22:さしすせそのせ
部屋に邪魔になる荷物を置き、身を軽くしてからガルグをつれて町の大通りに出る。ずらりと商店が建ち並び、わずかな隙間にすら出店が開かれている。
町とはいえたかが知れているだろうと勝手に想像していただけに、この繁盛振りには目を見張った。
まずはひと通り、大通りを歩く。どんな商品が並んでいるか。欲しいものはあるか。限られた軍資金で、どこまで揃えられるかが俺の腕の見せどころだ。
不意にとても食欲を誘う香りが漂い、俺の意識を攫っていった。懐かしさを感じずにはいられない、焦がした芳ばしい香り。俺のよく知る、日本人ならば馴染みの深い調味料の香りだ。
「このいい匂いは、あそこの肉巻き串の屋台だな。細長く切った牛肉を『ショウユ』とかいうタレに漬け込み、串に巻きつけて焼くそうだ。俺も食べたことはないが、卑怯な匂いだよな」
「いやいやいや、卑怯ってレベルじゃないでしょ! それに『ショウユ』って、もしかしてもしかしなくてもあの醤油じゃないのかな!? 行こう、ガルグ! その肉巻き串、絶対に食べるよ!」
恐らくはこちらの世界での単語を、耳飾りが都合よく醤油と変換してくれたのだろう。漂う香りからして、まず間違いない。
ガルグに告げるや否や、俺は匂いを漂わせる屋台へ一直線にかける。屋台では青髭の似合うおっちゃんが、頭に捻り鉢巻を巻いて串を休みなく焼いていた。
肉巻き串は炭火の上で焼かれ、滴り落ちる肉汁が炭火に落ち、まるで胃袋を鈍器で殴るかのような強烈な匂いを生み出している。
「おじさん! その串焼きを四本……いや、十本もらえる!?」
「あいよ、いっぱい買ってくれて嬉しいねぇ。串焼き一本で銅貨8枚になるから、十本で銅貨80枚だ」
代金を聞く前から俺は財布に手を突っ込み、銀貨を差し出す。
お釣りをしまってから、焼きあがったばかりの串を十本受けとる。受けとった串焼きを両手に、こそこそと人目が少ない脇道に入った。半分の五本をガルグに手渡し、いざ実食だ!
「おぉ、こりゃ美味いな! 噛むたびに肉汁が溢れて、さすがは牛の肉だ! 炭火の香りもさることながら、セウユの焦げた匂いがまた堪らんな! これなら何本でも腹に入る……ん? どうした、シギ。……泣いているのか?」
「いや、うん。ちょっと故郷の味を思い出してね」
まさか屋台の串焼きを食べて泣く日がこようとは、夢にも思わなかった。
醤油ベースのタレにつけこまれた肉巻き串は、それはそれは俺の心を揺さぶった。心を震わす郷愁の味に、やはり日本人と醤油は切っても切り離せぬ仲なのだと痛感する。
まぁ、あえて文句をつけるとするならば、醤油の出来としてはいまいちかな。外国の企業が作った、安物の醤油感がする。日本の老舗企業が作る大豆醤油の偉大さを、あらためて思い知った。
とはいえ同じ醤油には違いなく、これは是非とも手に入れねばならない調味料である。有り金全てをはたいてでも、必ず入手してやるぞ。
屋台のおじさんに、醤油はどこで買えるかを尋ねる。すると調味料を扱う商店を教えてもらた。
ほかの店には目もくれず、一心不乱で教わったお店へ駆け込む。
ちょっと歳のいったお姉さんが店員を務めており、彼女に尋ねて念願の『ショウユ』を発見。醤油には種類がふたつあり、迷わずどちらも購入。原料となる材料が違うそうだ。
片方は大豆を原料とした、さっき俺たちが食べた串焼きにも使われていた『ショウユ』。そしてもう片方は、魚を原料とした『ギョショウ』である。
ギョショウはいわゆる、猟師町でお馴染みの魚醤。秋田のしょっつるとかが有名かな?
魚醤は独特の香りがあるが、逆にその癖のある匂いを好む人が多いのだとか。またその独特の香りは熱に弱く、火を通せば匂いが苦手な人でも食べれたりする。
業者向けの小樽入りを、それぞれひと樽ずつ購入。量が量なだけあって高くついたが、背に腹は変えられない。おかげで、今後の料理のレパートリーが増えることだろう。
店には胡椒も販売されていたため、合わせてこちらも購入。予想通りとてもお高かったため、買えたのはお試し程度のごく少量だけ。元の世界の歴史において、さすが金と等価と謳われた香辛料なだけある。
買ったのは黒胡椒と白胡椒の二種。あいにく生の実は手に入らなかったため、自家栽培は無理そうであった。
脇道に入って、購入した醤油たちを『収納巾着』にしまいこむ。……が、巾着の口よりも小樽が大きく、どう足掻いても入らなかった。破れては困るので、諦めて宿に置きに戻る。
続いて今度は、様々な作物類に手を伸ばす。ニンジン、ダイコン、キャベツ、ホウレンソウと、次々買いあさっていく。いずれも見た目こそ俺の知るものと若干異なるが、味が同じなら問題ない。
一定量買いこんでは、物陰に隠れて巾着の中へとこそこそしまいこむ。この繰り返し。
いったい何種類の作物を購入したのか、自分でもわからなくなってきた。畑に要する敷地の面積もそうだが、栽培に使用するポーションの数が足りるだろうか。
本日のお買い物はここで終了。外灯の乏しい世界では、日が沈み始めると商店が一斉に店じまいを始めてしまうのである。
この時間帯からが稼ぎ時とばかりに、飲食店が客引きを始めた。異世界の料理と酒に興味を惹かれたが、ガルグがいる手前入店はできなかった。入ろうとしても、ガルグだけ不当な扱いを受けるのは目に見えているからね。
ガルグ自身は気にせず食ってこいと言ってくれるが、さすがにそういうわけにはいかない。
こうなると見越して、先んじて屋台の料理をいくつか買いこんである。人通りの少なくなった公園のベンチに腰掛け、夕食としていただいた。
水代わりに買った葡萄酒が思いのほか美味く、久方ぶりのアルコールが身に染みる。
男ふたりで、かつ相棒はいかつい狼男。不穏な輩に絡まれないか不安だったが、杞憂に終わって少しがかっかりである。
明くる日は乳牛を求め、郊外の酪農家を何件か訪ねてまわった。事前に魔物の素材をいくつか売り、軍資金は確保済み。
話を聞いてまわり売ってもいいという人をようやく見つけ、年頃の健康な牝牛を二頭譲り受ける。繁殖のため雄牛も欲しかったが、連れ帰る手間を考えて今回は二頭だけで断念。次回に持越しである。
町を離れる際に受けとる約束を交わし、今日一日は牝牛を預けておく。なお、きっちり一日分の世話代を請求された模様。
賑わう大通りに戻ってからは、運搬用の荷車を物色する。巾着では収納できない、大きな荷物を持ち帰るのに必要となるからね。
大きな荷物とは、主に小麦粉の入った袋。ひと袋20キロは入っており、四袋購入した。別で麦も
買ってあるので、帰ったら植えるつもりでいる。今後は我が家の食卓に、パンが並ぶだろう。
なお一般市民の間では全粒粉が主流らしく、皮や胚芽を取り除いた真っ白なものは出回っていなかった。白い小麦粉は身分が高い者たちの嗜好品で、この規模の町では取り扱っていないそうな。
ほかにも布地や糸といった裁縫の材料、植物由来の油を買い込み、大体の目的は達成した。買った荷物を宿に預け、最後は町の中を観光する。
俺は海外旅行をしたことがないが、西洋の町並みはきっとこんな感じなのだろう。
なんだかんだで楽しかった買出し遠足も、いよいよ終わり。預けている牝牛を受けとり、早朝に町を発つ。
醤油という思わぬ収穫があり、大満足だ。買い込んだ物資を手に、いざ帰りを待つエルフ娘たちのもとへ!
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