第205話 赤い月
眼下に広がる古の京都を見下ろすと、建物の中にも、外の物陰にも、何かがいる。妖怪か?
「ねぇ。みんな……空が……」
アリサに言われて空を見ると、夕方でもないのに赤く染まっていた。
太陽が消え、代わりに真っ赤な月が出ていた。それも大きい。
まるで悪夢の中にいるようだ。
赤い月に黒い人影……あれは魔王だ!
「下からもくるよ!」
琴音の忠告を聞いて下を見ると、京の都から妖怪達が飛んできた。
巨大な頭だけの鬼、火車、大きな眼球。それだけじゃない。鬼や河童など様々な妖怪が、まるで足場があるみたいに空を駆けてくる。
まるで百鬼夜行だ。
いや、百鬼では済まない数だ。
京の都そのものが、妖怪の巣となっているのか、とめどなく湧いて出てくる。
「何あれ……」
赤い月の中央に黒い横線が現れたかと思ったら、その線が上下に開いていき……巨大な目が現れた。
月だと思ったら、あれは妖怪だったのか!?
太陽は消えているわけじゃない。あの妖怪が隠しているんだ。
空には魔王と巨大な妖怪。
下からは百鬼夜行。
十二姫将は幽世に飛ばされ、狐鈴は本来の姿に戻るほど呪力がない。
「こんなのもう無理じゃない……」
アリサが青ざめ、そして震えながら呟いた。
「こんな時こそ魔力ちゅーにゅーだよ!」
そう言って琴音は、魔力回復のポーションを取り出して一気飲みした。
「そうね! シールドも回復しないと!」
その時、赤い月がカッと光った。
「きゃあっ!」
何かの波動が放たれ、俺達の体を通り抜けて行った。
「回復が無効にされるデバフをかけられたわ」
すっかり忘れていたけど、愉悦之神の妖精が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「うっそ!? 回復しない!」
回復ポーションを飲んだアリサが悲鳴をあげた。
妖怪達は既にそこまで来ている。
魔王も何か身振り手振りをしている。
「勝てない! 撤退だ!」
ここは即断即決だ! 師匠なら絶対こうする。
「了!」
「うむ」
「そ、そうよね!」
方向がわからない。どっちを向いても、遠くに山々が広がっている。
「ここが既に魔王の結界内だとしても、端まで行って結界をぶち破ればいい!」
俺は安心させるように叫ぶと、みんな頷いた。
そして俺達は百鬼夜行から遠ざかる方へ飛んで行った。
しかし……
「ねぇ! 全然動いてないよ!」
琴音の焦った声で気づいた。進んでいるようで進んでない。まるで迷いの森と同じだ。
後ろを見ると、百鬼夜行の群れがさっきより近づて来て、もう追いつかれそうだ。
魔王の方を見ても、距離が変わっていない。
「我も気づかぬとは……」
狐鈴が忌々しく赤い月を見上げた。
「魔王じゃなくて、アレが悪さしているのか!?」
「デバフ要員ってこと!?」
琴音が空をにらんだ。
「そうじゃろう。ここは腹を括るしかあるまい!」
狐鈴が握るステッキが淡く光り出した。
「まずは私が!」
アリサがババっと手印を結んだ。
「オン・ヴァジュラ・ラヴィナ・ソワカ。祖、安倍晴明の名と血の元に命ずる。南方の守護者、災厄を払いし霊鳥よ! ここに来たれ! 朱雀! 急急如律令!」
空に亀裂が走り、巨大な火の鳥が現れ、炎の軌跡を残して、妖怪達に向かって飛んで行った。
朱雀はひと鳴きすると炎を吐き、妖怪達を焼き殺していく。
俺達も呪力を温存するために、マジカルマジックを使って妖怪達を薙ぎ払うが、百鬼夜行が途切れない。
どれだけいるんだよ!
あの数は人が調伏できる範囲を越えているぞ!
魔王の魔力は無限大なのか?
グランドクエストのラスボス補正でも入っているのだろうか?
享楽之神に与えられた無限とも思える魔力を呪力に変換し、あの都から妖怪を作り出しているとか……
とうとう俺達は妖怪の群れと接触し、ドッグファイトになった。
群がる鬼を切り伏せ、巨大な鬼の顔に光の槍を放ち、空を駆ける火車輪に魔力弾を連続で叩きつける。
それでも四方八方から襲いかかってくる妖怪達をあしらいきれず、シールドがどんどん削れていく。
「やばいやばい! もうやばい!」
シールド量が少ないアリサが悲鳴を上げた。
「くっそ!」
「秀ちゃん! もうもたないよ!」
「ええい! 我が突貫する! お主らは下がれ!」
「狐鈴だってもうシールドの残量が少ないだろう!」
「我はお主の守護者じゃぞ。任せておけ!」
「でも……それは神になるための試練……」
「戯けが! お主を何年……いや、早川家を何百年守護してきたと思っておる! そんなもの、後付けのおまけじゃよ」
「狐鈴……ごめん。俺、どうかしてた。でも! 狐鈴に死んでほしくない!」
「カカカカッ! 死ぬわけなかろう! 我は式神じゃぞ!」
狐鈴が無理矢理元の姿になろうとしたその時……
俺達の周りに大きな二枚の襖が現れ、ズバンッと開くと、大きな羽衣をまとった、紅蓮童子と轟雷童子の二人が現れた。
「ふははははっ!」
「がーはっはっはっ!」
彼らの足元には黒い雲があり、まるで風神雷神のようだ。
「連れてきたぞ!」
「導いたぞ!」
そう言った次の瞬間。十二枚の襖が現れ、タタタンっと次々と開き、十二姫将達が飛び出してきた。
「お待たせ! ご主人様!」
白夜がウィンクした後、先陣を切るように呪文を唱え始めた。
「夜宵と夢月は赤い月へ! 残りは各個撃破!」
月華が指示を出し、十二姫将達が妖怪達に襲いかかった。




