第97章 学園騎士団の結成
北境第二防衛線。
夜明け前の空に、無数の魔術光が走っていた。
ドォォォン!!
魔王軍の砲撃が城壁を直撃する。
王国軍の魔術師たちが防御障壁を張り、騎士たちは崩れた陣地の修復を急いでいた。
レオン・アルセリアは、城壁の上から敵軍を見つめていた。
レオン「……まだ増えてるのかよ」
見渡す限り、魔王軍の旗が並んでいる。
前日までの戦闘で双方に多くの死傷者が出ていた。
それでも、敵の攻撃は止まらない。
フィオナ「レオン! 司令部から連絡が来たよ!」
レオン「どうした?」
フィオナ「西方と東方の退路が、もうほとんど塞がれてるって!」
レオン「……まずいな」
ルミナ「敵軍の魔力反応も増加しています。西方から新たな部隊が接近中です」
レオン「……包囲を完成させるつもりか」
そのとき。
ゴゴゴゴ……!
地面の奥から、あの不気味な振動が伝わってきた。
レオン「……また地下かよ!」
ルミナ「古代施設の活動が継続しています」
フィオナ「本当に、次から次へと……!」
北境では、人間と魔族の戦争に加え、地下で何かが起きようとしていた。
そして、その異変が戦場をさらに混乱させていた。
アルセリア辺境軍司令部。
地図の上には、赤い駒が王国軍の陣地を取り囲むように配置されていた。
副官「閣下。西方の敵軍が後方街道に到達しました!」
アルセリア辺境伯「東方は?」
副官「別働隊が南下中です。このままでは両軍が合流します!」
アルセリア辺境伯「……時間がないな」
辺境伯は地図の一点を指した。
アルセリア辺境伯「ここだ。敵中央と西方軍の接合部を突く」
副官「突破戦を行うのですか?」
アルセリア辺境伯「包囲が完成する前に退路を開く。精鋭騎士団を集めよ」
副官「はっ!」
レオンも先鋒の支援を命じられた。
アルセリア辺境伯「レオン。お前の剣で敵の陣形を崩せ。ただし、突出するな」
レオン「はい、父上」
アルセリア辺境伯「目的は敵将の討伐ではない。退路の確保だ」
レオン「分かりました」
フィオナは負傷者の搬送を指揮し、ルミナは防御と魔力探知で支援する。
こうして王国軍は、最後の突破作戦を開始した。
夜明け。
王国軍の精鋭が一斉に前進した。
王国騎士「突撃!」
魔族兵「敵の反撃だ! 防げ!」
剣と槍が激突する。
俺は先頭近くで剣を振るった。
レオン「……そこを通してもらう!」
ギィィン!
魔族の重装兵が構えた盾を斬り裂き、敵の隊列に隙間を作る。
王国騎士「レオン様が道を開いたぞ!」
王国騎士「続け!」
だが、敵も簡単には崩れない。
次々と増援が投入され、突破口が狭まっていく。
そのうえ、再び地面が震えた。
ドガァァァン!!
山腹の一部が崩れ、王国軍の進路へ岩石が降り注いだ。
レオン「……くそっ!」
後方では、フィオナが輸送隊を指揮していた。
フィオナ「馬車を止めて! 崖から離れて!」
ルミナ「防御障壁を展開します」
透明な障壁が、落下する岩石から負傷兵たちを守る。
しかし、道そのものが塞がれてしまった。
さらに、魔王軍の増援が接近する。
王国軍の突破は失敗に終わろうとしていた。
アルセリア辺境伯「……全軍、後退!」
レオン「父上! まだ戦えます!」
アルセリア辺境伯「レオン。ここで兵を失えば、守るべきものも守れん」
厳しい声だった。
レオン「……分かりました!」
俺は剣を握り直し、撤退する味方の殿を務めた。
正午。
魔王軍中央本陣。
ヴァルガスのもとへ、伝令が駆け込んできた。
魔族伝令「将軍! 西方軍と東方別働隊が合流しました!」
ヴァルガス「……よし」
魔族伝令「王国軍主力の退路を遮断しました!」
ヴァルガスは静かに頷いた。
ヴァルガス「各軍、包囲陣地を固めよ。無理な突撃は禁じる」
魔族副官「総攻撃は行わないので?」
ヴァルガス「敵はまだ戦力を残している。追い詰められた軍を甘く見るな」
そして、地図の南側を見つめた。
ヴァルガス「……王国は必ず救援軍を送る。そちらへの備えも必要だ」
通信魔導具から、ヴェルセリアの声が響く。
ヴェルセリア「ヴァルガス将軍。西方軍の配置が完了しました」
ヴァルガス「おう、ヴェルセリア。よくやった」
ヴェルセリア「ありがとうございます。ですが、王国軍はなお勇敢に抵抗しております」
ヴァルガス「そうだろうな。簡単に降伏する連中じゃねえ」
ヴェルセリア「それでも、降伏勧告は必要と考えます」
ヴァルガス「分かってるさ。戦わずに決着するなら、それに越したことはない」
ヴェルセリア「感謝いたします」
ヴァルガス「……ったく。お前には敵の兵まで大事に見えるんだな」
ヴェルセリア「戦う相手だからこそ、敬意を失いたくはありませんもの」
ヴァルガスは小さく笑った。
ヴァルガス「相変わらずだな、竜の姫様」
こうして魔王軍の包囲網は完成した。
アルセリア辺境伯軍は、ついに敵中へ取り残されたのである。
一方、そのころ。
セレスティア王立学院。
学院の魔術研究会では、朝から異様な熱気が漂っていた。
中央には、一領の美しい魔導鎧が置かれている。
古代遺跡から回収された魔導装備をもとに、長い研究と改良を重ねてきた強化鎧。
その名は――。
《アーマードクラリッサ》。
マリアベル「みんな! ついに完成したわ!」
研究会の部長、マリアベル・クレインが誇らしげに宣言した。
クラリッサ「うおおっ! やったじゃん!」
リリアーナ「歩行制御、出力制限、緊急停止機構。すべて正常です」
マリアベル「そう! あの暴走騒ぎから、ようやくここまで来たのよ!」
そこには、エリシア、ヴィクトリア、カグラ、アーヴェル、セシリア、ソフィアたちも集まっていた。
エリシア「本当に完成したんですね!」
ヴィクトリア「以前は、まともに停止させることすら難しかったのではなくて?」
マリアベル「だから改良したのよ!」
カグラ「……今度は壁に突っ込まない?」
クラリッサ「突っ込まないって!」
リリアーナ「その問題は解決済みです」
マリアベル「ふふん! 今日は正式な模擬戦を行うわ!」
なお、回収された古代鎧は全部で二十領。
そのうち実際に起動できるのは、依然としてこの一領だけだった。
残る十九領は、まだ修復の見通しが立っていない。
学院の大訓練場。
模擬戦の審判を務めるのは、騎士科主任セルジュ・ヴァレンタインだった。
セルジュ「双方、準備はよいか!」
クラリッサ「いつでも!」
対戦相手は、アーヴェルとカグラ。
二人を相手に、《アーマードクラリッサ》の実戦能力を確認する。
アーヴェル「手加減はしねえぞ、クラリッサ!」
クラリッサ「あたしだって、そのつもりじゃん!」
カグラ「……油断は禁物」
セルジュ「それでは、始め!」
アーヴェルが正面から踏み込んだ。
ガキィン!
鋭い一撃が、クラリッサの装甲へ直撃する。
しかし。
クラリッサ「へへっ! 効かないね!」
アーヴェル「……硬すぎるだろ!」
クラリッサは強化された脚力で地面を蹴る。
ドンッ!
凄まじい勢いで前進し、大剣を振るった。
アーヴェル「うおっ!?」
アーヴェルは寸前で回避する。
その背後から、カグラが素早く接近した。
カグラ「……背後」
クラリッサ「見えてるって!」
鎧の補助機構が作動する。
クラリッサは身体を回転させ、カグラの訓練剣を受け流した。
キィンッ!
カグラ「……反応が速い」
クラリッサ「まだまだ!」
しかし、二人はすぐに連携を切り替えた。
アーヴェルが正面から攻撃を仕掛け、その隙にカグラが側面を狙う。
装甲の防御力が高くても、複数方向からの攻撃を完全に防げるわけではない。
クラリッサ「くっ……やるじゃん!」
彼女は無理に追撃せず、一度距離を取った。
そして、魔力を大剣へ集中させる。
クラリッサ「それなら、こっちも!」
炎が剣を包んだ。
クラリッサ「いっけええっ!」
訓練用に威力を制限された炎の斬撃が、二人の間へ放たれる。
ドォン!
模擬戦用の障壁が光った。
アーヴェル「……おいおい!」
カグラ「……かなり厄介」
その直後、セルジュが手を上げた。
セルジュ「そこまで!」
クラリッサは攻撃を止めた。
鎧の魔力出力が、滑らかに低下していく。
リリアーナ「緊急停止機構、正常です」
マリアベル「やった……!」
セルジュはクラリッサの装備を確認した。
セルジュ「防御、機動、出力制御、いずれも良好だ。模擬戦の結果としては合格とする」
クラリッサ「よっしゃああっ!」
訓練場に歓声が響いた。
長い開発期間を経て、ついに《アーマードクラリッサ》は完成したのである。
ただし、あくまで一領。
その実戦での運用には、慎重な判断が必要だった。
そのとき。
訓練場の扉が開いた。
学院職員「緊急連絡です!」
歓声が止まる。
学院職員「北境のアルセリア辺境伯軍が、魔王軍によって包囲されたとの報告が届きました!」
エリシア「……え?」
ヴィクトリア「なんですって……!?」
クラリッサ「……レオンたちは!?」
学院職員「詳細は確認中ですが、レオン・アルセリア様も包囲された陣地の内側にいらっしゃるとのことです!」
沈黙が広がった。
エリシアは胸元で両手を握りしめた。
エリシア「……レオン様……」
アーヴェル「……くそっ!」
カグラ「……救援が必要」
ソフィア「フィオナさんも、ルミナさんも……」
ヴィクトリアは静かに顔を上げた。
ヴィクトリア「皆さん。まだ、できることはありますわ」
クラリッサ「……ああ!」
クラリッサは完成した鎧を見つめた。
クラリッサ「あたしたちだって、戦える!」
王都、王宮。
王国軍首脳部による緊急軍議が開かれていた。
王国軍将軍「北境の主要防衛軍が包囲されました。このままでは、アルセリア辺境伯領の防衛が崩壊する恐れがあります!」
王国重臣「至急、援軍を送れ!」
王国軍将軍「すでに諸侯軍への動員命令を出しております」
王国軍は、北境を救援するための大規模な軍勢の編成を開始した。
正規軍。
近隣諸侯の騎士団。
魔術師部隊。
後方支援部隊。
さらに王国各地から、物資と医薬品が王都へ集められ始める。
王国軍将軍「包囲軍の外側から攻撃を加え、アルセリア辺境伯軍との合流を目指します」
王国重臣「王立学院の協力も必要ではないか?」
王国軍将軍「すでに学院へ要請を送っております」
王国は、ついに総力を挙げての解囲作戦へ踏み出した。
セレスティア王立学院、大講堂。
選抜された生徒たちの前には、三人の教師が立っていた。
騎士科主任、セルジュ・ヴァレンタイン。
魔術理論と精神制御を担当するセレフィア・ルナリエ。
そして、学院の保健医ミレイユ。
セルジュ「諸君。王国軍から正式な協力要請が届いた」
講堂が静まり返る。
セルジュ「北境のアルセリア辺境伯軍は、現在、敵軍に包囲されている」
セレフィア「北境には、多くの負傷者や避難民がいます。戦闘だけでなく、救護にも人手が必要です」
ミレイユ「負傷兵の治療って、思ってるよりずっと大変なんだよね。薬も包帯も、人手も足りなくなるから」
セルジュは集まった生徒たちを見渡した。
セルジュ「学院からは、選抜された生徒を中心に臨時の学園騎士団を編成する」
アーヴェル「……学園騎士団、か」
セルジュ「私が指揮を執る。セレフィア先生は魔術部隊の統括、ミレイユ先生は救護班の責任者となる」
セレフィア「皆さんの安全も、私たちの責任です」
ミレイユ「無茶した子は、すぐ治療所送りだからねー」
緊張していた生徒たちの間に、僅かな笑いが生まれた。
だが、セルジュの表情は真剣だった。
セルジュ「これは学院の実習ではない。実際の戦争だ」
その言葉が、全員の胸に響いた。
セルジュ「参加する者は、王国軍の命令と学院騎士団の規律を守れ。独断行動は認めん」
そして、正式な編成が発表された。
セシリア・ヴァルシュタインは、学生側の剣士たちをまとめる役目を担う。
アーヴェル、カグラは前衛と警戒。
エリシアとヴィクトリアは魔術支援。
クラリッサは《アーマードクラリッサ》を装備し、突破支援と負傷者救助を担当する。
リリアーナとマリアベルは、魔導装備の管理と技術支援。
ソフィアはミレイユの指揮下で救護班に参加する。
セルジュ「諸君の力が必要だ。だが、一人で英雄になろうとするな」
セシリア「承知しました。学生たちの指揮はお任せください」
クラリッサ「任せてください! 絶対にレオンたちを助けます!」
アーヴェル「俺も行く。あいつに借りを返してねえからな」
カグラ「……全員で帰る」
ヴィクトリア「当然ですわ。誰一人、置いていくつもりはございません」
エリシア「……はい!」
こうして、三人の教師に率いられる臨時のセレスティア学園騎士団が誕生した。
その夜。
学院の訓練場では、出陣に向けた準備が続いていた。
クラリッサは完成した《アーマードクラリッサ》の前に立っていた。
マリアベル「……本当に行くのね」
クラリッサ「もちろん!」
リリアーナ「装備の予備部品は限られています。破損した場合の修復には時間が必要です」
クラリッサ「分かってるって!」
マリアベル「いい? 無理な連続稼働は禁止よ。せっかく完成したんだから!」
クラリッサ「へへっ。ちゃんと使いこなしてみせる!」
エリシアも鎧へ視線を向けた。
エリシア「……これが、レオン様たちを助ける力になるんですね」
クラリッサ「ああ!」
ヴィクトリア「ですが、鎧一つで戦争が終わるわけではありませんわ」
クラリッサ「分かってるよ。だから、みんなで行くんじゃん!」
その言葉に、仲間たちは静かに頷いた。
北境第二防衛線。
包囲された王国軍陣地。
俺は城壁から、周囲に広がる魔王軍の陣地を眺めていた。
北にも、西にも、東にも。
敵軍の灯火が続いている。
レオン(……本当に囲まれたんだな)
その隣に、フィオナがやってきた。
フィオナ「……レオン」
レオン「フィオナ。休まなくていいのか?」
フィオナ「あんたこそ。さっきまで戦ってたでしょ?」
レオン「……まあな」
フィオナ「ふふっ。ほんと、昔から変わらないね」
レオン「何が?」
フィオナ「困ったときほど、一人で何とかしようとするところ」
レオン「……そんなつもりはないんだけど」
フィオナ「じゃあ、ちゃんと頼ってよ。私たちだっているんだから」
ルミナも静かに歩み寄ってきた。
ルミナ「レオン様。外部との通信が一部回復しました」
レオン「本当か?」
ルミナ「はい。王都へ救援要請が届いたことを確認しました」
フィオナ「……よかった!」
レオン「……そうか」
胸の奥に、小さな希望が灯った。
まだ救援軍が来ると決まったわけではない。
それでも、王都に俺たちの状況が伝わった。
レオン「……あとは、持ちこたえるだけだな」
フィオナ「うん。絶対、諦めないよ」
ルミナ「私も、防衛と救護を継続します」
三人は、遠くの敵陣を見つめた。
一方、王都。
王国の各地から集結する軍勢が、解囲作戦の準備を進めていた。
そして、その一角には、セレスティア学園騎士団の旗も掲げられていた。
セルジュ「出陣準備を進めろ! 王国軍との合流予定を確認する!」
セレフィア「皆さん、必要な魔力回復薬を忘れないでくださいね」
ミレイユ「怪我人を助けに行って、自分たちが先に倒れちゃ駄目だからねー」
クラリッサ「あたしの準備は完璧!」
アーヴェル「……その鎧で馬車を壊すなよ」
クラリッサ「壊さないって!」
カグラ「……少し心配」
ヴィクトリア「本当に大丈夫なのでしょうね……」
エリシア「ふふっ……」
ほんの一瞬だけ、いつもの学院の空気が戻った。
だが、全員が理解していた。
これから向かうのは、本当の戦場なのだ。
エリシアは北の空を見つめた。
エリシア「……レオン様。必ず、助けに行きます」
完成した《アーマードクラリッサ》。
三人の教師に率いられる学園騎士団。
そして、王国が総力を挙げて編成する解囲軍。
北境で包囲された王国軍を救うため、ついに王国全体が動き始めた。
だが、魔王軍もまた、救援軍の到来を予測していた。
包囲する者。
包囲された者。
そして、包囲を破ろうとする者たち。
三つの軍勢が激突する、新たな戦いが始まろうとしていた。




