体育祭〈ルート共通イベント〉②
『飯母田製菓』のネットショップ常連であり、ありがたい〝お得意様〟である三条へ、つむぎは作っていない、心からの微笑みを向けた。
「先輩のような、生まれたときから一流のものに囲まれていらっしゃる方からお求め頂けるなど、これほど光栄なこともありません。飯母田は確かに代々和菓子を細々作ってきた家ではありますけれど、決して上流向けというわけではありませんでしたから」
「まぁ、そうなの? 確かにお求めやすい値段ではあるけれど、上流の誰もが皆、値段と質を同一視しているわけではないのよ。飯母田製菓さんは伝統的な工法を大切にしながら、より和菓子の裾野を広げるべく、新しいことにも積極的に挑戦しているのだと、ネットショップを見ているだけでもよく分かるわ。その姿勢は、上流の方々にも好まれるはずよ」
「とても励みになるお言葉です。お許し頂けるなら、『お客様にお褒め頂いた』と社の者にも今の先輩のお話を伝えたいのですが……」
「私の言葉で飯母田の社員さんが喜ぶなら、どうぞ伝えてあげて?」
「ありがとうございます」
白雪の退寮危機の際はうっかり敵対しかけたが、三条はそういった禍根を後へ引き摺らないさっぱりした気質だったようで、あの後も好意的に接してくれる。逆に風紀委員会の守山は、真面目が過ぎてか未だに顔を合わせるとギクシャクしてしまうので、三条のスタンスはありがたい限りだ。一応、クラスの風紀委員である西大路を通じ、「もう気にしていないので、先輩も気に病まないでほしい」という伝言は伝えてあるけれど。
――話が一段落したところで、三条はコップの中に残っていた麦茶を飲み干し、コップをゴミ箱に入れながら、少し思案する顔になった。
「飯母田製菓さんは、お中元や暑中御伺いにも対応して頂けるのね。水ようかんも美味しかったし、お店のこと、母にも知らせておこうかしら。良ければ、あのショップカード、もう一枚頂ける?」
「もちろんですとも」
このように狙いど真ん中をいつも射抜いてくれるから、つむぎは三条が大好きなのである。用意していたショップカードを手渡すと、三条は朗らかに笑った。
「ありがとう。春のお菓子も美味しかったけれど、夏も美味しいとなれば、秋冬も期待できそうね。母には教えるけれど、私は私で、また買わせてもらうから」
「重ね重ね、ありがとうございます。ご要望があればいつでも承りますので、お気軽にお声掛けください」
お客様を見送る最敬礼で去り行く三条を送り出し、空いた分の水ようかんを補充していると、どうやら会話を聞いていたらしい他の選手たちも集まってきた。
「こんにちは、飯母田さん」
「ポップを見て気になっていたのだけれど、私にもこちらの水ようかん、頂ける?」
「私、そのお隣のあんみつが気になっているの」
「この水まんじゅうを一つ頂きたいわ」
「ありがとうございます、先輩方。こちら、熱中症対策にも効果のある和菓子でして、水やお茶と一緒に食べて頂けるとより高い効果が得られますよ」
「そうなの? じゃあ、お茶ももらおうかしら」
「私もお願い」
にわかに慌ただしくなってきた休憩スペースを歓迎し、つむぎは実家の店番で培った販売スキルをフル活用すべく、気合を入れ直した――。
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休憩スペースで水分と〝塩餡和スイーツ〟を勧めつつ、気に入ってくれた人へショップカードを配りつつ、たまに抜けて競技参加しつつと、充実した午前は過ぎる。ちなみに、つむぎが競技に入る間は体育委員の人が来てくれたが、さすがに販促してもらうわけにはいかないので、「熱中症を心配している人にはお菓子も一緒に勧めてみてください」とだけ言い置いた。
なまじ運動神経が良いだけに、つむぎの参加競技は地味に多く、午前と午後に二種目ずつ、合計四種目出場しなければならない。体を動かすのは嫌いではないけれど、まさかの全学年男女混合二千メートルリレー――大トリの競技に指名されるとは思わなかった。
(まぁ、アンカーのコウにバトンを渡しさえすれば、問題なく一位を取ってくれるだろうけれど)
仮にリレーで大波乱があったとしても、最後の最後、点数集計の間に有志生徒を募って行われる〝組み立て演舞〟――組体操と演舞を合わせたような演し物が華やかで見応えあるものなので、それほど記憶には残るまい。そう思わなければ、あんな目立つ競技など、断固拒否である。
(そういえば、そろそろ昼食休憩だな……休憩スペースもランチ用に開放されるし、デザート用にもう少し〝塩餡スイーツ〟を補充しておくか)
今日のために特例で作ってもらった〝塩餡スイーツ〟は、水ようかん、水まんじゅう、あんみつの三種類。五百ミリの水分と一緒に摂取してちょうど良い分量を一人分として、一口スプーンの上に盛り付けた状態で学園まで納品してもらった。『飯母田製菓』の製菓部及び工場部の本領発揮によって、充分過ぎる量が運び込まれたため、一時的に食堂調理室の冷蔵庫を間借りさせてもらい、タイミングを見てそこから補充するようにしている。
今日だけで何往復もし、すっかり通い慣れた調理室までのルートをてくてく歩いていると。
「あっ、つむぎさん!」
「白雪さんじゃないか」
どうやら水道で手を洗った帰りだったらしい白雪とばったり遭遇。そういえば白雪は先ほどの玉入れで、可愛い顔に似合わず豪快な玉集めをし、ホワイトツーチームの勝利に貢献していた。その分当然、手もしっかり汚れたことだろう。
「お疲れさま、白雪さん。休憩スペースには行った?」
「これからお邪魔しようと思っていましたの。つむぎさんはどちらへ?」
「そろそろ昼休憩だからね。食後のデザートで、また持ち込んだ和菓子が動くかもしれないから、補充しようと思って」
「そうでしたの。よろしければ、お手伝いさせてください」
「それは、とてもありがたいけれど……疲れてるんじゃないか?」
「つむぎさんのいらっしゃらない休憩スペースへ行っても、つまらないですもの。お手伝いがてらご一緒させてくださいませ」
「そう? ――白雪さんが良いなら、お願いできるかな?」
申し出を受けると、白雪はとても嬉しそうに、つむぎと並んで歩き出した。
「白雪さん、今日は玉入れが最初の競技? 今まで一度も休憩スペースで顔を見なかったけど」
「そうなのです。同じチームの方々が『休憩スペースに〝ボランティア同好会〟が差し入れたお菓子が美味しい』と話しているのを聞いて、すぐにでもお会いしたかったのですけれど。あそこは昼食時以外は、競技を終えた生徒が優先だと聞いて、自重していたのですわ」
「そうだったのか。白雪さんは真面目だね」
「そんなことありません。つむぎさんが休憩スペースに常駐していらっしゃると予め知っていれば、運動神経がさほど良くないことなどお構いなしに、出られるだけの競技に立候補したと思います」
「……それは、私と会うために?」
「それ以外の理由があります?」
世界の真理のような顔をして断言されたが、相変わらず、この後輩にどうしてここまで好かれているのか、不思議でならない。確かに退寮危機のときは庇ったけれど、白雪は最初から――それこそ、目と目が合うより前から、つむぎへ純度千パーセントくらいの好意を惜しむことなくぶつけてくれていた。これほど好かれて悪い気はしないし、白雪自身も素晴らしく良い子なのは間違いないから可愛がるのに不足も不満もないにせよ、自分たちの〝好意〟は釣り合っていない気がして、それだけが気がかりだ。




