第142章 三千世界
浄土世界での修行は様々なものがある。
一番わかりやすく最も難しいのは、悟りを開くことだ。
これは今俺と琴音がすべき修行じゃないらしい。
俺と琴音に必要なのは、残りの式神を確実に調伏する力や、魔王の核となっている魂の救済、もしくは成仏させる力だ。
だから俺達がする修行は、修行僧が行う荒行だ。
内容は浄土世界の外に広がる険しい山々を一周するというもの。
修行の際、お互い手を繋ぎ、絶対に離してはならないと、妙光如来様に忠告された。
そして眠ってはならない。食してはならない。振り返ってはならないと。
理由は語ってくれなかったけど、きっと大切なことなんだろう。
俺は琴音と手を繋ぎ、山の中に入った。
最初はなだらかな山だった。
しかしだんだんと険しくなり、歩いていると息が上がってきた。
結構な時間を歩いたが、お腹が減らないし喉も乾かない、そして不思議と眠たくならなかった。
これなら妙光如来様の忠告は、一体なんだったのだろうか?
そう思った時、後ろから、アリサさんの声が聞こえてきた。
「ねぇ。秀一君。こっちを見て。私を見て。琴音ちゃんの手を振りほどいて、私といいことしよ?」
すごく可愛らしい、そしてちょっと……いや、だいぶエッチな声で囁いてきた。
「ねぇ。その手を離して。私とキスしよ? その後もなんでも好きなことしてあげるよ?」
俺は悶々としたけど、琴音の手をギュッと握って耐えた。
ふと琴音を見ると、顔を少し赤くして耐えていた。
琴音も俺の視線に気づいて、見つめ返してきた。
「私は秀ちゃんしか興味ないもん」
「俺だって琴音しか見ていない」
「うん。信じてる」
「行こう」
気づけば声は聞こえなくなっていた。
しかし別の声が聞こえてきた。
母が助けを呼ぶ声、師匠が引き返せと言う声。
様々な声が俺の心を揺さぶってきた。
このまま進んでもいいのだろうか? 助けを呼ぶ声、忠告する声が本当だったらどうしよう。
そんな不安が付きまとった。
それでも琴音がいたから、琴音と手を握っていたから耐えられた。
気づくと、海の上を歩いていた。
波がうねり、とてもじゃないが進めない。
俺達は左右上下に揺さぶられ、波に飲み込まれそうになり、危うく琴音と手を離しそうになった。
「こ、琴音……」
「秀ちゃん……」
指が一本一本解けていく。
でもそれでもなんとか耐え、指を絡ませて、再び握りあった。
今度は真っ暗になった。
そして海の感覚も地面の感覚もない。
不安と恐怖が襲ってくる。
しばらく耐えていると、星々が周りを取り囲みうっすらと琴音の手が見えた。
「!」
息ができない。体がどんどん干からびていくのが分かった。
隣を見ると、まるでミイラのようになった琴音がいた。
ギョッとして手を離しそうになる。
でも琴音がギュッと握ってくれた。
俺も握り返し、ひたすら前を向いて進んだ。
気づくと体が戻っていた。
「なんかいい匂いがする」
周りから食欲を誘う匂いが漂ってきた。
屋台だ。俺達は縁日の中を進んでいた。
狐の面をつけた男女がたくさん歩いている。
俺達は人にぶつからないように。手を離さない様に密着して歩いた。
ありとあらゆる食べ物が屋台で売られていた。
「よう。そこのお似合いカップルさん。これ、タダでいいから食べていきな」
屋台のおじさんが、焼きとうもろこしが数本乗った皿を差し出してきた。
狐の面をかぶっているので、表情は見えないけど、怪しさを感じない。
急にお腹が空いてきた。
「……ごめん。今は食べれないんだ」
「じゃあ、気が変わったらいつでもおいで」
誘惑に負けない。
俺達は前を向いて先に進んだ。
また暗くなってきた。
夕方より暗い群青色の世界。
すごく眠たい。
ウトウトして手を離しそうになる。
「眠いよぉ。秀ちゃん、もっとギュッと……爪立てちゃおうか?」
「それだ!」
俺達は爪を立てあって、睡眠欲に耐えることができた。
いや、本当なら爪を立てたくらいじゃ、勝てない欲求だった。
これはお互い相手を想い合う力が、睡眠欲に打ち勝ったんだと思う。
今度はピンク色の世界だ。
左右には連れ込み宿が並び、エッチな雰囲気が漂ってくる。
ふと琴音を見ると、顔を真っ赤にしていた。
琴音が上目遣いで俺を見つめくる。
上気した頬。潤んだ目。少し開いた唇は悩ましく、俺は生唾を飲み込んだ。
琴音が愛おしくてたまらない。いつものように抱きしめたい。
「秀ちゃん。私……」
琴音がモジモジし始めた。
「が、我慢だ。もう少しな気がする」
「もう少し?」
「あぁ。食欲、睡眠欲、性欲。三大欲求が来たら、もうゴールだろう?」
「あっ! そうだね! これを耐えたら……」
「行こう!」
「うん!」
俺達は最後まで手を離さず、先を進んだ。
……甘かった。
寒い世界。熱い世界。
見たことのない動植物がいる世界。
地獄そのもの世界。
色々な世界を見て周り、もう十分だろうと思ったその時、俺達は浄土世界の入口に立っていた。
ここは……ゴールなのか?
手を離していいのか?
不安と焦りの中、聞き覚えのある声がした。
それは……




