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体育祭〈ルート共通イベント?〉②


 自らも上流階級の一員、しかもそこそこに歴史があり格も高い冷泉(れいぜん)家のご令嬢なだけはあり、茜は密かな情報通。姫川家についても、色々と耳にしているのだろう。

 とはいえ、家とそこに連なる子が、実は同一の思想に染まっていないケースも、決して少なくない。白雪はその典型例だ。


「白雪さん個人はとても真っ当で、賢くて、かつ明るく前向きな良い子だぞ。ボンクラだという父君は滅多に屋敷へ帰らず、彼女は乳母と執事に育てられたようなもの、らしいが、それが却って良かったのだと思う」

「あー、たまに聞く話だ。そっか、それで姫川さん、あんなに悪い噂ばかりの姫川家の子とは思えないくらい、感じの良いお嬢さんなんだね」

「……姫川家、そこまで悪い噂が多いのか?」

「多いよー。こんな綺麗な青空の下で話すには憚られるような噂ばっかり」

「なるほど。……後学のため、今度聞かせてくれると助かる」

「つむちゃんの頼みなら、もちろん」


 白雪はあれほど目立つ美貌の持ち主で、それを鼻にかけない気さくな気質で、人当たりも良い。もっと人気者になっても良さそうなものだけれど、現状、彼女と特別親しくしているのは三界家の令嬢と、あとは特別寮の彼らくらいだ。どうしてだろうと密かな疑問だったが、もしかしたら姫川家の悪い噂とやらが、白雪から人を遠ざけているのかもしれない。


「ま、家にどれだけ悪い噂があっても、姫川さんが地道に学園で頑張っていれば、そのうち理解者は増えるんじゃないかな? 話に聞いてるだけだけど、姫川さんってそういう逆境に挫けて引き下がるような感じの子じゃなさそうだし」

「挫ける感じ、ではないな。むしろその逆境を利用して、強かに己の利を得ようとする程度には、諸々強い」

「見た目からは想像できない感じだねぇ。オリエンテーションで特別寮生のリボン総取りした時点で、見たまんまのお姫様じゃないのは間違いないけど」

「あれは、お互いに利があるからと、ウチのクラスと白雪さんのクラスで取引した結果だぞ? 彼女のトンデモには、何割か、ウチのクラスも絡んでいる」

「あの場面でつむちゃん相手に取引持ち掛ける時点で、精神的にも思考的にも充分トンデモだからね?」


 さくっとツッコミを入れた茜は、愛用の水筒からコップにお茶を入れ、お上品に飲んで。


「姫川さんに非凡な才能があって、悪い噂まみれの〝実家〟とはどうやら毛色が違うってことは、目端の利く人たちならそろそろ気付き出してると思う。宝来で彼女がそう思われてるってことを姫川の中枢が知ったら、また話はややこしくなるんだろうけど」

「姫川の中枢は、宝来内部の事情をそれほど簡単に仕入れられるのか?」

「そりゃね。所詮は狭い世界だもん。姫川家と付き合いのある家から来てる子だって、そこそこ居るし。その子たちが家族に姫川さんのこと話せば、普通に社交の場でも話題になって、姫川の総帥の耳にだって入るでしょ?」

「ううむ、そうか……」


 白雪が姫川上層部に潰されるような事態は、つむぎとしても避けたい。情報撹乱して白雪の宝来学園での様子を姫川へ渡らないようにすべきかとも思ったが、他家の事情にどこまで手出しして良いのかの見極めは、非常に難しいものがある。一度亘矢に相談し、何なら白雪本人にそれとなく〝実家〟対策を聞いてみるなどして、つむぎにできる範囲のことを、無理なくするのが吉だろう。


 そんなことをつらつら考えながら、ランチボックスを空にしたところで――。


「あの、すみません」

「――はい」


 和菓子の〝ディスプレイ側〟から、声が掛けられた。反射的に接客用の笑顔を浮かべ、つむぎはすっくと立ち上がる。


「どうされましたか?」

「えっと、ここにあるお菓子って、好きなものを貰って良いんですか?」

「はい。昼食時の差し入れとして補充しましたので、お好きなものをどうぞ」

「ありがとうございます! 午前中は一度も競技に出てないんですけど、応援に熱が入り過ぎたのか、頭がぼーっとしちゃって。――この和菓子、熱中症に良いんですよね?」


 そう尋ねてくる生徒の視線は、力作のポップ(亘矢にデザインして印刷してもらったものをチョキチョキ切り取り、段ボールに貼っただけだが、図画工作で『2』以上の評価をもらったことがないつむぎにとっては紛れもない力作である)に向いていた。〝塩餡和スイーツ〟の商品キャッチと『暑い夏の味方』の文言で、熱中症対策食品だと考えついたらしい。

 誤解を生んでは申し訳ないので、つむぎは笑顔のまま、穏やかに解説する。


「この和菓子さえ食べれば熱中症にならない、という類の品ではないですよ。あくまでも、水分を摂取しながら食べていただければ、汗をかいた身体が欲する栄養素を吸収しやすくなるようにと計算して作られた餡子と、その餡子を用いた和菓子ですので。熱中症が気になるようであれば、こちらのスプーンに乗ったお菓子一つにつき、五百ミリ程度の水分摂取を推奨しています」

「ということは、お茶だけ飲むより、この和菓子も一緒に食べた方が、より熱中症になりにくくなる……?」

「少なくとも、水分や塩分の吸収率は上がります」


 曲がりなりにも〝暑さ対策〟と銘打って商品を送り出すからには、下手を打つわけにはいかない。〝塩餡和スイーツ〟に関しては、商品開発チームの面々によって治験が行われ、塩餡を食べた時と食べてないときで水分やカリウムの吸収率を比較実験している。そこまで手間暇かけて本格的に作られた商品だからこそ、あのフレーズで堂々と売りに出せるのだ。

 淀みのないつむぎのプレゼンは、目の前の生徒に安心感を与えたらしい。笑顔になった彼は、真ん中の水まんじゅうを指差した。


「じゃあ、これ、もらいますね」

「水まんじゅうをお一つですね。お気をつけてお持ちください」

「ありがとうございます」


 最後まで低姿勢のまま(いかにも運動部の風情ながら見覚えがないため、おそらく一年生なのだろう)、水まんじゅうを受け取った彼は立ち去っていった。

 その彼が去るのを待っていたかのように、休憩スペースで昼食を食べていた生徒たちが、〝和菓子配給コーナー〟へやって来る。


「飯母田さん! 私もここの和菓子もらって良い?」

「さっき食べた水ようかん美味しかったから、次は水まんじゅう欲しい!」

「あの! あんみつを、一つ!」

「慌てずとも大丈夫ですよ。数は充分ございますので。お一人ずつ、順番にお伺いしますね」


 一気に忙しくなったつむぎを見ながらお茶を飲み干し、茜も立ち上がった。


「手伝うよ、つむちゃん」

「いいのか? ありがとう、茜。助かる」

「その代わり、体育祭終わったら、一口サイズじゃない〝塩餡和スイーツ〟奢って?」

「それくらいなら、いくらでも」


 頼もしい友人と笑みを交わし、二人でテンポよく〝客〟を捌いていく。

 休憩スペース内の全員に行き渡っても列が途切れる気配はなく、よく見るとスペースの外から和菓子だけ貰いに来ている人がそれなりにいるようだ。午前中、休憩スペース内で売り込んだ効果が現れ、ここで和菓子を配っているという情報は良い感じで広まっているらしい。


「さっきは水まんじゅう食べたんだよね……あんみつか、水ようかんか、迷うなぁ~」

「あんみつは午後競技のご褒美に取っといて、ここは水まんじゅういってみるか!」


(……ほぅ。意図したわけではなかったが、三種類用意したのも購買意欲を高めているらしいな)


 この和菓子はあくまでも、体育祭に際して『飯母田製菓』が学園へ差し入れた品、という扱いだ。あんまり商売っ気を出すわけにもいかず、あくまでも水分補給時の補助食品くらいの立ち位置を装ったから、量も一口サイズ。デパートの試供品よりはしっかり食べられるけれど、商品そのものの一人量には及ばないし、提供品もオーソドックスな三種類のみとなった。

 贅沢に慣れた宝来生だから、「差し入れってこれだけ?」とクレームになる可能性も想定して挑んでいたつむぎだが、蓋を開けてみればどうやら、この〝ちょっと物足りない感〟が良い仕事をしている。昼食後であっても気楽に食べられて、三種類あるから「次はどれにしようかな」というリピート意欲も湧いてくれているらしい。


「大繁盛だ~。良かったね、つむちゃん」

「おかげさまでな。これはお礼を奮発せねば」


 親友に感謝しつつ、つむぎは大忙しの昼休みを過ごす――。


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