第171話 浄土世界での修行
浄土世界での修行は、規則正しい生活でもあった。
午前中は講堂で仏法を習い、午後は剣術の修行を行っていた。
式神達も俺達と同じ日課をこなしているので、まるで夏休みの合宿みたいだ。
俺と琴音にとって、夏休みの合宿とは自衛隊に混じっての過酷な訓練だったので、それに比べると平和そのもの。
もちろん剣術の訓練や体作りは、決して簡単なものではなかった。
自衛隊のきつい訓練をこなしていたからこそ、今がまだマシに思えるんだ。
……そう思っていたのは、最初に数日だけだった。
仏法の座学はとても緊張する。居眠りなんて恐れ多くてできない。
何せ、様々な如来様や菩薩様、明王様が妙光如来様の元へ訪れるついでに、俺達に仏法を教えてくださる。
ありがたすぎて、感覚がおかしくなりそうだ。
仏様が集まると、それを守護する天部様も集まる。
天部様も俺達に興味を持ったのか、たまに稽古をつけてくれるようになった。
平和そのものとか言っていた、過去の自分を殴ってやりたい。
天部様がいない日の午後は、式神達と訓練だ。
近接戦闘が得意な炎華、蒼蓮、紅羽と実戦形式で修行を行い、問題点を洗い出して、すぐに直していく。
ゼルガードの代表は、長剣、双剣、剣盾を使うらしい。
そこで炎華は太刀、蒼蓮は双剣、紅羽は剣と盾で、それぞれ仮想敵として戦ってもらった。
そして意外なことに、アリサも近接戦闘の修行に加わってきた。
「私ってラストエリクサー症候群なのよね……」
ラストエリクサー症候群とは、RPGで希少価値のある消費アイテムを、最後まで使わないでクリアしてしまうネットスラングだ。
日常生活でも使うのがもったいない。ここで使ったら後で後悔するかもと思って、不安になってしまうヤツ。
アリサの場合、それがステータスポイントだった。
ステータスは修行や外的要因で補える。だからステータスポイントは緊急時や大切な場面の時に取っておいたら、ナーガにやられてしまった。
本末転倒すぎたので、アリサは余ってるステータスポイントを、体力や筋力や素早さなど、フィジカル系に全て振ってから浄土世界に来たそうだ。
するとステータスが上がったことにより、スキルも次々と閃いたらしい。
「いつか秀一君の隣に立って見せるわ!」
そう言ってアリサは修行に力を入れていた。
俺達はスキルを使った戦いや、スキル抜きでの戦いなど、様々な状態を想定して、剣と刀での修練を積んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
今日で修行も終わりだ。
ここでの修行は長く濃いものだったが、現実世界じゃ数分も経っていないはずだ。
「秀一様」
最終日、月華がアルバムを二冊抱えて現れた。
一冊は分厚く、もう一冊は薄い。
「どうした?」
「天部の力をより強力なものにするための提案があります」
「どんなのだ?」
「やはり恋バナですよ! 秀一様と琴音様の馴れ初めを配信するのです!」
「馴れ初めか……」
「んー。異世界転移する前に、何回か話したことあるけど」
「残念ですが、秀一様と琴音様は、VTuberになってから伸びましたので、アバターを使わないリアル配信のPV数は伸びていません。特に昔の配信になればなるほど、悲惨な状況です」
「やっぱアバターの方が人気あるかー」
「それにしろプロはVTuber事務所ですから、視聴者層が違います。いわゆるアンマッチですね」
「え? じゃあキャサリンやレンが厳しくないか?」
「……えぇ。なのでリアル部門を作ろうと検討中です」
「俺からも頼むよ」
「はい! 話が逸れましたね。私も過去の馴れ初めをアーカイブで見ましたが、端折りすぎたり、その……照れがあるのか、話がよくわからないところが多々ありましたので、改めて私の監修の元、配信してはいかがでしょうか?」
そう言って月華は、分厚い方のアルバムを俺に差し出した。
「ここに、秀一様と琴音様の成長の記録があります」
俺はアルバムを受け取って、パラパラとめくった。
「実家から持ってきてたのか?」
こんな写真を撮った覚えはないぞ。
しかもローアングルとかどうやって撮ったんだ?
「いえ、あ~その……お土産です! 浄土世界にいる仲間達に、秀一様のお姿を伝えるために撮っていたのです!」
「それって盗撮じゃあ……」
偵察用の機動式神を使って盗撮していたのか!?
「しー! 妙光如来様に聞かれたらまずいので!」
「とりあえず続きを見させてもらうよ」
「はい」
「ねぇ。私も見ていい? 秀一君の小さいころの写真もあるの?」
アリサさんが覗き込んできた。
「アリサはダメです!」
「え? なんで?」
「琴音様も写っているので、見たら脳が破壊されますよ」
脳が破壊されるとは、強いショックをうけて、混乱したりトラウマを負うネットスラングだな。
「アリサにはライブ配信もアーカイブも見られない暗示をかけます」
「そ、そんなに……」
「ええ。そのかわり、こちらのアルバムを贈呈しますので、それで我慢してください。きっと《《楽しめる》》と思いますよ」
「まてっ!」
「ありがとう!」
アリサは俺の前に出て、月華と握手をした。
二人してニヤニヤ笑っているのは正直怖い。
そして月華が、薄い方のアルバムをアリサに手渡そうとしたその瞬間、アルバムが燃え始めた。
「あああっ! そんな! んごっ!」
ゴンっという音と共に、月華の頭が勢いよく下がった。
これは妙光如来様からの天罰だな。
「くっ、データは現世に厳重保管してありますので、後ほど……」
「無理しなくていいわよ……」
「分かち合いたいだけなので」
「そ、そう。なら楽しみにしておくわ」
「本人がいる前でよくやるな……」
「当てつけでもあるので」
「うっ……」
「それにですね! 中学の頃、お小遣いが急にアップしたのは、私があなたのお父さんに、特別予算としてお小遣い代を出したからですよ。修行の休みが増えたのも! 写真を撮るくらいいいじゃないですか!」
「全然良くないよ!」
「も、もう済んだことですし?」
「今、役に立ちそうだからいいけど……。それにこっちのアルバムは燃やされていないってことは、健全なのか?」
「きっとそうです! さて! 時間的にギルドまで戻れないと思いますので、エアテント内でライブ配信を行ってくださいね!」
「俺と琴音の馴れ初めを話すのか……」
「はい。後ほど私の方で、写真を使って切り抜き動画を作成しますので、それを想定した馴れ初め配信をしてください。原稿の作成は私も参加します」
「私も見せて」
琴音は俺からアルバムをひったくって広げた。
「これって中学の頃の写真だよね。大丈夫かなぁ?」
「秀一様と琴音様以外の顔はモザイクをかけます。特定できそうな背景も」
「それならまぁ私はいいかなぁ……」
「なんか恥ずかしいな」
「これも応援の力を集めるためです」
そして俺達は現世に戻ってきた。
落ち着いてから確認すると、月華に渡されたアルバムは、ゾッとするものだった。
幼い頃から現在まで、俺と琴音の姿がたくさん収められていた。
琴音と一緒に笑っている俺、稽古で汗を流している俺、クラスメイトとカラオケに向かっている俺……
ストーカーでは?
恐らくこれでも俺に見せて大丈夫な範囲なんだろうな……
俺の中で月華の危険度が限界ギリギリまで上がった。
さて、今夜は俺と琴音の馴れ初めを話すか……




