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体育祭〈ルート共通イベント〉①

一週とんで、今週より〝体育祭編〟、始まります!


 中間テストが終わり、六月に入れば、やって来るのは入学式以来の大きな行事――体育祭である。


「位置について。よーい、スタート!!」


 パァン!!


 スタートの合図とともに、赤、青、緑、黄、白の帽子を被った選手たちが一斉にスタートラインから飛び出し、リレーコースを走っていく。臨時の競技場となった高等部のグラウンドには何本もの白線が引かれ、よく晴れた初夏の青空とのコントラストも美しい。そこに五色のTシャツを着た生徒たちがそれぞれ散らばる様は、見ているだけで心湧き立つ光景だ。

 宝来学園高等部の体育祭は、学年もクラスも完全ランダムで五チームに振り分けられ、そこで順位を競う。理由は単純、クラス総当たり戦やABCDEの縦割りだと、運動部が多く所属しているAC組が有利になることは明白だからだ。今日だけのチームで和気藹々と楽しむ、特に学校の成績に反映されることもない、文字通りの完全な〝祭り〟。それが、宝来学園高等部の体育祭――。


「フレイムレッドがんばれー!」

「リーブスグリーン、負けるな!!」

「ラムダサファイア~、ファイト!!」

「ピカピカ、いけー!」

「ホワイトツー、そこだー!!」


「……なぁ、このチーム名、俺はどうしてか、ポケットに入るモンスターのゲームが思い浮かぶんだけど」

「しっ! そういうことは言っちゃいけない。大いなる力に消されるぞ!」


 ――そんな会話があったかどうかはさておいて。


《次は、障害物競走です。出場選手は入場門へお集まりください》


 放送部がアナウンスする横に設けられている、大きなテントスペース。天下の宝来学園が、よくある体育祭の如く、放送席と救護席と来賓席だけに簡易テントを設置しているわけはなく、生徒たちの応援席にもテントはあるし、なんなら屋根から簡易的な幕が降りており、中で空調が動いて快適な温度を保ってくれている至れりつくせり設計だ。

 しかしながら、人が多い場所はそれだけで熱気が篭る。そのため、この体育祭では、正面側――放送席や救護席、来賓席がある方――にもう一つ、大きな日避けテントと幕に覆われたスペースを設け、競技の終わった生徒たちがゆっくり休めるように配慮してあった。テントの中には間を空けて机と椅子が置かれ、ウォーターサーバーや、食堂から提供されたお茶類なども置かれている。


 ――つむぎが目をつけたのは、まさに〝ここ〟であった。


(祭りといえばやはり、〝屋台〟は欠かせないだろう)


「皆さん、お疲れさまでした。そちらにお水が、こちらにお茶が用意してありますので、ご自由にどうぞ」

「あら、飯母田さん」

「三条先輩、リレーに出ていらしたのですね」

「そうなのよ。飯母田さんは、ここで何をしているの?」

「いつもと変わりなく、ボランティアですよ。休憩スペースを捌く人手が足りないとのことで、お声がかかったんです」


 体育祭の主催は生徒会ではなく体育委員会だ。予算などの最終決裁を降ろすのは生徒会だけれど、宝来学園は各委員会の自主性をある程度尊重する方針らしく、生徒会は各委員会主催の行事にそこまで深くは絡まない。生徒会副会長である三条も、体育祭運営の細かい部分にはノータッチだったがゆえ、〝ボランティア同好会〟が出張っていると知らなかったのだろう。


「そうだったの。飯母田さん、体育委員会に知り合い多いものね」

「体育委員の方は、運動部なことが多いですから。運動部に顔を出しているうち、気付けば顔見知りの方も増えていました」

「飯母田さんは気が利くから、休憩スペースに適任だと思われたのよ、きっと。よくご実家のお手伝いをされているからか、人を捌くのも慣れているもの」

「なら良いのですが……あ、先輩、お茶をどうぞ」

「ありがとう」


 三条は水よりお茶で水分補給したい派だったはず、と思い出して麦茶を差し出した判断は正しかったらしく、学園のマドンナは嬉しそうな笑みとともに受け取ってくれた。紙コップの中の麦茶を半分ほど飲んだ三条は、そのまま視線を横へスライドさせる。


「ところで飯母田さん、こちらは?」

「休憩スペースを任されることになったとき、良ければ当家の和菓子を差し入れたいと申し出て、了承を頂きましたので、こうして持ち込んでおります。三条先輩も、よろしければどうぞ」

「面白いわね。体育祭の差し入れに和菓子って、あまり聞かないけれど……」

「ただの和菓子ではないのですよ」


 つむぎが持ち込んだ和菓子用の机には、自作のポップが飾られている。題して、『~競技で疲れた身体に、栄養と塩分のWチャージを!~ 暑い夏の強い味方、〝塩餡和スイーツ〟』。その前に並ぶは、水分補給しながらでも食べやすいよう、一口スプーンに飾りつけられた、『飯母田製菓』の夏商品たちだ。

 亘矢のタブレットで今夏の『飯母田製菓』の商品一覧を眺めていた際に飛び込んできた、『暑い夏も和菓子で乗り切る! 栄養と塩分を同時にチャージできる〝塩餡和スイーツ〟をどうぞ』の一文。――そこに着想を得て仕掛けた、つむぎ渾身のお中元商戦へ向けた、販促活動である。


「塩餡和スイーツ……? また飯母田製菓さんは、面白いものを作ったわね」

「熱中症予防に効果があるんです。お一ついかがですか?」

「確かに、今日は6月初旬にしては暑いわよね。なら、こちらの水ようかんを頂こうかしら」

「ありがとうございます。こちら、五百ミリ程度の水分と一緒に食べると、より予防に効果的ですよ」


 夏の暑さが年々洒落にならなくなり、猛暑どころか酷暑がスタンダードになりつつある昨今、熱中症予防に水分と塩が必須というのは一般常識と化した。が、実は水と塩だけでは熱中症時に必要な電解質等の吸収が不十分であり、効率的な摂取のために糖分が重要だということは、あまり知られていない。塩分タブレット系がほんのり甘いのも、塩飴が有効とされているのも、糖分が重要だからなのだ。

 つむぎも知らなかったけれど、『飯母田製菓』の商品開発チーム(父の直弟子たちとはまた別の、採算を考えたお菓子を考えてくれる、経営陣の強い味方だ)は、毎年の酷暑をむしろチャンスとすべく、〝和菓子で熱中症対策〟というコンセプトで、夏和菓子を作ってくれていたらしい。その結果誕生したのが、〝砂糖四十グラムに塩三グラム〟という経口補水液配分で作った、その名も『塩餡』。餡子の材料がそもそも小豆と砂糖と塩なので、通常よりも塩の量を増やした餡子、という意味で、『塩餡』はまさに言い得て妙なのである。


「まぁ……」


 その塩餡で作った水ようかんを口に含んだ――あくまでも試供品、もとい〝熱中症対策〟と銘打って持ち込んだ品なので、水ようかんは大きめの使い捨てスプーンに乗せ、一口で食べ切れるように提供している――三条は、意外そうに目を見開いた。


「塩餡というくらいだから、塩の味が強いのかしらと思ったけれど、そうでもないのね。口に入れたときはようかんの優しい甘さが広がって、でも甘ったるくなり過ぎず、さっぱりした後味だわ。水分と一緒に食べると元気が出そう」

「お気に召されました?」

「飯母田製菓さんのお菓子はどれも美味しいけれど、夏和菓子も外れがないようだって、よく分かったわ」

「ありがとうございます。こちらはスタンダードな水ようかんですが、〝塩餡シリーズ〟はお中元や暑中御伺い、お盆のお供えなどに幅広く対応できるラインナップを取り備えていますので、またご興味があればネットショップをご覧ください」

「春にもらったQRコードから入れるお店ね。私、あれから気に入って、〝重ね飴〟の他にも色々と買わせてもらってるのよ」

「そうでしたか。それはお買い上げ、ありがとうございます」


 殊勝に頭を下げたつむぎだが、実は三条が〝お得意様〟なことは知っている。伊達にほぼ毎日、亘矢と売り上げレポート片手に営業会議はしていない。二年生になってから配り出したショップカードを通じてネットショップから商品を購入してくれた〝お客様〟は全員把握しているし、その中でもリピーターは要チェックし、販促の機会を逃さないよう注意しているのだ。三条相手にここまで丁寧な〝接客〟をしているのも、彼女がネットショップの常連であり、まごうことなき上客だからに他ならない。


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