体育祭〈ルート共通イベント?〉④
流れるように客捌きからショップカード設置までを終わらせ、つむぎは入り口から休憩スペースの様子を窺った。
(困りごとがある気配はないな……。次の競技は騎馬戦だから、お菓子が足りなくなるかもしれない。今のうちに補充しておくか)
宝来学園高等部の伝統競技でもある男子騎馬戦は、五チーム入り乱れての大乱闘だ。毎年、騎馬戦のために各チームで特別練習が組まれるほどの名物らしく、グラウンドも騎馬戦前に整えられるし、最終作戦会議の時間も設けられるしと、なかなかに気合が入っている。その分時間もかかるため、お菓子の補充へ出向くには絶好のタイミングだろう。
素早く判断したつむぎは、大急ぎで空になったクーラーボックスを引っ提げ、調理場への道を小走りで進んだ。グラウンドから食堂の調理場までは当たり前だがそれなりに距離があり、外を通る場合は校舎をぐるっと回らねばならない。いくら騎馬戦が時間のかかる競技とはいえ、悠長にしていては競技終了に間に合わなくなってしまう。
騎馬戦終了までに、和菓子の補充を――それだけを考え、人気のない園庭の奥側を走り抜けようとした、そのときだ。
「――れか! ……か、――!!」
体育祭が盛り上がっている最中、こんな場所では聞こえるはずもないような、人の声らしきものが聞こえた気がして、つむぎは思わず足を止めた。人の声、な時点で充分に異質だが、どうにも声の調子があまりに危機迫っているような、足を止めざるを得なくなるような、そんな雰囲気だったのだ。
足を止め、改めて耳を澄ましてみると。
「……がい、です! ――か、だれか、気づいて!!」
「……気のせい、ではなさそうだな」
木陰にクーラーボックスを降ろし、腰のポーチからスマホを取り出してコール画面を開いた状態で、つむぎは声がした方へ歩き出す。……この先にあるのは、確か。
「だれ、か、いませんか! ――助けて、助けてください!!」
近づくほどに大きくなっていく、声。ここまで近くなればもう、聞き間違えようがない。
――使い込まれ、やや古びた風情のある体育倉庫。当たり前だが扉は閉ざされ、ご丁寧に鎖でぐるぐるに巻かれた上、電子型の南京錠でしっかりロックされている。このタイプの南京錠は、開錠方法が見た目では分からない上、間違ってしまうと鍵の持ち主へ通知が行くのが厄介だ。
ひとまず鍵には触らないようにして、つむぎは扉に手を当てた。
「……聞こえるか、白雪さん」
「!! つむぎさん!」
――そう。最初に声が聞こえた気がしたときから、どうにも聞き覚えを感じて仕方なかったのも道理で、厳重に閉ざされた扉の向こう側にいたのは、つむぎにとってそろそろ顔見知りの後輩の枠を超えつつある、白雪だったのだ。声がはっきり聞こえた時点で確信は得ていたけれど、念の為呼び掛ければ、当たり前のように扉の向こうからつむぎの名が返ってくる。
「いったい何があった、白雪さん。こんなところに閉じ込められるなんて」
「申し訳ありません、つむぎさん。一生の不覚ですわ……」
「謝罪は良いから、説明を」
「は、はい」
扉越しに白雪が語った話によると、ホワイトツーの応援席にいた白雪に〝体育委員会〟の腕章をつけた見知らぬ生徒が声をかけてきたのだという。なんでも、休憩スペースの手伝いへ赴いた際につむぎから和菓子の補充を頼まれたが、在庫の場所が分からなくて困っている。先ほど、白雪がつむぎと共に和菓子を運び入れているところが隣のテントから見えたので、この生徒ならば場所を知っているのではないかと思って、と。
「つむぎさんが競技へ出られる際、体育委員の方が代わりに休憩スペースへ入られると聞いておりましたので、深く考えることなく信じてしまいまして。調理場の裏へ続く道をお伝えする程度ならわたくしにもできますし、二人いればそれだけ和菓子を多く運べます。そう思って手伝いを申し出たのですが……」
この辺りへ差し掛かったとき、件の〝体育委員〟が「変な音がする」と言い出した。確かに何やら耳障りな電子音が聞こえていたので、白雪も一緒に音の出所を探し、扉が開いていたこの倉庫へ導かれ――二人で倉庫へ入り、白雪が音の発生源を探しに奥まで入り込んだところで、扉を閉められたのだという。
「慌てて扉に駆け寄り、開けようとしましたが、その時はもう鍵を閉められた後だったようでびくともせず……それからずっと、助けを求めておりました」
「明らかに白雪さんを狙った計画的犯行だな。怪我はないか? 体の調子は?」
「怪我もありませんし、至って健康ですわ。強いていえば、あんな安直な物言いに騙されてしまった自分が情けなくて、気分は沈んでおりますが」
「さほど広くもない体育倉庫に閉じ込められては、晴れやかな気分になれようもないだろう。ひとまず、怪我がないようで何よりだ」
「聞くまでもないことですが、つむぎさんは、体育委員の方へ、和菓子の補充をお願いしては……」
「してないね。基本的に飯母田の商品を、私が居ないところで見知らぬ第三者には触らせないよ。食べ物を扱う以上、何かあった際の責任の所在が曖昧になっては困るから」
「そう、ですよね。少し考えれば、そんなこと明白ですのに……わたくしったら危うく、つむぎさんの大切な和菓子の保管場所を、悪人に知らせてしまうところでした。何とお詫び申し上げれば良いか……」
「……今気にするのは、間違ってもそこじゃないと思うぞ?」
絶妙にズレた落ち込み方をしている白雪にツッコミを入れつつ、つむぎは少し考えて、電話帳から頼りになる幼馴染の個人用スマホを呼び出した。風紀委員会は体育祭における競技以外のトラブル対応を担っているため、一度で繋がるかは賭けだが。
『――つむ? どうした?』
ありがたいことに、六回目のコールで亘矢は電話をとってくれた。つむぎは片方の手を扉に置いたまま、白雪にも聞こえる声で応答する。
「忙しいところ悪いな、コウ。今大丈夫か?」
『一段落ついたところだ。声が聞こえる範囲に人もいねぇ』
「助かる。トラブルが一段落してすぐで申し訳ないが、至急本校舎西側裏にある体育倉庫まで来てくれ。――一年生徒、姫川白雪さんが、体育倉庫内に閉じ込められている」
『……っ、監禁状況の詳細を頼む』
「通常の施錠は行われていないが、スライド式の両扉の取っ手が金属製の鎖でぐるぐる巻きにされ、電子制御の南京錠で鎖がロックされている。指紋認証式だったら触った瞬間に相手へ通知が行くだろうから、視認で見た限りの把握だが」
『充分だ。姫川白雪の様子は?』
「落ち込んではいるが、怪我もないし、体調も悪くないと本人は言っている。――そうだね?」
「はっ、はい!」
『……本人の近くでかけてんのか?』
訝しげな声音になった亘矢に、見えないだろうけれど肩を竦めて。
「白雪さん、私たちの関係性も、飯母田でのコウの役目も、粗方お見通しみたいだぞ?」
『マジか。……まぁ、そいつなら問題はねぇだろうけど』
「いつまでも狩野先輩ばかりに、つむぎさんの片腕の座は預けておきませんから!」
『ハッ。敵の罠にまんまとハマって閉じ込められてる奴の台詞じゃねぇな』
「二人とも。私越しに喧嘩をするな」
スピーカーにはしていないので、亘矢と白雪は互いの声を具に聞き取れているわけではないはず。にしては、随分と阿吽の呼吸で喧嘩するではないか。もしかして、喧嘩するほど仲が良いとか、そういう類だろうか。
『つむ。間違ってもそいつと俺をケンカ友だち認定すんなよ? 昔より見直しはしたが、俺は個人的に、姫川白雪がめちゃくちゃ嫌いだ』
「こら。そんなことを言うもんじゃない」
『どうせそいつも俺のこと嫌いだから、お互い様だよ。それより、状況報告の続きを』
「……白雪さん曰く、〝体育委員会〟の腕章をつけた人物に、休憩スペースに置くお菓子の場所を教えてほしいという名目で呼び出されたそうだ。調理場までの通り道を進んでいる最中、異質な音が聞こえてきてこの倉庫まで誘導され、音の発生源を探してほしいと頼まれて、中へ入ったところで閉じ込められたと」
『なるほどな。今の話で分かった。さっきまで関わってたトラブルと繋がってるわ、その事件』
思わぬ断言をされ、目を見開く。こういうときの亘矢は、いつもの三割増で頭の回転が早いのだ。




