第92章 辺境からの召集
王立セレスティア学院、魔術研究会。
俺――レオン・アルセリアは、目の前の古代魔導鎧を眺めていた。
人体に沿うように組み合わされた金属装甲。関節には魔力駆動式の補助機構が備わり、装着者の動作を増幅する仕組みらしい。
古代遺跡から発掘された二十体のうち、試験稼働に成功したのはまだ一体。
その名も《アーマードクラリッサ》。
……命名者については、今さら説明する必要もないだろう。
マリアベル「さあ! 今日は駆動制御の再調整よ!」
クラリッサ「よーし! 今度こそ思いっきり動かすぞ!」
マリアベル「全力駆動は禁止! 昨日説明したでしょう!」
クラリッサ「えーっ!」
リリアーナ「現在の安全出力は三割です。超過すると停止機構に負荷がかかります」
レオン「ほら、ちゃんと部長の言うことを聞けって」
マリアベル「そうよ! 歴代の研究会が守ってきた貴重な装備なんだから!」
北境での戦いが始まって以来、学院には重苦しい空気が漂っている。
だが、魔術研究会は研究を止めなかった。
いつかこの装備が、戦場で人命を救う力になると信じているからだ。
そのときだった。
扉が勢いよく開いた。
アーヴェル「レオン。お前を探していた」
レオン「どうした?」
アーヴェルは、一通の封書を差し出した。
アーヴェル「アルセリア辺境伯から、正式な召集状が届いている」
レオン「……え?」
見慣れた家紋。
俺の実家からだった。
封書を開く。
『レオン。
北境の戦況は依然として厳しい。
魔物の異常行動と古代遺跡の変動について、王国軍は調査と防衛を進めている。
お前の剣と魔力制御が必要だ。
学院の許可を得て、速やかに辺境軍司令部へ参集せよ。
ガルディアス・アルセリア』
……。
レオン(……マジかよ)
俺は平穏な学院生活を望んでいただけなのに。
どうしてこうなるんだ?
アーヴェル「学院側も正式に許可した。今回召集されたのはお前一人だ」
エリシア「レオン様が、お一人で……?」
ヴィクトリア「危険ですわ! 北境では今も戦闘が続いているのでしょう!?」
クラリッサ「あたしも行く!」
カグラ「……同行したい」
レオン「いや、今回は俺だけだよ」
アーヴェル「俺たちには王都での役割がある。補給と研究を止めるわけにはいかない」
マリアベル「そのとおり! 私たちは古代鎧の実用化を進めるわ!」
リリアーナ「魔力回路の改良も続けます」
ソフィア「私は治療薬をもっと用意します」
皆が、それぞれにできることを考えている。
レオン(……俺も、逃げてる場合じゃないか)
翌朝。
王都北門。
俺は旅装を整え、剣を腰に差していた。
ところが、門の前に到着した瞬間、足が止まった。
レオン「……何だ、この人数?」
そこには、予想以上に多くの学院生が集まっていた。
エリシア、ヴィクトリア、クラリッサ、カグラ、リリアーナ、アーヴェル、ソフィア、ジェイド、マリエッタ。
さらに、授業や実習で顔を合わせたクラスメイトたち。
以前、模擬戦で剣を交えた同級生や、剣術部の先輩たちまでいる。
その先頭に立っていたのは、淡い灰金色の髪を持つ凛々しい女性だった。
セシリア・ヴァルシュタイン先輩だ。
セシリア「レオン。出発すると聞いてな」
レオン「セシリア先輩まで……」
セシリア「剣術部の仲間が戦地へ向かうんだ。見送りくらい当然だろう」
剣術部員「北境でも、その剣を存分に振るってください!」
クラスメイト「無事に帰ってこいよ、レオン!」
別のクラスメイト「ルミナにもよろしく頼む!」
レオン(……俺、こんなに知り合いがいたのか?)
前世では引きこもっていた俺が、大勢の人に見送られるなんて。
人生、分からないものである。
エリシア「レオン様。こちらをお持ちください」
差し出されたのは、丁寧に束ねられた手紙だった。
エリシア「皆さんから、ルミナさんとフィオナさんへのお手紙です」
レオン「……こんなに?」
ヴィクトリア「ルミナさんには、無茶をせず休息を取るようにお伝えなさい!」
クラリッサ「フィオナさんにもよろしく! 怪我してるんだから、無理するなって!」
カグラ「……二人とも、生きて帰るように」
ソフィア「傷薬も用意しました。どうか、お二人に渡してください」
リリアーナ「ルミナさんには、転移魔法の負担軽減を研究中だと伝えてください」
マリアベル「私たちも古代鎧の改良を続けるわ! 次に会うときは、もっと役立つ装備にしてみせる!」
セシリア「レオン。強い剣士ほど、生き残るための判断を忘れてはならない。覚えておけ」
レオン「……はい」
アーヴェルが一歩前へ出た。
アーヴェル「レオン。お前が北境で戦うなら、俺たちは王都を守る。だから、安心して行け」
レオン「……ありがとう」
ヴィクトリア「もちろん、あなた自身も無事に戻らなければ許しませんわよ!」
クラリッサ「そうそう! 帰ってきたらまた勝負だからね!」
レオン「……結局そこかよ!」
笑い声が上がった。
俺は手紙と薬を大切に荷物へしまい、皆に向き直った。
レオン「じゃあ、行ってくる!」
大勢の声に見送られながら、俺は北へ向かって歩き始めた。
王都を離れ、北方街道を進む。
旅の途中、戦争の爪痕を何度も目にした。
焼け落ちた家屋。
捨てられた荷車。
疲れた顔で南へ向かう避難民。
北境では魔物の大規模暴走が発生し、多くの死傷者が出ている。
しかも、魔物たちの行動は一様ではないらしい。
何かから逃げるように南下する群れ。
独自に行動する部族。
そして、明らかに統率された集団。
魔王の関与を疑う声もあるが、すべての異変の原因が判明したわけではない。
レオン(……思っていたより、ずっと大変なことになってるな)
俺は荷物の中の手紙に触れた。
レオン(……ルミナとフィオナに、ちゃんと届けないとな)
そのときだった。
ふいに、森が静まり返った。
鳥の声が消える。
風が止まる。
そして、異様な魔力が肌を撫でた。
レオン(……何だ?)
街道の先。
そこに、一人の少女が立っていた。
艶やかな真紅の衣装。
人形のように整った顔立ち。
血のように赤い瞳。
少女は俺を見つけると、花が開くように微笑んだ。
真紅の魔導人形「あら……ようやく会えたのね、レオン・アルセリア」
レオン「……誰だ、お前?」
真紅の魔導人形「ふふっ。そんなに怖い顔をしないでちょうだい」
甘く、澄んだ少女の声。
だが、その身体から感じる魔力は、人間のものではなかった。
真紅の魔導人形「ねえ、あなたの剣……少し見せてもらえないかしら?」
レオン「悪いけど、急いでるんだ。道を空けてくれないか?」
真紅の魔導人形「あら、つれないのね。でも……」
少女が白い指先を持ち上げる。
真紅の魔導人形「私、どうしても確かめたいの」
赤い魔法陣が浮かび上がった。
ドォォン!
赤い魔力の槍が街道を貫いた。
俺は反射的に地面を蹴り、攻撃を回避する。
レオン「いきなり何すんだよ!」
真紅の魔導人形「ふふっ。上手に避けるのね」
少女は楽しそうに微笑んでいた。
真紅の魔導人形「やっぱり、あなたって面白いわ」
次の瞬間、少女の姿が消えた。
いや、違う。
異常な速度で接近している!
キィィン!
俺の剣と、少女が作り出した真紅の魔力刃が激突した。
レオン(……重い!)
剣聖スキルが危険を告げる。
普通の魔物とは比較にならない。
攻撃速度、魔力密度、動作の正確さ。
すべてが異常だった。
真紅の魔導人形「あら、受け止めたのね。すごいじゃない」
レオン「……褒めても何も出ないぞ!」
少女は軽やかに後退する。
その周囲に、六つの赤い魔法陣が展開された。
真紅の魔導人形「それじゃあ、これはどうかしら?」
無数の光線が放たれる。
俺は身体を捻り、最小限の動きで避け続けた。
背後の木々が砕け散る。
レオン(……冗談じゃない!)
こいつ、明らかに俺を試している。
だが。
レオン(……こっちだって、やられっぱなしじゃないぞ!)
俺は踏み込んだ。
真紅の魔導人形「ふふっ。いいわ、来てちょうだい」
剣を振るう。
しかし、少女の前に赤い障壁が展開された。
ガキィン!
刃が弾かれる。
真紅の魔導人形「あら、残念。その障壁は簡単には破れないのよ?」
レオン「……そうかよ!」
俺は距離を取り、呼吸を整えた。
少女の障壁を観察する。
魔力は複雑な経路を巡り、何重にも防御を形成している。
普通なら、力任せに破壊するしかない。
だが。
レオン(……接続部分がある)
剣聖スキルの観察眼。
そして、魔力制御精度99.87という、この身体の異常な適性。
それらを組み合わせれば。
レオン(……いけるか?)
少女が首を傾げた。
真紅の魔導人形「どうしたの? もう疲れてしまったのかしら?」
レオン「いや」
俺は剣を構え直す。
レオン「ちょっと考えてただけだ」
真紅の魔導人形「あら、何を?」
レオン「お前の障壁を、どう斬るかってことを!」
一気に踏み込む。
少女は余裕の笑みを浮かべた。
真紅の魔導人形「ふふっ。無理よ、レオン。その障壁は――」
最後まで言わせなかった。
俺の剣が、障壁の魔力接続点を正確に捉える。
キィィィン!!
甲高い音が響いた。
赤い障壁に亀裂が走る。
そして。
パァァン!
障壁が砕け散った。
真紅の魔導人形「……え?」
少女の笑みが消えた。
真紅の魔導人形「うそ……今、何をしたの?」
レオン「……斬っただけだけど?」
真紅の魔導人形「そんな……あの障壁を、一度で見抜いたというの……?」
赤い瞳が大きく見開かれる。
真紅の魔導人形「まさか……あなた、本当にそこまで強いの……?」
驚いている。
本気で。
だが、俺はその隙を逃さなかった。
レオン「はああっ!」
剣聖の技量を極限まで引き出す。
魔力を剣先へ集中。
無駄な動作をすべて削ぎ落とした、一閃。
真紅の魔導人形「あっ……!」
ザシュッ!
刃が、少女の胸部に隠された中核を貫いた。
赤い光が弾ける。
少女の身体に亀裂が走った。
真紅の魔導人形「……そんな……」
その身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
真紅の魔導人形「私の演算を……上回ったの……?」
レオン「……終わりだ」
少女は俺を見上げた。
驚きに満ちた瞳。
そして、どこか嬉しそうな微笑み。
真紅の魔導人形「ふふっ……本当に、驚いたわ」
レオン「……何がおかしい?」
真紅の魔導人形「だって……あなた、私が思っていたより、ずっと強いんだもの」
その声に、先ほどまでの余裕はなかった。
偽りのない驚きだった。
少女の胸元から、赤い光が漏れ始めた。
レオン「……おい?」
真紅の魔導人形「この身体は、もう駄目みたいね」
レオン「何をする気だ?」
真紅の魔導人形「ふふっ。そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
少女は小さく微笑んだ。
真紅の魔導人形「でも……あなたのこと、もっと知りたくなっちゃった」
レオン「……は?」
真紅の魔導人形「次に会えたら、またお話ししましょうね」
レオン「……次?」
少女は答えなかった。
代わりに、内側から真紅の炎が噴き出した。
真紅の魔導人形「それじゃあ……ごきげんよう、レオン」
炎が少女を包み込む。
その身体は、静かに崩れていった。
装甲も、髪も、衣装も。
何もかもが燃え尽きる。
そして、炎が消えたとき。
そこには、何一つ残っていなかった。
灰も。
破片も。
回収できるような魔力の痕跡さえも。
レオン「……完全に消えた?」
俺は周囲を確かめた。
だが、少女の身体は跡形もない。
レオン(……何だったんだ、あいつ)
確かに倒した。
中核を斬り、戦闘不能にした。
それでも、最後の笑顔が妙に引っかかる。
レオン(……もう会わないことを祈るよ)
俺は剣を鞘へ戻した。
そして、北へ向かって歩き始めた。
* * *
北境、アルセリア辺境軍司令部。
アルセリア辺境伯は、各地から届く戦況報告を確認していた。
辺境騎士「閣下。北方の魔物群が再び移動を始めています」
アルセリア辺境伯「……規模は?」
辺境騎士「複数の群れを確認しました。ただし、進行方向が一致しておりません」
アルセリア辺境伯「……引き続き監視しろ。逃走群と組織的な部隊を混同するな」
辺境騎士「はっ!」
アルセリア辺境伯は地図へ視線を落とした。
アルセリア辺境伯「……レオンはまだか」
その声は低く、短かった。
王都地下。
古代封印施設。
シオン・アルトゥスは、魔法陣に残る微かな異常反応を見つめていた。
シオン「……なるほど。レオンが勝ったか」
銀髪の青年は、小さく微笑んだ。
シオン「見事だな。あの人形を単独で退けるとは」
しかし、次の瞬間、表情を引き締める。
シオン「……ただ、これで終わったと考えるのは早いだろう」
シオンは封印へ魔力を流し続けた。
ここを離れるわけにはいかない。
過去に幾度も失われた未来。
救えなかったレオン。
その記憶を胸に、彼は静かに呟いた。
シオン「今度こそ、別の道を見つけよう」
魔境の奥深く。
古城の地下。
暗い部屋に、いくつもの人型の魔導素体が並んでいた。
その一体。
閉じられていた瞳が、ゆっくりと赤く輝く。
真紅の魔導人形「あら……もう終わってしまったのね」
少女は静かに身体を起こした。
先ほどレオンに斬られたはずの胸元には、傷一つない。
真紅の魔導人形「ふふっ……本当に驚いたわ」
彼女は自身の指先を見つめる。
真紅の魔導人形「まさか、私の中核を斬ってしまうなんて……」
その声には、まだ驚きが残っていた。
だが、やがて少女は微笑んだ。
真紅の魔導人形「レオン・アルセリア……あなたって、本当に面白い人ね」
その背後には、さらに多くの予備素体が眠っている。
真紅の魔導人形「次に会ったら……もっと驚かせてくれるのかしら?」
少女は軽やかに立ち上がった。
真紅の魔導人形「でも、同じ失敗はしないわよ?」
楽しそうな微笑みを浮かべ、少女は暗闇へ歩き出す。
レオンが倒した魔導人形は、確かに完全破壊されていた。
しかし。
真紅の魔導人形という存在そのものは、まだ終わっていなかった。




