第131話 ウォーターエレメンタル
飛行魔法で建物を乗り越えると、そこには水の彫像があった。長い髪の女性を模したような、美しい氷像だ。
アリサさんが召喚した玄武の攻撃は、建物とその向こうまで凍り付かせていたんだ。
案外あっけなかったな。そう思った次の瞬間、氷の彫像があっという間に溶け出した。
「なっ!」
湯気の立つ熱湯の触手が、彫像のあちこちから一斉に伸びた。
こいつ温度まで操れるのか! 今まで凍らせてきたけど、学習したのか、それとも奥の手か?
湯気が立つ分水分が抜け、自分の総量が減っていくはずだ。
やはり奥の手だとすると、相手も追い付けられているはず。
そんなことを考えていると、触手が襲ってきた。
俺はとっさに距離をとったが、触手が追いすがってきた。
「くっ!」
「ファイア・ランス」
琴音が放った炎の槍が触手を蒸発させるが、身を細くした触手がなおも追ってきた。
さらに後退すると、ようやく触手は諦めて戻っていった。
溶けた氷の水が、ウォーターエレメンタルへと戻り、水でできた彫像のような形になっていく。
まるでスライム人間だな。
「氷の魔法が効かなくなったな」
「学習してる? 炎の魔法で削り取っちゃおうか?」
「今度は朱雀を召喚する?」
「拠点が更地になりそうだけど、それでいくか?」
「ねぇ! コメント欄見て! これならいけるかも?」
琴音に促されて、視界の右下にあるコメント欄を見ると、真っ赤なウルチャで、とんでもない提案が流れていた。
月華も『三十分用意します』と赤ウルチャで返事をしていた。
「それでいく! 月華はそのまま準備を進めてくれ! 俺達は距離を取る! まるちーずさんありがとうな!」
提案してくれたリスナーにもお礼を言っておく。
俺達は時間を稼ぐために撤退を開始した。
今度は炎の魔法を放って触手を蒸発させていくが、上空で水蒸気が集まり、巨大な水の塊になって、本体に戻っていった。
凍らせても一時しのぎ。蒸発させても循環させるだけ。
やはりリスナーの策が有効か……
とりあえず俺達は、月華の準備が整うまで時間稼ぎの攻撃を続けた。
(ご主人様!)
「オン・カルマ・ダイヴァ・アーニャ・ソワカ! 星月の座、月の軍人、采配を刻む霊軍将。ここに応えよ。来たれ! 月華! 急急如律令!」
黄金の襖が現れ、月華が飛び出してきた。
「陰陽庁総動員で、周辺のスーパーから、かき集めてきました!」
月華が差し出したのは、一抱えある紙袋だ。破ってすぐに使えるためだな。
「ありがとう。助かる!」
「ただ、元々少量で十分な物なので、大量に扱っているわけではありません。そして私は近接戦闘が不得意です」
「確実に当てるしかないか」
「……秀一様。……私が突破口を開く。……ただ私は武器で両手が塞がってる」
「私が当てるよ」
琴音は月華から紙袋を受け取り、アイテムボックスに収納した。
「紅羽。いくよ」
「……うん」
「二人共、任せた!」
琴音と紅羽が並んで駆け出した。
ウォーターエレメンタルが反応する。無数の触手が二人へと向かって伸びていった。
「クイック・ステップ!」
琴音の姿が一瞬で加速して、触手を避けた。
紅羽も冷気をまとった大鎌を回転させ、次々と触手を凍らせていった。
「アイス・ファランクス!」
「ファイア・ファランクス!」
「スターライト! いっぱい!」
俺達三人の魔法が触手を退け、その間に琴音と紅羽が間合いをつめる。
紅羽が大鎌を大きく振りかぶった。
「……オン・ルビラ・アグニ・ソワカ!」
大鎌が深紅の炎に包まれたその時、紅羽はまるで演舞を踊るよう大鎌を回転させ、襲い掛かる触手達を蒸発させていく。
そしてそのままウォーターエレメンタル本体に踊りかかり、大鎌を振り下ろした。
炎が弧を描き、ウォーターエレメンタルの中心を両断した。
水の体が大きく割れ、触手もビクビクとその場で痙攣するように動きが止まる。
その隙に琴音が踏みこみ、アイテムボックスから取り出した紙袋を破り、ウォーターエレメンタルに向かって叩きつけた。
すると白い粉が水の中へ広がっていく。
「うごがああっ!」
白い粉の正体は、ゼラチンパウダーだ。水分に混ぜるとゼリーやムースになるお菓子の材料だ。
温めると溶けやすいので、今のウォーターエレメンタルにどんどん溶けていく。
「アイス・ファルシオン!」
俺が放った八本の氷の槍が、ウォーターエレメンタルに次々と刺さり、その体を冷やしていく。
ゼラチンは冷えると固まっていくのだ。
ウォーターエレメンタルは純粋な水しか操れない。自身の体もそうなのだろう。
紅茶やコーヒーの素でも良かったけど、より確実性をとるためにゼラチンがいいだろうとリスナーが提案してくれた。
ウォーターエレメンタルから生えた触手がぶるぶると震えて動きが鈍くなり、地面から生えた触手も次第に動かなくなっていく。
もはやウォーターエレメンタルは瀕死状態だ。
「オン・カンマニ・パドマ・シャリラ・ソワカ! ウォーターエレメンタル――翡翠よ! 調伏の印、いま結び奉る。縁鎖・魂縛・理鎖・封絶・従命! 急急如律令!」
ウォーターエレメンタルがスゥッと発光したかと思うと、徐々に水の体が人間のものへと変わっていった。
水で出来た髪が黒くなり、肌の輪郭が浮かび上がり――
「まずい!」
アリサさんがアイテムボックスからシーツを取り出して、素早く覆いかぶせた。
シーツがもぞもぞと動き出し、やがて人の顔がひょこんと出てきた。
美しい……。一言でいうなら大和撫子だ。
年齢俺達と同じくらいだろうか。
シーツがずれて、細い肩が見えた。
やばい! 中は裸だ!
慌ててアリサさんがシーツを直した。
「ねぇ! 早く送還して!」
「わ、わかった!」
「……主人様? 私……えっ! あわわ!」
意識がはっきりしたのか、翡翠は顔を真っ赤にして、シーツをたぐり寄せた。
「ご主人様! 送還を!」
「よし! 送還!」
ひゅんと翡翠が消え、少し濡れたシーツだけがふわりと地面に落ちた。
「あっぶなー! チャンネルが崩壊するところだったじゃない!」
「すまない。少し考えればわかることだったな」
「それは……私も考えてなかったわ」
「秀ちゃんのエッチ! 絶対見たでしょ!」
「仕方ないだろ!」
「綺麗な人だったもんね!」
「……確かに! エッチ!」
「……秀一様はスケベだよ?」
「おおおい! お前も何言ってるんだよ!」
「秀ちゃん!?」
「秀一君!?」
「紅羽。嘘はいけない」
「……前世の秀一様はスケベだった。今の秀一様もそうなのか知りたい。是非知りたい」
「秀ちゃん。あとでじっくり話をしようね?」
「こここ琴音!? 前世のことなんて知らないぞ!?」
「それでもだよ!」
「面白そうだから、私も聞いてみようかな?」
どうしてこうなった!?
紅羽を見ると、無表情のまま首を傾げていた。




