第128話 捨てられた町
マドールの町は静まり返っていた。
モンスターの姿はおろか、生きた痕跡すら見つからなかった。
「なんだこれは……」
町は正に廃墟だった。
モンスターに襲われた時に壊されたのだろうか、それとも長い年月の間に朽ちていったのだろうか、どの建物もボロボロで、いつ倒壊してもおかしくない。
人の手が入らなくなると、こんなにも変わるのだろうか。
草木が異常に繁殖して、石畳みの隙間から草が生え、建物をひびから根が侵食し、町全体を飲み込もうとしていた。
そして耳を澄ますと、どこからか水が流れる音が聞こえた。先に進めば川でもあるのかな?
「モンスターがいないな。でもなにかの気配だけはある……」
「うん。なんか見られてる感じがする」
琴音も奇妙に思って警戒を強めていた。
「ちょっと! まさか幽霊とか言わないよね!?」
アリサさんは怖がりだな。でもちょっと分かるな。なんか怪談現場みたいな雰囲気なんだ。
「もしかしたらな」
「ふむ。確かに昨日の夜、強い気配を感じたのじゃが、夜だけ現れる存在かも知れぬな」
「狐鈴さん! 冗談はやめてよ!」
「冗談ではない。お主も覚悟しておれ」
「えええ。帰りたい……」
「とりあえず、もう少し進むか」
アリサさんが俺の服を掴もうとしたら、琴音がスゥと入って、自分を掴ませた。
「アリサちゃん。大丈夫。オバケが出ても、私が祝詞で浄化しちゃうから!」
「全力でお願いします!」
町の奥へ進むにつれ、水音が少しずつ大きくなっていく。
ゆっくりと地面を這うような、まるでスライムが這いずるような……これは川の音じゃない?
(……秀一様)
この声は紅羽か? 頭の中に紅羽の念話が聞こえた。
(どうした?)
(……翡翠気配がする。……私を呼び出して)
「紅羽から念話。呼び出すぞ」
「了! みんな周囲警戒ね」
やっぱり琴音は頼りになるな。少ない言葉でカバーをしてくれる。
「オン・クマーラ・ルビラ・ラクタ・ソワカ! 紅蓮の座、紅翼の霊鳥、焔をまといし霊鳥将。ここに応えよ。来たれ! 紅羽! 急急如律令!」
空中に黄金の襖が現れて開くと、ちょんっと紅羽が飛び降りてきた。
「……ありがとう。秀一様」
紅羽は呼び出されると、辺りをキョロキョロと見回した。
「……やっぱり翡翠の気配がする」
「翡翠って十二姫将か?」
「……うん。紅羽の親友。絶対助ける」
「そうか。気配はどこから?」
「……そこら中」
タイミングを見計らったように、前方から悲鳴が上がった。
「きゃあああ!」
あの声は……個人Vtuberの桃瀬さんの声だ!
ちょっとセンシティブな配信をしているから、見るたびに履歴を消している。
「行くぞ!」
悲鳴の方に駆けつけると、桃瀬さんのパーティーがスライムのような触手に囲まれていた。
よく見るとスライムというより水の触手か?
触手の根元は……井戸だ! 近くの井戸から水が溢れ出して彼女達を取り囲み、いたるところから触手のように伸びて襲い掛かっていた。
「やばい! やばいよ!」
水の触手が桃瀬さんを貫こうと、回転しながらシールドを削っている。
「や、闇の精霊よ! あ! あぁぁ!」
まずい。恐怖で混乱している。ということは相当レベルが高いか!
反射的に鑑定スキルが発動した。『水の触手・レベル450』……インフレにも程があるだろ!
というか、モンスターの名前じゃない!?
本体が別にいるってことか?
まずは目の前の敵と桃瀬さんだ。
俺達プレイヤーは一気にレベルが上がった。いや、レベルだけ上がったんだ。
その過程にあるはずの、経験を吹っ飛ばして。
桃瀬さんだって、戦いの経験を積んでいるはず。
しかし島のダンジョンをメインに冒険して、安全な戦いばかりしていたら?
ダンジョン外での経験はそこそこだったら?
死と隣り合わせの戦いを経験して来なかったら?
「いやあっ!」
複数の触手が桃瀬さんを取り囲み、すごい勢いでシールドを削っていく。
間に合え! 俺が術を唱えようとしたその時、紅羽が大鎌を召喚して飛び出した。
「……オン・ヒマ・ソワカ」
紅羽の大鎌が霜に覆われ、ドライアイスのような白い煙を吹き出した。
「……えい」
紅羽が触手を大鎌で斬り裂いた。普通なら水を斬ってもすぐにつながる。しかし冷たい刃を通したその瞬間、断面からビキビキと凍り、そのまま動きを止めた。
紅羽は次々と触手を凍らせ、叩き落としていった。
「……逃げて」
「う、うん!」
俺もただ見てるだけじゃない。
「オン・シータラ・ヒマ・ソワカ! 水気を結び、寒気の刃となる。穿て凍刃! 氷燕招来! 急急如律令」
俺は札を複数放つと、空中で氷の燕に変わり、触手に向かって飛んでいった。
燕が触手に突き刺さるたびに、水が白く固まり動きが止まる。
しかし凍らせても凍らせても、新しい触手が生まれてくる。
「ひぃいいい! 触手はいやぁああ!」
アリサさんは俺と同じく氷の術で触手を攻撃していたが、トラウマでもあるのか必要以上に攻撃している気がする。
一方琴音は俺達の防御に回り、迫りくる触手達を氷の術で撃ち落とし、冷気を帯びた刀で斬り落としていた。
そして狐鈴は井戸を術で氷漬けにした。
大元を叩いたか!?
そう思った瞬間、すぐ近くの建物に亀裂が入り、水がビューっと噴き出した。
さらに石畳のいたるところか、水鉄砲のように水が噴き出した。
それらは触手となってこっちに襲いかかってきた。
「引くぞ!」
「了! そっちみんな! 援護するから撤退だよ!」
俺達は桃瀬さんのパーティーメンバーと一緒に撤退した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
町が遠くに見えるところまで撤退すると、みんなホッとして座り込んだ。
「井戸から突然水が吹き出して、なんだろうてって思って見ていたら、スライムみたいなのが襲いかかってきたんだ!」
「すごく早くて、対応できなくて……」
「あぁぁ! あの時バリアーでみんなを包んでいたら!」
「私だって……」
俺達は桃瀬さん達を見ていたから、対応できたのかもしれない。
いきなり近くから水が噴き出して襲ってきたら、同じように後手に回っていたかもな。
「……秀一様。あれは翡翠の力。……翡翠は水を自在に操る。……翡翠はずっとずっと昔、あの力で人を殺めていた。……でも秀一様に調伏されて心を入れ替えた。……妙光如来様の元で修行をして聖人になった。……だから……もう人を殺させたくない」
ずっとずっと昔っていつの頃かわからないけど、俺の式神なら救ってやるしかないな。
「あぁ、わかった。任せろ!」




