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体育祭〈ルート共通イベント〉③


 上機嫌で隣をてくてく歩く白雪へ、つむぎは少し考えつつ、口を開く。


「白雪さんは私を慕ってくれるけれど、私こそ、白雪さんにそこまでしてもらうほどの人間ではないよ。私と会うことを優先して競技に山ほど出て、体育祭を楽しめないようでは本末転倒だろう。大事なのは、白雪さんが楽しい気持ちで一日を終えることなんだから」

「ご心配なく。わたくしは常に、自分のことだけ考えていますから。つむぎさんにお会いできて、言葉を交わせた日は、最高に幸福な気持ちで眠ることができるのです。だから、なるべくたくさん、つむぎさんとお会いしたいのですわ」

「そこまで思ってもらえるほどのことを白雪さんにした覚えはないし、これからもできないと思うが……」

「つむぎさんは、存在そのものが尊いお人ですもの。わたくしに何かしようなど思わず、この先もやりたいように生きてくだされば良いのですよ。……つむぎさんと巡り逢えただけで、わたくしはもう充分に頂いて、満たされておりますから」

「きみ、は――」


 聞き覚えのある言葉に、思わず足が止まった。……言葉選びは違えど、似たニュアンスの〝願い〟をいつも投げかけてくる人の存在を、つむぎは知っている。


(何か、あるのか? ――コウと、同じように)


 出逢った瞬間からつむぎに好意的で、「つむがやりたいことを存分にやって、行きたい道へ進んでいくのが、俺の望みだ。それを近くで支えて、つむの助けになれるなら、それに勝る幸福はない」と宣言して憚らない亘矢。どうしてそこまでしてくれるのかと尋ねても、まともな答えが返ってきたことはない。

 亘矢には、つむぎの知らない〝何か〟がある。これまで重ねた付き合いの中でそう確信しているし、それは容易く暴いて良いものでないことも察していた。亘矢は自身の内にある〝何か〟をつむぎに明かすつもりはなく、もっと言えば知ってほしいとも思っていない。誰にだって秘め事の一つや二つあって当たり前で、触れられたくないことならば、黙っておくべきだと。

 そう思って接してきた亘矢と同じ〝気配〟を、気のせいでなくはっきりと、白雪からも感じて――。


「……つむぎさん?」

「――白雪さん。一つだけ、聞かせてくれないか」


 ずっと亘矢に聞きたくて、けれどどうしてか、口にするのを躊躇っていた〝問い〟がある。

 亘矢と白雪は違う人間だけれど、同じ〝気配〟を纏う彼女なら、もしかしたら何らかの〝答え〟を聞かせてくれるかもしれない。

 足を止めたつむぎに反応し、律儀に止まってくれた白雪は、何かを察したのか、くるりとこちらを向いた。


「……はい、何なりと」

「君、の。――君〝たち〟の抱えている〝それ〟は、……君を、苦しめては、いないか?」

「……」


 瞬間。

 大きく目を見開いて息を呑み、次いで泣く直前の如く顔を歪ませた白雪。

 喜びとも哀しみとも絶妙に違う表情に、どうしてか胸が痛くなる。


「君と同じように、私を〝己の世界の中心〟に置いている人を、知っているんだ。それが真理だと、疑問を挟む余地もないほど信じ切っている。……君の、ように」

「……」

「残念ながら、私の頭の出来は、昔から良い方でね。長く付き合えば、あの人がその真理を抱くに至った〝何か〟を抱えていることは、察しがつく。君も――だろう?」

「……つむぎ、さん」

「察しているからどうこうしようと考えているわけではないよ。無理に暴くつもりもない。ただ、心配なだけなんだ」

「しんぱい……」

「他人を自己世界の中心に据える、なんて客観的に見てまあまあ重いからな。そんな重い真理を抱くに至った〝何か〟もまた、決して軽いものじゃないだろう。……そんなものを抱えて、あの人は辛くないのか。苦しんではいないかと、それだけが気がかりだった」


 亘矢の抱える〝何か〟を察したときから、ずっと頭の片隅にあって、けれど本人には向けられなかった〝問い〟。

 亘矢の好意も、くれる気遣いも、つむぎにとってはありがたく、かけがえのないものだ。

 けれど、その好意や気遣いの大元に、彼の苦しみがあるのなら。それを漫然と享受するのは違うのではないかと思いながら、長い間、突破口が見出せずにいた。

 そんな亘矢と〝同じ〟、白雪にだからこそ聞ける。


「白雪さん。君は、どう? 君の抱えている〝何か〟は、君を苦しく、させてはいない?」


 ゆっくりと。

 覚悟を決めて音にした、つむぎの〝問い〟を受けた白雪は、静かに瞑目し――。


「苦しかった、と思います。――つむぎさんと巡り逢うまでの、時間は」


 やがて、厳かに、言葉を紡ぎ出した。

 そっと開いた彼女の瞳には、これまで見たことのない、不思議な煌めきが宿っている。


「仰るとおり、なのでしょうね。これほどのものを抱えて、身軽なわけはありませんもの。つむぎさんに問われるまで自覚はありませんでしたが、人並みの幸福を得てきたとはいえ、全体的にはきっと重く、苦しい日々を歩んでいたのだと思います」

「そう、だよな。なら、」

「――ですが、抱えなければ良かったとは、微塵も考えたことありません」


 静かな口調で強く、白雪は断言した。


「わたくしの〝今〟は、〝過去〟からずっと願って、叶わないと知りながらも願って、願い続けてきた、その具現なのです。確かに重いものを抱えておりますけれど、〝これ〟を抱えていたからこそ、わたくしは今、至上の幸福を得ることができている。〝これ〟があるからこそ、〝今〟が疑うべくもなく大切で尊い時間だと骨身に沁みて、守るべきだと強く誓うことができる。……愚かで自分勝手なわたくしは、〝これ〟がなければ、また同じ過ちを繰り返すかもしれませんから」

「……白雪さんは、愚かでも、自分勝手でもないだろう」

「本当に賢明な方とは、何気ない言動からその人の深淵を察し、察しながらも触れず静かに見守り、水面下で危機に備える人のことを言うのですわ。他者を心から慮れば、自身の利にさえなるのならと不都合な真実から目を逸らすことなく、真に相手の立場に寄り添った言動となるでしょう。――今の、つむぎさんのように」


 心の底から、嬉しそうに。

 まごうことなき幸福に満ちて、白雪は、笑う。


「誰よりも、聡明で。誇り高く、賢明で。それでいて、不器用なほどにお優しい。そんなつむぎさんと巡り逢えた幸運と、この先の時間を共に過ごせる幸福は、抱えている〝これ〟があろうがなかろうが、わたくしがこの人生を歩んでいれば、遅かれ早かれ訪れたと思います。――けれど、その重みを、ありがたさを実感できるのは、わたくしに抱えるものがあったからこそだと、断言できましょう」

「……そう、か」

「えぇ。つむぎさんのお優しさは心からありがたく頂戴しますけれど、少なくともわたくしに関して、そのご心配は杞憂ですわ。苦しみも全て、〝ここ〟へ至るまでの糧でしかありませんから」


 美しいブルーサファイアの瞳を煌めかせ、堂々宣言する白雪に、嘘や気遣いの気配はない。彼女は自身が重いものを抱えていると承知で、それも全て飲み込んで、その上で〝今〟を肯定しているのだ。……それは、間違いなく、今ここに居る〝姫川白雪〟の意思、なのだろう。


「そう、なんだね。それなら、良いんだ」

「はい。……あと、これはあくまでも、わたくしの想像ですけれど。つむぎさんがずっと心配されている〝あの人〟も、わたくしとそう遠くは離れていないお気持ちだと思いますよ」


 ハッとなって逸らしかけた視線を白雪へ戻すと、彼女は小さく可愛らしい赤唇を、ツンと尖らせていた。


「〝あの人〟のお心を代弁するなんて、不本意極まりありませんけれど。他ならないつむぎさんのご心痛を晴らせるのなら、背に腹は替えられません」

「……それ、具体的な人物想定ができている感じの言い方だね?」

「うっかり鼻で笑いたくなりますから、あんまり公の場で生真面目風紀委員長ムーブはして欲しくありません」

「…………公の場だから生真面目風紀委員長ムーブしてるんだと思うが」

「アレも全部つむぎさんのためと思えば、ギリ耐えられる感じです。飯母田のITシステムも彼個人と結びつかないように上手くカムフラージュしてるみたいですが、当家執事の知り合いのハッカーは〝飯母田家〟と〝狩野亘矢〟の繋がりを推測しました。つむぎさんの卒業まで隠し切りたいのであれば、姫川レベルが雇えるエンジニアにはバレかねないと前提を置いた上で、もう少し踏み込んだ対策が必要かと」

「………………伝えておこう」


 話題がスライドする中、たまに怖くなる後輩に戦慄しつつ、つむぎは歩みを再開させた。


次回、視点はつむぎのままですが、物語の都合上、章転換いたします。

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