涙が伝う。
同時に薔薇女の体からドス黒い霧が、無数の触手となって四方八方に伸び、そして俺達に向かって襲いかかって来た。
狐鈴とアリサが唱えていた術を放って迎撃したが、触手は爆炎と黒煙を突き破って突き進んできた。
俺達は飛行魔法を駆使して避けるが、どこまで伸びて追いかけてくる。
こいつは今までの怨念とは格が違う!
「秀一よ! 我が結界を張る! お主は祝詞を唱えるのじゃ!」
「私だって聖なる結界を張れるわ!」
「二重じゃな!」
俺達は一か所に集まりつつ後退し、俺と琴音でマジカルマジックを撃ち続けて、触手を迎撃しつつ、狐鈴とアリサが結界呪文を唱え始めた。
まずは狐鈴が結界を張り、その外にアリサがもう一枚結界を展開した。
マジカルマジックを突破した触手が、次々と結界を破壊しようと、弾かれても何度も何度も突撃してくる。
「白焔如来、光輪大明王、八界守護天、三界を超えし御霊に、穢れ魂を滅する力を乞い願い奉る……」
俺と琴音がダブルで祝詞を唱え始めた。
だがその間にも、外側のアリサの結界が、軋み、ほころびが生まれ、そして決壊した。
「闇に堕ちし不死の影、迷いを断ち、輪廻の岸へ還るべし」
触手の猛攻が続き、狐鈴の結界にも亀裂が走り始めた。
「此処に集いし穢れの魂を見そなわし、常世に堕ちし闇の理、いま断ち給え」
「まだなの!?」
アリサが焦りの悲鳴を上げた。
「火の禊にて魂を焼き、塵となりて、祓え給え、清め給え、還り給え、恐み恐みも申す」
狐鈴の結界が破壊されるのと、俺達の祝詞が完成するのはほぼ同時だった。
放たれた浄化の光が、襲い掛かってくる触手を、浄化の塩に変えて吹き飛ばした。
浄化の波動は触手を通じて、本体の薔薇女にも伝わった。
薔薇女は無理矢理怨念を産みだす装置にされていたのか、血の涙を止め、安らいだ笑顔のまま、浄化の塩となって爆散した。
だがその間に魔王の次の呪文が完成していた。
数えるのがバカらしくなるほどの襖が現れ、そこから怨念そのものが吹き出して来た。
圧倒的すぎる……こんなの無理じゃ……
「私が……ファンを裏切るようなことをしたから……」
アリサの全盛期のファン数なら、もっと応援をもらえたかもしれない。
今はその頃の三分の一だ。
「みんな! お願い! 私じゃなくてもいい! 秀一君と琴音ちゃんと狐鈴さんを応援してあげて! 箱推しの人も、今日だけでいいの! お願いします!」
視界の端で、コメント欄が加速していく。
その一つ一つの応援が、天部見習いの能力によって力となり、最高のバフへと変わっていく。
「お願いします! 応援のバフがあるんだ! 応援があればあるほど、パワーアップできる!」
俺もリスナー達に、たまたま見てくれる人達に、地球のダンジョン攻略のために見ている人達にお願いした。
「みんな! お願い! 力を貸して! 帰ったらダンジョン攻略のノウハウ動画上げるから!」
琴音は具体的な見返りを提示した。これによってさらに力が増した。
「小狐達よ! 帰ったら生身で水着ライブするのじゃ! だから応援頼むぞ!」
一気に増えたぞ!?
みんな欲望に忠実すぎないか!?
そんなに狐鈴の水着が見たいのか!!
「わ、私も水着で歌っちゃうよ!」
おいっ! 何言ってるんだ! 琴音の水着は見せんぞ!
って! 一気に力が増えたぞ!?
「オン・サナマヤ・パー・ソワカ! 神狐よ、白狐の気よ、地を巡り、結界を成せ! 白狐守護陣! 急急如律令!」
狐鈴が再び結界を張ると、みんなの力によってさらに強力な結界となり、押し寄せる怨念の波を完全に防いだ。
怨み、絶望、怒りなど、負の感情を浮かべた怨念が、結界を包み込んで渦を巻いた。
これはもう、形を持った妖怪を呼べないということか。
「私が……祝詞を唱えるわ!」
「アリサ!?」
「翡翠の祝詞を聞いたから、完コピできるわ! それに妙光如来様なら届くはず! 二人は怨霊が消えたら行って! 次の手を撃たせないで!」
「わかった!」
「了!」
アリサは空中で胡坐をかき、翡翠と同じく、親指と人差し指で輪っか作って手印を結んだ。
「南無~妙光如来、大慈大悲、遍照~の~光~、三界六道~迷い~。衆生を照ら~し、無明の闇を~払い給え~。怨憎の~こ~こ~ろ~、愛別~の~苦しみ~、生老病死~、すべて~の~執着~今この場~に~て、断ち切り給え~。願わ~く~は~此の功徳~を~もって~普~く~一切に及ぼし~皆~共に~仏道を成ぜん~……」
翡翠が使った祝詞は、妙光如来様にだけ届く祈りだ。強いて言えばお経が近いだろう。
一度聞いただけだと言うのに、アリサは迷いなく唱えていく。
怨念が祓われ、無数の襖もろとも吹き飛んでいく。
魔王ですら、踏みとどまるのがやっとという様子だった。
これがアリサと応援するリスナーの力か……!
「オン・アーラ・ヴァジュラ・カーンタ・ソワカ!」
俺と琴音は呪文を唱えながら、結界から飛び出した。
「浄化の光輪により、穢れを焼き、闇を祓う! 妖魔討滅! 浄刃・陽光輪! 急急如律令!」
俺と琴音の刀に光が流れ、光の輪になって波紋のように輝きだした。
魔王の周囲に、再び幾つもの襖が現れ、怨念そのものをぶつけてくる。
だが魔王も手持ちの怨霊がもう少ないのだろう。その数はさっきより全然少ない。
俺と琴音は怨念を刀で斬り裂きながら進んで行くが、全て斬り裂くことはできない。
怨念の体当たりを受けるたびに、シールドゲージが一本ずつ削られていく。
「オン・アマリタ・シンダラ・ボダナン・ソワカ!」
俺は左手だけで手印を結んだ。
「オン・クティラ・カラシャナ・バザラ・サトバ・ソワカ!」
俺の背後に梵字と幾何学模様で構成された、巨大な和風魔法陣が展開した。
「天光満ちる神威の刃。穢れを断ちて輪廻を正す! 浄天滅闇! 悪鬼退散! 急急如律令!」
魔法陣から次々と光の剣が放たれ、怨霊を撃破していく。
リスナーの応援が力となり、俺の想像を超える威力を出し、撃ち出される剣は絶えることがない。
怨霊を全て撃破し、光の剣が魔王に飛んで行く。
魔王はもう怨霊を出すことができないのか、その手に持った大鎌で光の剣を弾き返すが、全て弾き返せない。
いくつもの剣が魔王に刺さり、動きを縫い留めた。
「お、おのれぇ!」
「……オン・サラ・バサラ・カン・マン・ジャク・ソワカ! 鬼邪討伐、悪霊退散、鬼神調伏! 神威七宝・光刃曼荼羅! 急急如律令!」
琴音の刀が眩いばかりに光り、琴音の身長の三倍くらいになった。
「はああっ!」
琴音の斬撃は光の奔流となり、魔王に襲い掛かった。
琴音は袈裟斬り、逆袈裟、横薙ぎと斬撃を放つが、魔王は大鎌で琴音の斬撃を全て受け止めた。
「はぁぁっ! 七光の御名に、今一度、願い奉る! 善悪の理、いまだ裁かれざる地、今、一片の光を落とさん! 断罪の剣、神威に坐す天の一閃、清きを照らし、邪気を断つ! 一光斬滅! 急急如律令!」
琴音の刀を包む光がさらに巨大になり、その横薙ぎの斬撃は、空間そのものを斬り裂くように振るわれた。
「ぐぅっ!」
魔王は大鎌で受け止めようとしたが、一瞬の停滞もなく、大鎌ごと一刀両断された。
「ぎぃぁあああっ!」
魔王の体がほぼ消滅し、そこから真っ黒な怨念が吹き出した。
しかしそんなことはお見通しだ!
すでに俺は祝詞を唱えていて、残すは後一節のみ。
「……禍事・罪・穢れを祓い給い、鎮め給え。恐み恐みも申す」
魔王の怨念は祝詞によって浄化された。
だがまだだ! 奴はまだ残っている。魂から復活しようとしているのだろうか?
何という執念。その証拠にグランドクエストをクリアした報告やメッセージがない!
俺と琴音は手を繋ぎ、浄化の呪文を唱えた。
「「オン・カルナ・ラグバ・シャンティ・ソワカ! 明の光、穢を掃う。掃穢清光! 急急如律令!」」
嫌な気配がする場所から、純白の光が柱のように吹き出し、空高く天まで登っていた。
そして俺達は真っ白な光に包まれた。




