26:安息の我が家
ミファとフィエリも家に呼び、住人を全員集合させる。揃ってから土産のお披露目と、保護したティアの紹介を行った。
「――という出来事がありまして、成り行きで面倒をみることになりました。心に大きな傷を受けたせいで声を出せなくなっているけれど、気持ちが落ち着けばそのうち喋れるようになると思う」
俺には専門的な心理カウンセリングの知識がないため、時間に頼るほかない。暖かく接していけば、そのうち自然と声を取り戻すだろう。
ティアの心の傷が癒えるのは明日か、もしくは数年後か。いつになるかわからないが、長い目で見守っていこう。
エルフ娘たちはティアと同性とあって、ガルグに対するような拒否を示さなかった。いや、ガルグの場合は恐い狼男の見た目が問題か。
彼女たちの中でも、とくにフィエリの落ち着いた雰囲気が合うらしく、俺を除いた誰よりも懐いている。逆にミファの活発さは苦手なようで、敬遠気味。執拗に構うミファに、戸惑ってすらいる。
帰宅してからは疲れがどっと押し寄せ、簡単に夕食を済ませると風呂にも入らず床に就く。その際ティアの寝る場所について悩んだが、本人たっての希望で一緒のベッドで寝ることに。
普段なら焦る場面なのだが、この日ばかりはさすがに疲れで判断力が鈍っていたのだと思う。
なんの違和感もなく同じベッドに潜り込み、泥のように眠った。後悔したのは、朝になってから。
目が覚めてすぐ視界に入った少女の寝顔に、一瞬で意識が覚醒する。同時に、腰の辺りに濡れた感触。
恐る恐る掛け布団をめくれば、シーツには大きな地図が描かれていた。慌てて自分の股間部分を確かめるも、こちらは濡れていない。粗相をしたのが俺ではなく、心底安心する。
地図を描いた犯人はティア。寝る前にトイレに行かせるのを忘れていたため、おねしょをしてしまったらしい。
慌てて気持ちよさそうに眠るティアを起こし、濡れた服を着替えさせる。泣き出すティアをあやしてから、同居人のガルグに手伝ってもらい汚れた寝具を洗濯。
朝から大仕事で、おかげで疲れちゃったな。介護の現場で使われていた防水シーツが欲しいと、今日ほど思った日はない。
朝の大騒動を乗り越え、朝食を済ませてから机に突っ伏す。食後のお茶代わりに、赤ポーションをちびちびと胃に流し込んだ。これさえ飲んでおけば、午後からはまた元気に動ける。
「朝から大変だったみたいね? ティアちゃん相手に間違いを起こさないか心配だったけれど、その様子なら杞憂みたい」
「あはは、身持ちは固いから安心してよ……」
心を病んでいる十五歳の少女に手を出すほど、俺は落ちぶれちゃいない。どうしても我慢ができなくなったら、そのときは町の娼館にお世話になるつもりでいるしね。
「世間一般の親御さんって、大変だよね。親という仕事に、休みはなしだもんね」
俺の姉の娘、つまりは姪っ子のことを思い出す。超がつくほど元気な子で、自力で立つようになってからは四六時中走り回っていた。
姪っ子は疲れ知らずで、幼子のくせして体力が底なし。会うたびいつも遊ぼうとせがまれたっけ。俺の体力が尽きてもお構いなしで、そんな姪っ子の面倒を毎日見ている姉夫婦には頭が下がる思いだった。
反面ティアは非常に大人しく、外で追いかけっこよりも室内で人形遊びに興じる類だろう。時々嫌な記憶を思い出しては泣き出すことを除けば、あまり手がかからない。
姪っ子を世話していたときの苦労を思えば屁でもないが、それでも子供の相手は心身が疲弊する。
「ミファのご両親も、いつも疲れた顔をしていたのを思い出したわ。あの子、昔から活発だったもの」
「あー……それは容易に想像がつくね」
ミファはたぶん、俺の姪っ子と同じかそれ以上だろう。暇があれば走り回り、体力が尽きるまで動き続ける。ひとときもじっとしていられないタイプだ。
「やんちゃな男の子たちですら、最後までミファに着いていける子はいなかったですから」
ソファに腰掛け、抱きかかえるようにして膝元にティアを座らせるフィエリ。
ふたりに似通った外見的な特徴はないはずなのに、どことなく姉妹に見えてくる。双方に共通するものがあるとすれば、おっとりとした性格と胸の大きさか。
「ふふ。ミファに比べてティアちゃんは、大人しくていい子ですね。本気で妹にしたいぐらいです」
フィエリは優しい手つきでティアの頭を撫で、ティアもまた目を細めて嬉しそうに受け入れている。
帰ってからも終始俺にくっついて離れないのでは、と不安だったが、ふたりの様子を見るに要らぬ心配だったな。
「むむむ……。皆がミファの悪口を言っていル……? ミファはとっても不快だゾ。だからガルグと遊んでくル!」
一連の会話を、俺の隣の席に座って聞いていたミファ。不機嫌そうに頬を膨らませ、ガルグがいる外に飛び出していってしまった。
「……そんなつもりはなかったんだけど、気を悪くさせちゃったかな?」
「放っておいていいわよ。外で走り回ってくれば、大抵のことは汗と一緒に流れちゃう子だから」
憂心を抱く俺に対し、平常運転のままお茶を飲むシエラ。フィエリからも心配した様子は見られず、ならいいかと気にしないことにした。
ティアのフィエリに対する懐き具合から、俺が離れても大丈夫そうだと判断し、子守を任せる。俺は俺で、やっておきたい作業があるからね。
シエラも残って面倒をみてくれるそうなので、ふたりならば安心できる。
「ティア。俺は外でお仕事をしてくるから、このお姉ちゃんたちと一緒にお留守番しててくれな?」
不安がらせないために、できるだけ優しく声をかける。ティアは悲しそうな表情を浮かべるも、フィエリがすかさず彼女を抱きしめる。おかげで泣かれずに済み、それどころかいってらっしゃいと小さく手を振ってくれた。
フィエリのおかげでティアがようやく俺の傍から離れ、やっとひと息つける。外に出てからこれでもかと体を伸ばし、大きく深呼吸をした。
……だって考えてごらん? 30を超えたおっさんが四六時中、出会って間もない年頃の女の子にくっつかれているんだよ? 事情を承知しているとはいえ、内心は緊張で気が休まらないって。
ひとときの身の軽さを得た俺は、アーガスさんの墓前に一日遅れで帰ってきた報告をする。
「あれ、花が添えてある。それに花で作ったの冠も……」
墓前に添えられた花は真新しい。俺が留守をしている間、誰かが俺に変わってお供えをしていてくれたのだろう。ありがたい。
思い当たる人物としては、フィエリかシエラ。あるいはふたりともかな。ミファには悪いけど、疎そうなあの子が率先して行うとは思えない。
手製の花の冠から、少なくともフィエリは間違いないだろう。
アーガスさんの墓前に挨拶を終えてから、本日のやるべき作業に取り掛かる。
アルファとベータ、それにガルグとミファにも手伝ってもらい、簡易ではあるが連れて来た二頭の牝牛のために牛舎を建てる。さらに敷地内で放牧のための区域を設け、木の柵で囲った。
深く考えず町から成牛を連れて来たため、有効利用できる敷地面積がかなり圧迫されてしまう。なので結界樹を外周沿いに植え、敷地の拡張を図る。
親樹となる結界樹から枝を数本拝借し、均等な間隔を空けて植樹。植えたらポーションをたっぷりと与え、成長を促しておいた。一朝一夕には育たないが、気長に待つとしよう。
ほかにも畑を拡張して、町で買ってきた作物の種や苗を植えたかったが、牛舎の設立と敷地の整備だけで日が暮れてしまった。
今日はもう時間が遅いためやむなく断念し、明日に回すとする。
家に帰ると、扉を開けてすぐにティアが飛び込んできた。油断していたため後ろに転びそうになるが、そこは気合で受け止める。
「おかえり、シギ。その子ね、ずっと窓から外で働くあなたを眺めていたのよ?」
「シギ様がいなくなられてから、寂しがっておられました」
「泣きそうになっていたのを、先に帰ったミファが構ってやったんだゾ」
お留守番をしていたティアが日中をどう過ごしていたのか、報告を受ける。といってもシエラから聞かされた通り、途中からはずっと、窓から外にいる俺を眺めていたそうだ。
話を聞かされ、ティアへの愛おしさが込み上げてくる。この気持ちはきっと、親が我が子に対して抱く感情なのだろう。
ティアを庇護すべき子供だと認識していた反面、恥ずかしながら年頃の異性という認識も同時に抱いていた。
両者をなかなかうまく割り切れずにいたのだが、今回の一件で随分と前者に比重が傾いたかな。
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