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25:家に着くまでが遠足です③

 ティアの扱いには結論が出せず、我が家に連れ帰ることとなった。


 ガルグの提案を受け、凄惨な現場となった近くで焚き火を熾し、狼煙を上げておく。狼煙はチアベリの町からでも見えるはずなので、確認のため人が送られるだろうとのことだ。


 ガルグの話では、ティアの両親は恐らく町の共同墓地に埋葬される。彼女が落ち着いたら、時期をみて墓参りに連れて行ってやろう。


 アルファとの待ち合わせた場所に着くと、辺りはすっかり暗くなっていた。俺の存在に気付いたのか、茂みから石の巨体が姿を見せる。

 ティアはアルファに対しても酷く怯えたが、大丈夫だと落ち着かせる。


 夜間に森に入るのは危険なため、家に帰るのは夜を明かしてから。野営地を決めてから『結界樹の枝』を植え、安全な領域を確保する。


 見張り役はアルファに一任した。しかし先の盗賊の一件があるので、アルファがいるからと気は抜けない。『結界樹の枝』の難点は、人に対しては意味をなさないところにある。

 ……もっとも、ガルグひとりに尻尾を巻く連中が、アルファの警戒網を突破できるとは思えないけどね。


 困ったのはティアの扱い。彼女は移動中も食事中も、寝るときですら片時も俺から離れようとしなかった。あまつさえ用を足すときでさえも、である。


 俺がするときは勿論なのだが、さすがにティアが茂みで用を足す状況には焦った。

 ティアは俺の年齢の半分にも満たない、まだ十五歳の女の子。離れないのは本人の意思といえど、犯罪感がとてつもない。配慮して距離をとろうとすれば泣き出すので、姿が見える場所に留まるしかなかった。


 目を閉じて耳を塞ぎ、必死に無心となるように努める。微かに聞こえてくる放水の音を、川のせせらぎだと自分に言い聞かせた。


 保護してからずっと、ティアはガルグとの間に必ず俺を挟んでいる。ガルグが少しでも近付こうものなら俺を盾にして怯え、不用意に話しかければ泣き出す始末。こんなにも恐がられてご愁傷様だよ、ガルグ。

 大人相手にガルグのいかつい姿は有利に働いていたが、子供を前にしては一転して不利に働くのね。


 ティアにとって、今日という日はあまりにも辛い出来事が起こりすぎた。態度には出さなかったがとても疲れていたらしく、横になるとすぐに寝入ってしまった。


 俺は傍らに眠る少女の髪を、優しく撫でる。癖がない、亜麻色の綺麗な髪だ。年頃の少女らしく髪は全体的に長めで、肩にかかるぐらい。顔は常に俯きがちなため、目元が前髪によってよく隠れていた。


 今は眠っていて閉じられているが、ティアの瞳は綺麗な青色をしている。童顔な顔つきで、背も小柄。なのに一部だけは、年齢以上に成長しているときた。


 見れば見るほど可愛らしい少女に、理性を保てるか不安になってくる。手を出したら犯罪だと何度も心の中で反復し、精神の安定を図る。


 今日一日を一緒に過ごしてみたが、ティアは精神的なショックから失声症だけでなく、幼児退行を起こしている節も見られる。どうも俺を、亡くした両親の代わりとして慕っているふうに思えた。


 だとすれば俺も彼女の期待に応え、父親として振る舞ってやらねば。俺も子供がいたっておかしくはない年齢だからね。

 来たるべき日のため、親の経験をしておくのは悪くない。……幼子にしては、十五歳の少女は些か大きすぎるけども。


 明くる日。我が家へと帰るために、難所である魔蝕の森へと踏み入れる。行きの頃と比べ、随分と大所帯になってしまったな。


 アルファとガルグには、魔物が襲ってきた際の排除役を任せた。ティアは荷車へ乗せ、俺が牝牛の手綱を引いて先導する。あまり距離が離れすぎるとティアが不安がるため、手綱は短めに。


 似た景色の連続で飽きたのか、がたごとと揺れる荷馬車の振動が逆に心地よかったのか。気付けばティアは小さな寝息を立て、安心しきった顔で眠っていた。

 体を丸め親指に吸いつきながら眠る姿に、男ながら母性をくすぐられ、庇護欲をそそられてしまう。反則過ぎる。


「――で、森に入ってからまだ一時間と経っていないのに、物騒な歓迎だね。ティアが寝入っててでよかったよ」


「前門の大熊、後門の黒狼か。珍しい組み合わせに遭遇したな」


 ガルグの言葉通り、俺たちを挟むようにして、前後に二種の魔物が立ちはだかっていた。


 前にはアムドウルススが、後ろには黒い狼ことダーティウルフが唸りを上げて立ち塞がる。どちらも敵意全開で、こちらを襲う気満々だ。

 ちなみにこのダーティウルフこそ、俺がこの世界に訪れたとき初めて遭遇した魔物である。


 異なる肉食の二頭が、協力して狩りを行うはずがない。互いに相手に獲物をとられまいと、早い者勝ちを狙って現れたのだろう。


「後ろの犬っころは任せな。俺ひとりで充分だ」


「頼んだ。アルファは前に出て、アムドウルススの相手をしてくれ」


 ガルグとダーティウルフによる世紀の狼対決は是非とも観戦したいが、生憎そんな余裕はない。

 アムドウルススのしぶとさは折り紙つきで、すでに身を持って知っている。なにせ頭に穴を空けられても動く怪物だ。


 目録を開き、『矢雨降らし』を選択して装備する。アルファと対峙して出方を窺うアムドウルススに、後方から先制で大量の矢の雨を見舞った。


 アムドウルススは器用に四本の腕を交差させ、襲い来る矢の雨から急所を守る。屈強な獣の腕にびっしりと、ハリネズミのごとく突き刺さる無数の矢。

 守りに徹して生まれた隙を衝き、アルファが突撃する。自慢である石の体で巨熊の体を押さえつけ、見事動きを封じてみせた。


 アムドウルススを組み伏せたアルファは、単眼を光らせて眉間に光線で穴を穿つ。普通なら死に至るはずの攻撃だが、アムドウルススに関しては絶対ではない。


 すぐさま倒れこんだアムドウルススに接近し、頭側に回り込む。無防備となった頭部に標準を向け、近い距離から矢を放った。


 本来なら広く拡散するはずの矢は、標的との距離の近さから極所に集中して突き刺さる。

 剣山を彷彿とさせる惨状。分身した矢が消滅し、あとには見るも無残なほど損壊したアムドウルススの頭部が残っていた。


 至近距離で散弾銃を当てた、というのが近い例えかもしれない。小さな肉片が付近に飛び散り、頭部でまともに残っている部位は口元ぐらい。

 つい、じっくりと観察しすぎた。あまりのグロさに、思わずえずいてしまう。


 さすがにタフなアムドウルススといえど、頭をここまで破壊されてしまえば即死。とはいえ前科があるので、念には念を入れ、アルファに心臓を潰させておく。ここまで徹底しておけばもう安心だろう。


「そっちも終わったみたいだな。アルファがついているから心配はしていなかったが、お互い無事でなによりだ」


「お疲れ様、ガルグ。同時に襲ってきたから焦ったけど、案外すぐ終わったね」


 ガルグは引き摺っていたダーティウルフの亡骸を放り投げ、アムドウルススの横に無造作に並べる。こちらは首がおかしな方向へと曲げられており、これはこれで不気味だった。


「どちらも単独で行動する魔物だ。仲間は潜んでいないだろうが、血の臭いにつられて別の魔物が寄ってくるやもしれん」


「だね。すぐにここから離れよう。……ティアが眠ってくれていて助かったよ、ほんと」


 もし起きていたなら間違いなく、恐怖で大泣きしていただろうことは想像に難くない。できればこのまま、森を抜けるまでは眠っていてもらいたい。


 悠長にしている余裕はないため、危険な森の中を休みなく進む。

 途中で疲れた体を癒すため、疲労回復の栄養剤として赤ポーションを飲んだ。普段はエルフ娘同様に遠慮をみせるガルグも、今回ばかりは躊躇わず飲み干している。


 遥か後方から、獣同士の争う雄叫びが聞こえた。放置しておいた死体の血の臭いに誘われ、寄ってきた魔物同士で獲物の奪い合いが発生したのだろう。


 付近の魔物はそちらに集中したのか、めっきり出会わなくなった。奇しくも遭遇した二頭のおかげで、楽に進めている。

 こちらにはティアに牝牛、重たい荷物を積んだ荷車があるため、ひっきりなしに襲われたのでは身が持たないからね。非常に助かる。


 残す距離が半分を切ったあたりで、迎えに出向いてくれたシエラとベータが合流。ガルグも肩の荷が軽くなったとばかりに、張り詰めていた緊張を少しばかり緩めていた。


 ほどなくして、安住の地である我が家に到着。帰路で思わぬトラブルに遭遇してしまったが、これにて遠足は終了である。

お読みいただき、ありがとうございます。

いただいた感想、ブクマ、評価は今後の創作の励みになります。

引き続き、お付き合い願えれば幸いです。

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