第161話 新タレント事務所の役割
「まずは転移者全員の話ではなく、あなた達の話をしましょう」
あなた達。月華はそう言って俺達を見た。
月華は俺の式神としてではなく、陰陽局の偉い人として話すのだろう。
「わかった。続けてくれ」
「享楽之神のシステムを逆手に取ります。秀一様と琴音様はもちろん。アリサも私達と同様に、天部見習いになりました」
仏教には悟りの深さに応じて、如来、菩薩、明王、天部と四つの階級がある。
天部は一番人間に近い階級で、如来様や菩薩様を護り、仏法を護る存在だ。
具体的な例を上げると、帝釈天や毘沙門天、弁財天も天部だったりする。
仏教も神道も興味がない人にとって、何とか天って聞くと、日本の神様ってイメージもあるかもしれない。けれど実は仏教が由来の神様も多い。
神仏混合の時代に日本神話と混ざったからわかりづらいよな。
俺達はその入口に片足の先っぽを突っ込んだらしい。
でもさ、浄土世界で妙光如来様から、直接学ぶ機会を得たとはいえ、仏教の深さは底が見えないし、そもそも俺達は仏教徒ではない。
いや、自覚がなかっただけか。
陰陽師は術を使うたびに、神様仏様と呪文で通信しているようなものだ。
悪鬼羅刹を倒すために、お力をお貸しくださいってね。
それは神様仏様を信じているということ。つまり信仰なのだろう。
……たぶん。
だから俺達は陰陽師は、知らず知らずのうちに、神様仏様を信仰していたと。
そして誤解してはいけない。俺達はあくまで天部の見習いであり天部じゃない。人間よりほんの少しだけ、神様仏様に近い場所に足を踏み入れた。
ただそれだけのことだ。
「あなた達はまだ天部ではないとはいえ、浄土世界に少しの間でも身を置いたことにより、人が応援する力を受け取り、自分の力に変えることができるようになっています」
「それって、常夏の島にあるダンジョンで使ってた、コメントチャージみたいなものか?」
「ええ。そうです。常にコメントチャージが発動している状態だと思ってください。狐がマジカルマジックを連打できるのも、リスナーからパワーをもらっているからですよ」
「それって、享楽之神が黙って見ていると思えないけど……」
俺の問いに月華は首を軽く横に振った。
「大丈夫です。享楽之神は全リスナーからの楽しいという感情を神力に変えていますが、我々はリスナーの推す力を受け取っています。リソースの奪い合いにならないのです。それにこれは享楽之神がどうこうできるものではありませんから」
月華がそういうのなら、そうなんだろうな。
「よくわからないけど、月華を信じるよ」
「ありがとうございます。我々が作るタレント事務所は、その推す力を効率よく得るための箱にすぎません。リスナーから力を吸い取るようなことはできませんから」
「どういうことをするんだ?」
「普通にファンクラブを作ったりグッズ販売を行います。グッズを身近に置いて視聴するだけでも、推す力を増すでしょう」
「なるほど……」
よくわからん。
「そうですね……。より具体的に説明すると、ファンミーティングを行ったり、VRを使ったライブコンサートを開いたり、様々な企画を立てて、タレントがより身近に感じられる。そんな事務所にする予定です」
「俺達も大変だな……」
「冒険するより大変かも……」
「頑張ってください。パワーアップ支援も大切ですが、本題は転移者全員を保護する受け皿をつくることです」
「受け皿?」
「はい。享楽之神によると、この異世界で得たスキルや魔法は、地球に帰還後もそのまま使えます。それはとても危険なことです。防衛省としても放っておけません。全員要監視対象になりますし、一般人にとっても簡単に人を殺せる存在が、すぐ隣にいる状況に耐えられないでしょう。それならば転移者全員をタレント事務所に移籍させ保護します。これが防衛省特別機関陰陽局としての仕事です」
「そういえば月華って陰陽局の偉い人なんだよな」
「……えぇ。そこそこ偉いですよ?」
「秀一君。あんた何で知らないの!? 月華って……」
「アリサ。黙れ」
月華が言霊を使ってアリサの口を塞いだ!?
「むぐう!?」
「私としてもそろそろ引継ぎをして引退したいのですが、なかなか引退させてくれなくて……」
「そうなんだ」
言霊の力が切れたのか、アリサが息を吐いた。
そして俺の後ろに回り込んで、月華から隠れた。
「月華が気にしているのなら、探らないよ。アリサにも聞かない」
「さすがご主人様です! このプロジェクトが軌道に乗ったら引退したいところですね。さて、陰陽局というより、防衛省ではすでに予算を組み、プロジェクトが動き出しています。全員に同意を聞きますが、ほぼ強制的な同意になるでしょう。アリサの同意……は得たと考えていいですね?」
「……確かに」
アリサが俺の後ろから出て、月華と向き合った。
「ここで移籍するのは正解ね。同意して移籍します。いえ。移籍させてください」
「わかりました。まどかさんと凛さんへの説明を、お願いしてもよいですか? もちろんIPを買い取る前提で」
「いったいいくら使うのよ……」
「今はこちらで活躍しているので問題は起きてないですし、享楽之神によって問題ないように思わされているでしょう。しかし地球に戻ってから扱いに困るのは必然。結界を張ってでも目を覚まさせて、買いたたかせてもらいますよ」
「……複雑な気分。わかった。説明しておくわ。買いたたきは伏せて」
「ありがとうございます。そうそう。最初に言っておきますが、陰陽局の事務所でもアイドルではなく、タレントとして扱うことになります」
「タレントかぁ。でも歌ったり踊ったりしてもいいよね?」
「それは自由です。ただ、アリサのアイドルとしての活動は厳しいですよ」
「そうね。誰かに恋しているアイドルなんて売れないよね」
「私は?」
琴音が気まずそうに聞いた。
「琴音様は最初からタレント枠です。アイドル……我々十ニ姫将は、今世では秀一様に手を出さないので、ある意味フリーですね。まだアイドル性はありますか?」
「でも片思いって感じでしょう? 微妙だと思うけど……」
「……そうですか。やはりアリサにはタレント兼プロデュース業にもついて頂きたいですね。アイドルとしてのノウハウはタレント以上に価値があります」
「いいわよ。社長がタレントしてる事務所もあるしね!」
「ふむ。それではそのように動きます。秀一様。しばらくアリサをお借りしても?」
「あぁ。いいよ」
「では」
月華が襖の向こうに消えると、部屋の雰囲気が軽くなった気がした。
アリサがふうっと長い息を吐いた。
平気そうに見えて、緊張してたんだな。
「……なんか、あっという間に決まっちゃったわね」
「そうだな。月華はすごいな」
「移籍か……」
アリサはしばらく黙って、自分の手のひらを見つめていた。
「後悔してるか?」
「ううん。全然。むしろ……ちょっとスッキリしたかも」
アリサが顔を上げて笑った。今度は作り笑いじゃない。
「じゃあ私、部屋に戻るわ。邪魔してごめんね」
「アリサちゃん……大丈夫?」
「大丈夫よ。私には百六十万人のファンと、諦めてない恋があるから」
そう言ってアリサはドアを閉めた。
琴音が小さく息をついた。
「……強いね、アリサちゃん」
「ああ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
陰陽局のVTuber事務所はあっさりと活動を開始した。
元々陰陽局は表にでない裏の組織。毎日事件があるわけでもないので、普段は隠れ蓑としているダミー会社がある。
マスメディア系の会社でちゃんと活動をしている。その一部署をそのままVTuber事務所に転向させたみたいだ。
かなり強引だと思うけど、一から設立するよりマシなんだろう。
師匠の話によると、陰陽局内部に、月華の熱狂的なファンがそこそこいるみたいで、月華のためなら死ぬほど頑張るらしい。
そしてプレイヤー全員へ説明が行われ、同意した者から事務所への移籍手続きが行われていった。
まだまだ事務所として動ける段階ではないけど、こっちでは配信環境が整っているので一応動けている。
元々VTuberって企業に所属していても、個人営業主が企業と契約しているだけにすぎないからな。
体制が整い次第、企画が動いたり、グッズ製作が行われたりするのだろう。
俺と琴音のカップルチャンネルはそのまま使用できた。
個人勢から企業勢に変わっただけだ。
狐鈴も同じだ。
問題はアリサ達だ。IPの買い取り交渉に時間がかかっているみたいだ。
それが終わり次第、チャンネルを新しく作り直すことになるのだろう。
「秀ちゃん。私達企業系VTuberになっちゃったね!」
「そうだな。登録者数もそろそろ四万人いくし、結構大きなチャンネルになってきたか」
「うんうん。でも企業勢で四万人は少ないよね……」
「移籍だけど、企業でデビューして四万人はすごいんじゃないか?」
「甘いわよ!」
なぜかアリサがドヤ顔で割って入ってきた。
「秀一君。大手VTuber事務所はね、新人がデビューしたら、初日で登録者数が十万人超えるわよ!」
「化け物じゃないか!」
「まぁ、新参事務所を比べちゃだめね!」
きっとアリサが再デビューしたら、ファンがついてきて、初日で登録者数百万人超えるんだろうな……




