第199話 式神 十二姫将の輝き
怒り狂ったヤマタノオロチは、残った五本の頭を振り回し、手が付けられないほど暴れ狂った。
そのうちの二つが息を吸い込むと炎を吐いた。
猛烈な爆炎が、まるで生き物のように触手を伸ばし、式神達に襲いかかる。
残りの三つの頭は雷を吐いた。
そのブレスは幾筋もの雷が絡まり合い、一筋の奔流となって突き進むと、真横や斜めに薙ぎ払われた。
式神達はたまらず回避に専念した。
盾持ちの陽炎ですら、正面から受け止めることを諦め、地を這うように逃げ惑うしかない。
「こっちよ!」
白夜、炎華、煌姫の翼を持つ三人が、あえてヤマタノオロチの顔の前で挑発した後、飛び回って敵の意識を引きつけた。
すると誘われるように、幾つもの首がうねり、炎と雷のブレスが、彼女達を追いかけるように空を焦がしていく。
白夜が羽団扇で炎を薙ぎ払いながら旋回し、炎華が枝分かれした雷の隙間を縫うように舞う。
煌姫はまるで巨大な火炎放射器のように吐き出された炎を、ギリギリのところで避けつつ、他の首に炎が当たるように誘導した。
それぞれの首が空にくぎ付けになったところで、他の式神達が反撃に打って出た。
――何か、見落としている。
嫌な予感がする。もしかしたら妙光如来像からの天啓かも知れない。
俺は焦りを覚えながら、必死に頭を回転させた。
神話のヤマタノオロチは、最後どうなった?
俺は派手に暴れる頭ではなく、胴体と尻尾に目を凝らした。
暴れているのは首から上だけで、胴体はぴくりとも動いていない。
そして八本ある尻尾は、まるで根を張るように、それぞれが地面に突き刺さったままだった。
……なんだと!?
「みんな! 尻尾が地面に……」
俺が念話を送ったその瞬間。
大地が激しく震え、八つの爆発音と共に、尻尾が地面から一斉に突き出した。
ただ飛び出しただけか? そんな奇襲攻撃で――
いや、待て!
確か神話のヤマタノオロチは、尾っぽの一つから、剣が出てきたはずだ。あれがもし魔改造されて八本すべてに仕込まれていたとしたら……
俺の考えがそこへ辿り着いたその時、八つの尻尾がそれぞれガバッと真っ二つに割れ、中から巨大な剣が一斉に撃ち出された。
「ぐはっ!」
鈴蘭は不意を突かれて避けきれず、肩から血しぶきが舞った。
陽炎もとっさに盾で防ごうとしたが、展開した防御障壁ごとあっさり突き破られ、慌てて身をひねって直撃だけは逃れたものの、盾ごと腕を斬られてしまった。
見れば、紅羽も白夜も傷を負っていた。
深手ではないにせよ、式神達がこれほど傷つく戦いは初めてだ。
「みんな!」
俺は思わず駆け出そうとしたが、目の前に式札が舞い降り、行く手を阻んだ。
「ここは私達にお任せください」
すかさず月華の念話が届いた。
「夜宵と夢月は幻惑を! 傷ついた者は、私の元へ!」
「ここが私達の!」
「最高の見せ場ね!」
夜宵と夢月が、ヤマタノオロチと傷ついた式神達の間に割り込むように飛んで行った。
「オン・マーヤー・プラティバーサ・ソワカ!」
「オン・クハ・ビムバ・ソワカ!」
二人が同時に印を結ぶと、十二姫将の姿が幾重にも複製され、戦場に無数の幻影が広がっていった。
ヤマタノオロチの首があちらこちらへと向き、目についた幻影を片っ端から炎と稲妻で薙ぎ払っていく。
その隙に、本物の式神達は後方へ下がり、月華の治癒を受けた。
「ギャオォォォオオ!」
突如ヤマタノオロチがのたうち回り、大暴れしたかと思うと、こと切れたかのように倒れて、ビクンビクンと痙攣し始めた。
何が起こった!?
ヤマタノオロチの背中から、ひょっこりと蒼蓮が顔を出した。
そういえば、戦いが始まってから、蒼蓮の姿がなかった。
蒼蓮はいつの間にヤマタノオロチの背中に取り付き、一体何をしたのだろう……
望遠の術でその背中に視線を集中させると、何かが燃えているのが見えた。
宙を舞う燃えかすの様子からすると、呪符だろうか……
「あれは麻痺の術です」
月華の言う通り、痙攣していたヤマタノオロチの首は、麻痺が効いてきたのか動かなくなった。
「蒼蓮! よくやったわ! みんな全力全開でいくわよ!」
煌姫が空高く舞い上がると詠唱を始めた。
「オン・アーローカ・ジョーティス・ バース・ソワカ!」
練り上げる呪力の量からして、いつもの術とは違う。
ヤマタノオロチからの激しい攻撃がなくなったから集中できたのだろう。
「断・滅・祓・浄・封・裁!」
そして一言ずつ印を結ぶと、煌姫の背後に六つの和風魔法陣が同時に展開された。
「清浄なる天光。御下りて、捌きの鉄槌とならん! 六裁天光槌! 急急如律令!」
煌姫から放たれた六つの極大レーザーが、ヤマタノオロチの首を一つ、跡形もなく消し飛ばした。
それでもヤマタノオロチは、残る首をなんとか持ち上げようとした。
もう麻痺が切れかけてる!?
「このまま動かないでね!」
白夜が羽団扇を大きく振りかぶった。
「オン・ヴァーユ・アニラ・パヴァナ! 風よ! 集いて封魔の束縛とならん! 邪を縛り、魔を封じる! 封魔堅牢陣! 急急如律令!」
羽団扇から吹き荒れた暴風が、幾重もの風の鎖となって絡みつき、鎌首を上げようとするヤマタノオロチを、力ずくで抑え込んだ。
「いいところに首が……」
翡翠はヤマタノオロチの首が、大きな水たまりの上にあったのに気づいた。
以前翡翠が放った水魔法の跡だ。
翡翠が頭上で両手を組み、静かに目を閉じると、水たまりの水面が、呼応するようにさざ波を立て始めた。
「オン・ジャラム・アブ・トーヤ・ソワカ!」
水面に魔法陣が浮かび上がった。
水を介して強力な術を使おうとしているな。
「五行の水気、水脈を束ね、呪刃を成さん。開け水門! 五行水刃! 急急如律令!」
大きな水たまりから、高圧縮された水の刃が打ち出され、ヤマタノオロチの首を一本切断した。
陰陽五行の一節だけでここまで威力をだすなんて流石だ。
他の式神達も同時に全力で術を放っていた。
紅羽が深紅の光をまとった大鎌で一本首を刈り、叢雲と鈴蘭が連携してもう一本切断していた。
そして最後の一本に今、炎をまとった太刀を携え、炎華が踊りかかった。
「まがいものよ! これで終わりだ!」
炎華が太刀を天に掲げ、大きく息を吸い込んだ。
「オン・パヴィトラ・アグニ・ジュヴァーラー・ソワカ! 清浄なる炎! 御下りて、我が太刀に宿らん! 罪穢れを払い給え! 浄炎斬華! 急急如律令!」
炎華が掲げた太刀に紅蓮の炎が宿り、渦巻きながら伸びていく。
「はぁぁっ!」
炎によって倍ぐらいに伸びて見えた太刀が、真っすぐに振り下ろされ、ヤマタノオロチの最後の首を両断した。
すべての頭を失ったヤマタノオロチは、それでも切断面から徐々に再生しようとしていた。
「とどめよ!」
月華の呼び声に、十二姫将達が上級に集結し、各々呪文を唱え始めた。
そして……
「「「「「「「「「「「「……急急如律令!」」」」」」」」」」」」
一斉に放たれた様々な術がヤマタノオロチに襲い掛かった。
轟音が幾重にも重なり、余波に備えて印を結ぼうとしたら、狐鈴が幾重にも防御結界を張ってくれた。
流星が降り注ぎ、大地に大きなクレーターを作った。
無数の雷光が天地を繋ぎ、爆炎が大気そのものを焼き尽くした。
やり過ぎだろう!
大地が悲鳴のように震え、衝撃波が円を描いて周囲を蹴散らし、火砕流が全てを飲み込んでいった。
例え防御結界の中にいたとしても、生きた心地がしなかった。
嵐より尚ひどい衝撃が収まり、粉塵や黒煙が晴れていくと、そこにはもはや、ヤマタノオロチの姿は跡形もなかった。
開幕当初はすさまじい再生能力によって、何をやっても無駄のように思えたけど、瘴気を断って再生能力を封じ、さらに動きも封じたことによって、有効な大技をきめることができた。
ただ、少し呪力を使い過ぎな気がしてならない。
俺なんかよりずっと頭が良くて、経験も豊富な月華のことだ。
俺達の呪力を温存するため、自前で呪力回復の手段を持っているのだろう。
桃饅頭みたいな、浄土世界で作ったアイテムとか……
あるよな?




