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28:宴もたけなわ

 本日の主役であるティアを中心にして、席につく。何事かとティアは戸惑っていたが、君のための歓迎会だよと伝えると、気恥ずかしげに、でもとても嬉しそうに口元を綻ばせていた。


「さぁ、遠慮しないで召し上がれ。ティアに喜んでほしくて作った、『猪肉の特製ハンバーグ』だよ」


 食欲をそそる完成度の高い皿に、気後れして食べるのを躊躇うティア。冷めてしまってはせっかくの美味しさが半減してしまう。

 ティアが食べやすくなるようにと、俺が率先してひと口目をいただくことにした。


 隣に座る少女に見せ付けるようにして、熱々の煙を昇らせたハンバーグにナイフを差し込む。ナイフは抵抗なく肉を分断し、切り口からじゅわりと肉汁が溢れ出した。


 ひと口大に切り出したハンバーグをフォークで突き刺し、切り口にこれでもかとソースを絡ませる。溢れ出した肉汁とソースが混ざり合い、ソースの完成度を一段上に押し上げた。


 フォークを持ち上げると、たっぷりと絡ませたソースが皿に滴り落ちる。

 ティアのためにと作ったハンバーグだったが、これはこれはどうして。子供心をくすぐる美味な見た目に、立場を忘れて心が躍った。


 周囲の視線が俺の動きに集まるなか、口を開いて頬張る。咀嚼するたび肉が優しくほどけ、ひと噛みするたび、隠れていた肉汁が零れだした。野生の獣肉特有の臭さは感じられず、混ぜ込んだ玉ねぎの食感が心地よい。


 単純にステーキ肉を食べるよりも、肉を食ったという満足感が段違いだ。デミグラス風に作ったソースが、これまた猪肉によく合う。少量加えた醤油がいい仕事をしており、ほのかに和風っぽさを演出していた。


 バターを加えていない油気の少ないソースだったが、むしろちょうどよかった。牛肉と違い豚に近い猪肉のハンバーグは、肉の油が強く、さっぱり目のソースがよく合うのだろう。

 今回はデミグラス風だったが、和風おろしのソースだったら間違いなく最強だった。


「くそ、美味そうな匂いに我慢ならねぇ。俺も食うぜ!」


「ごめんね、ティアちゃん。シギがあまりにも美味しそうに食べるから、私ももう辛抱できないの!」


 主賓のティアを差し置いて、ガルグとシエラが先に食べ始めてしまった。肉を口に入れたときの、あのふたりの恍惚な表情といったらもう。


 ガルグに至ってはよほど好みに合ったのか、顎までヨダレが垂れてしまっている。まるで犬だな。あ、ガルグは狼の獣人だから犬だったわ。


「なにこれ!? おいっしー!!」


「おいシギ、おかわりを寄越せ! 俺の胃にはひとつじゃ足らんぞ!」


「ミファもおかわりを要求すル!」


 先走ったふたりに続き、気付けばミファもいつの間にか食べ始めていた。というより、ガルグ同様にもうすでに平らげてしまっている。


「ちょっと君たち、がっつきすぎだっての。おかわりはあとで。まずティアが食べてからね」


 その点、ちゃんとティアが食べるのを待ってあげているフィエリのなんとできたことか。……ごくりと生唾を飲む音が聞こえたから、頑張って我慢しているみたいだ。


「ティアちゃん、私たちもいただきましょうか? じゃないと、皆にとられちゃいますよ?」


 最初は様子を窺っていたティアも、周りの食べた反応を見て、ゆっくりと手を伸ばす。恐る恐るというよりかは、期待が溢れてといった感じである。


 拙い動きでハンバーグを切り分け、フォークに突き刺しじっと凝視。

 皆が絶賛するこの料理は、どれほど美味しいのだろう。ひと切れのハンバーグを見つめるティアの瞳からは、そういった並々ならぬ期待感が見て取れた。


 ティアは可愛らしい小さな口を目一杯に広げると、切り分けたハンバーグに勢いよく食いつく。


「――っ!! んぅ~~っ!!」


 恐らく初めて食べたのであろうハンバーグの味は、ティアにはとても衝撃的だったのだろう。手足を激しくばたつかせ、子供っぽく味わった感想を体で表現していた。

 それは声の出し方を忘れてしまったティアが、意図せずして言葉にならない声を漏らすほど。


「どうだ? ティア。美味しい?」


 俺の問いかけに対し、目を輝かせて何度も頷くティア。料理の美味しさに思わずティアは声を発したが、残念ながら喋るには至らなかった。

 けれどいい兆候だ。長期戦を見越していただけに、この様子だと思いのほか早くティアは言葉を取り戻すかもしれない。


 それに嬉しそうに頬張るティアの無邪気な顔を見れただけで、作った甲斐がある。料理はやっぱり、美味そうに食べてくれる人がいてこそだよね。


 味を知ってしまったが最後、皿の上が空になるまでティアの手が止まることはなかった。ちゃんと付け合せの野菜も食べており、好き嫌いはなさそうで安心する。


「よかったですね、ティアちゃん。……あ、口元にソースがついていますよ? 拭ってあげますから、じっとしててくださいね」


 そう言うとフィエリはナプキンを手にとり、ティアの口周りに付いた汚れを拭う。パッと見ではあまり歳の変わらなさそうなふたりだが、まるで親子のように思えてくる。


「おい、シギ。俺たちのことを忘れていやしないか?」


「おかわリー! はやクー!」


 前言通りティアが食べたため、待ってましたとばかりにおかわりを催促するガルグとミファ。行儀悪く皿を食器で叩き、耳障りな音楽を奏で始めてしまった。悪乗りしているのか、ガルグまでミファと一緒になってやっているのが意外だ。


「はいはい、わかったってば。すぐ用意してきてあげるから、静かになさい」


「こほん! ……シギ、私の分もお願いできるかしら?」


「シギ様、恥ずかしながら私もお願いできますか……? あ、でも決して、食い意地が張っているわけではありませんから!」


 やれやれと腰を上げると、シエラまで空になった皿を差し出してきた。さっきまでゆっくりと味わって食べていたはずなのに、もう平らげてしまったのか。


 便上してかフィエリもおずおずと空の皿を差し出し、控えめながらに要求。さらにまた便乗してティアも、頬をハムスターのように詰め込んだハンバーグで膨らませつつ、空いた皿を俺に差し出していた。


 ガルグあたりがたらふく食べると予想し、多めに用意しておいてよかった。シエラに手伝いを頼み、生のハンバーグを焼きに台所へ。

 焼きあがったものから順次、食卓へ運ぶ。


「言っとくけど、もうおかわりはないからね。さっきみたくがっつかず、次は用意したパンと一緒に食べなよ?」


 さすがに三個目は却下だと、先に釘を刺しておく。特にガルグに対しては念入りに。女性陣は心配せずとも、二個も食べればそれだけで限界だろうからね。




「――はぁ、美味しかった。ご馳走様、シギ」


 最後のひと口を食べ終えたシエラが、フォークを置いて満足気に食事の終わりを告げる。


「また作ってくれナー」


「もう、ミファったら。食べすぎでお腹がぽっこりになってるじゃない」


 窮屈なのか服をめくりあげ、だらしなく膨らんだ腹を露出させるミファ。フィエリがそんな彼女に対し、はしたないと苦言を呈した。


 なにせ自分の皿は当然として、別に用意しておいたパンすら綺麗さっぱりなくなっているのだから、これで満腹になっていなければやがては食料難まっしぐらである。


「げっふぅ……。やはり肉はいいな。特にシギが作った肉料理は、いくらでも腹に入る」


 妊娠何ヶ月目ですか? と問いたくなるほど、ミファ同様に腹を膨らませたガルグ。ひとり二個までとしていたはずなのに、しれっと四個も五個も食べちゃってさ。おかげで俺のおかわり分どころか、肉種としてスープの具に使おうと考えていた余剰分までなくなってしまったよ。まぁいいけどね。


「おっと、満足するのはまだ早いよ? 今日は特別。食後にとっておきの、手作りの甘いデザートを用意してあるからね」


 満腹感でだらけムードだったが、デザートと聞き全員がすぐに姿勢を正した。甘いものは別腹というからね、満腹であっても期待してしまうのは必然だよね。

 唯一ガルグだけは、さほど甘味に興味がないのかだらけたままだったけど。


 食器を片付けがてら、ひとり台所へ。水につけていた陶器に触れ、十分に冷えていることを確認する。

 あとは仕上げてとして、ソースを作って上からかければ完成だ。


 さっそくソース作りにとりかかる。といってもハンバーグ用のソースと違い、こちらはあっという間に出来上がる。


 濃い目に砂糖を溶かした水を、鍋に入れて弱火で過熱する。濃さは大体、水が1に対し砂糖が2ぐらい。砂糖水は沸騰するにつれどんどんきつね色に色づいてくるので、焦がさないように注意しながら鍋ごと回し、全体を満遍なく混ぜ合わせる。


 きつね色が濃い目の茶色……あめ色っていうのかな? とにかく色が濃くなりだしたら火からおろし、別で用意しておいたお湯を適量、加減を見ながら加えて混ぜ合わせる。鍋ごと冷水につけて熱をとったら、これで完成。

 味をみてもし苦味が強ければ、ハチミツを入れて甘みを調整すれば大丈夫。


 もはや言わずともおわかりだろう。作っていたソースの正体は、カラメルソース。そしてカラメルソースを要するデザートといえば……?

 そう、プリンである! もう一度言う、プリンである!!


 陶器の中で固まった黄色い表面に、冷えたカラメルソースを流し込む。残念ながら容器の都合上、ぷっちんはできません。平皿に盛れれば最高だったんだけど、仕方なし。


 黒く粘度のある液体が張った陶器を、スプーンと一緒に各人の前に並べていく。見た目の怪しさから不審がられるも、器から漂う甘く焦げた匂いには誰も抗えなかった。


「これはプリンっていう、卵を使ったデザートでね。これが嫌いって人は滅多にいないぐらい美味しいから、早く食べてみてよ!」


 俺の言葉に促され、女性陣が手にスプーンを握る。美味しいデザートと言われたら手を出さずにはいられず、カラメルソースが張った表面に匙が突き込まれた。柔い感触が匙を通して彼女たちの手に伝わり、持ち上げると優しい黄色の塊がソースを滴らせながら姿を見せる。


 掬い取った匙の上で、手の僅かな震えすら敏感に伝わり、ふるふると身を踊らせるプリン。ともすれば艶かしくも映る姿に、とうとう彼女たちは抗えなくなり、一斉に匙を咥え込んだ。


「はぁ~……。卵の味がしっかりと生きた、甘い味ねぇ」


「あ、私これ好きです。上にかかった黒いソースの、ほのかな苦味が堪りません。今日から大好物になりました」


「……お腹一杯のはずなのに、一瞬でなくなっタ。シギはミファを太らすつもりなのカ?」


「んぅっ……!」


 ティアも言葉は発せないものの、無我夢中で頬張る様子からして美味しいという感想はしっかりと伝わってくる。


「ふむ、ティアは喜んでいるみたいだな。どれ、ならば俺の分をやろう。遠慮せず食べるといい」


 ガルグは立ち上がると、ティアに自分の分のプリンを差し出す。ガルグなりにティアとの距離を縮めたいがための、いわば餌付けか。姑息な手だが、仲良くなるには悪くない方法だ。


 ティアは怯えながらも手を伸ばそうとするが、すぐに引っ込めてしまう。物欲しげな表情で、俺とガルグのプリンを交互に見やった。本当に食べていいのかどうか、俺の顔色を窺っているのだろう。


「いいよ、ティア。貰っておきな。ちゃんとガルグには感謝するんだよ?」


 俺からのお許しがでたことで、ぱぁっと華のような笑顔を咲かせるティア。彼女は恐々とガルグからプリンを受けとり、お礼の言葉代わりにぺこりと頭を下げた。


「いいなァ、ミファも欲しィー……。なぁ、ティア。ミファにもひと口――」


「おやめなさい!」


 指を咥え、物欲しそうにティアにおねだりをするミファ。すかさずシエラが、ミファの頭をはたいた。


 危険を察知したティアは、ミファに取られまいと彼女に背を向ける。椅子を動かして俺に密着し、ミファから隠れるようにしていそいそとプリンを平らげていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

いただいた感想、ブクマ、評価は今後の創作の励みになります。

引き続き、お付き合い願えれば幸いです。

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