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第141話 浄土世界

「翡翠。ここは……浄土世界の入口ってどういうことなんだ?」


「はい。私のご主人様。ここは魂を浄化する場所です」


「うーん。よくわからない。そもそも俺は翡翠を送還してないし。本当に浄土世界なのか? 入口って浄土世界の外側?」


 生身で浄土世界に来れるものなのか? 臨死体験とか?

 それとも俺は死んでしまったとか? 不安でたまらないのだけど……


「ご主人様がこちらに来られたと同時に、我々も一緒に送還されましたよ」


「そうなんだ。それでここは一体……俺は生きているのか?」


「はい。生きていますよ。ここは浄土世界に入るために、穢《けが》れを禊《みそぎ》する場所です。端っこですがここも浄土世界ですよ。私はよくここに連れてこ……ごほん。ええと、夜宵《やよい》と夢月《むつき》が来たので一緒に修行をしろと」


「翡翠も穢れを落とす必要があるのか?」


「はい。ご主人様に誓いを立てたばかりだと言うのに、その……桃色の懸想《けそう》に耽《ふけ》っていましたので、ここで再修行をしろと。表に出さなければよいと思ったのですが……あぁ。この告白を私の御主人様に直接言うなどと、ご褒美すぎます! 捗《はかど》ります!」


「だだ洩れじゃないか!」


「そうだよ! そんなんじゃ約束はなしだよ!」


「嘆《なげ》かわしい……」


 圧倒的な声がして、ゾクっとした。

 これはあがらうことなど考えられない畏怖だ。聞いているだけで恭順しそうになる。しかしそれでいて温かく、包容力のある声だ。

 そしてなんだろう……懐かしい?


 気づけば翡翠が両膝を付き、頭を下げて平伏した。


「ご主人様。私と同じように……」


「よい。翡翠も立ちなさい。汚れてしまいますよ」


 振り向くと、そこには古代インドの僧侶が着てそうな服を着た女性がいた。

 顔はどことなく琴音に似ている気がする。


「秀一。そなたの顔を直接見れて、私は嬉しい」


「えっと……」


「妙光如来様です」


 翡翠が立ち上がって、それでも若干頭が下がっていた。

 まともに前が見れないので、俺に視線を向けているようだ。


「本体ではなく私達と話せるように作られた分体ではありますが、心は妙光如来様です」


「えっ!」


 俺と琴音はびっくりして、膝をつこうとしたら、手で制された。


「よい。それよりもあやつらよの」


 妙光如来様が手をかざすと、苦しんでいた双子から、黒い霧みたいなものが吹き出し、集まって真っ黒な水晶になった。

 水晶はそのまま妙光如来様の方へ飛んでいき、見つめられるとすぅと透き通っていった。

 そして妙光如来様はその水晶を懐にしまうと、呆然と佇んでいた双子の額に手を置いた。


「おかえりなさい。さぞ苦しかったよな。さぞ寂しかったよな」


 慈愛に満ちた声だ。

 なぜか俺まで泣きそうになってしまった。

 横を見ると、琴音も同じように涙を我慢していた。


「わ、私……」


「ご、ごめ……」


「あああぁぁっ!」


「うわああっ! ごめんなさい!」


 双子は涙を溢れさせ、大声で泣き出した。


「よいよい。だが犯した罪は消えぬ。例え操られていたとしてもな」


「なんでも言うこと聞きます!」


「許しの機会をください!」


「ええ。もちろんです」


 妙光如来が双子の額から手を離すと、双子の額に金色の輪っかがつけられていた。

 そう言えば翡翠もつけていたな。

 あれはまるで西遊記に出てくる、孫悟空の頭につけられた戒めの輪っかみたいだ。


「それをつけて修行しなさい」


「はい!」


「はい!」


「秀一と琴音も修行しますか?」


「えっ!」


「私達も!?」


「えぇ。いずれ遠い遠い未来。ここに来てもらいたい。帰ってきてもらいたい。そのためのきっかけ作りですよ」


 こんな機会二度とないぞ!

 ん? 帰ってくる?


「……わかりました」


「私も……でも……」


「言いたいことはわかります。ここで一カ月過ごしたとしても、現世では数秒しかたっていないでしょう。歳も取らないので安心しなさい」


「そ、そうなんですね。なら……」


「おかしな子。あなたは私だというのに」


「へ?」


「あなたは私が解脱した際に切り離した、欲や怒り、執着や迷いから生まれた魂なのです」


「ええっ!」


 解脱って確か仏教で、煩悩や執着を捨てて現世から抜け出すことだよな?


「もちろんきっかけに過ぎない。一つの個として確立しているので安心しなさい。ただ知って欲しかっただけ。あぁ、いけませんね。まだ私も悟りの境地に至っていませんね」


「そ、そうなんだ?」


「ええ。普通の人間であり、それ以上でもそれ以外でもないのですが、過去の私を見ているような、そのような心遣いになるだけのことです。ただ、正しく生きて欲しい。少々私が恥ずかしいので……」


 ということは、ここでの修行は俺はおまけで、本当は琴音のための修行なのか。


「は、はは……」


「そして秀一の遠い遠い前世は、私が解脱する前の生前の弟子。この様な身勝手なことは本体ではできません。そしてこの穢《けが》れを禊《みそぎ》する場でしかできません。私もまだまだ未熟。修行が足りません」


 妙光如来様と何か繋がりがあると以前聞いたことがあったけど、まさか弟子だったとは……。


「では修行に行きますよ」


 妙光如来様の後をついていくと、大きな滝があった。

 既に滝に打たれている人影が二つ。あれは蒼蓮と月華だ。


「煩悩に負けた式神はここで修行を行うのです」


「月華もなのか?」


「ええ。貴方の前では良い子でいようとする可愛い子ですよ。ですが頭の中は翡翠とそう変わりません」


 そうだったのかー知りたくなかったなー。


 生温かい目で修行している二人を見ると、月華は滝に打たれつつも、視線を感じたのか、目を開けてこっちを見た。

 月華の顔が瞬時に絶望と羞恥に染まった。

 隠していたことがバレたと思ったんだろうな。 


「私は誰にも迷惑かけずに、推し活してただけなのに!」


「私だって一度もお仕置きされてないのに! こんなお仕置きは嫌だ!」


「ご主人様。もっと呼び出してください。できれば長時間!」


「送還されたら即修行なんだ! 現世でもっと遊びたいぞ!」


 二人共修行の意味がわかっていないくらいに、成果が出ていない気がする……

 チラっと妙光如来様を見ると、深いため息をついていた。


「嘆《なげ》かわしい……」

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