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『キモデブニートだった俺が、剣聖スキル持ちの銀髪美少年に転生したケース』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第9章 初めての恋文と、魔術研究会の暴走

 翌日の放課後。


 俺は魔術研究会の部室へ向かう途中で、一人の女子生徒に呼び止められた。


「あ、あの……レオン・アルセリア様!」


「はい?」


 振り返る。


 見覚えのない少女だった。


 同じ一年生だろうか。淡い桃色の髪を肩の辺りで揃え、胸元には学院一年生の徽章を付けている。


 少女は俺と目が合った瞬間、顔を真っ赤にした。


「こ、これを!」


 両手で何かを突き出してくる。


 白い封筒。


 小さな花の模様。


 そして封を閉じる赤い蝋。


「……手紙?」


「はい!」


「俺に?」


「はい!」


「誰かと間違えてない?」


「間違えてません!」


 強く否定された。


 そのまま少女は俺の手へ封筒を押しつける。


「よ、読んでください!」


「ここで?」


「今は駄目です!」


「じゃあいつ?」


「一人の時にです!」


 言うだけ言うと、少女は逃げるように走り去ってしまった。


 俺は廊下に取り残された。


 右手には封筒。


 頭の中には疑問しかない。


「……何だこれ」


「恋文です」


「うわっ!」


 真後ろから声がして飛び上がる。


 いつの間にかリリアーナが立っていた。


 紫色の髪と大きな瞳。


 相変わらず表情は薄い。


「いつからいた?」


「『これを』の辺りから」


「ほとんど全部じゃないか」


「はい」


 リリアーナが封筒を見る。


「典型的な恋文です」


「何で分かる」


「封蝋が赤。花模様。香料も使用されています」


「分析しなくていい」


「さらに相手の顔が赤く、手が震えていました」


「それは俺も見た」


「つまり九十六・三パーセントの確率で恋文です」


 残り三・七パーセントは何なんだ。


 だが問題はそこではない。


「……俺が?」


「レオン様以外に誰が」


「いや、でも」


 理解が追いつかなかった。


 前世で女性から手紙など貰ったことはない。


 学生時代に渡された紙といえば、教師からのプリントか、クラスメイトから回ってきた「後ろに回して」のメモくらいだった。


 それが。


 恋文。


 俺に。


「何かの罠じゃないか?」


「その発想が出る時点で重症です」


「何の?」


「人間不信」


 痛いところを突かれた。




 魔術研究会の部室へ入ると、すでに何人かの部員が集まっていた。


 机には魔石、魔導具、謎の薬瓶、それからどう見ても触ってはいけなさそうな黒い箱まで並んでいる。


「ようこそ」


 部長らしい二年生の女子生徒が立ち上がった。


 名前はマリアベル・クレイン。


 肩まである淡い青髪と眼鏡が特徴で、いかにも研究者という雰囲気だ。


「あなたが噂のレオン・アルセリアね」


「噂が多すぎて、どの噂か確認しても?」


「剣術科なのに魔力制御精度九十九・八七を出した銀髪美少年」


「最後の情報必要です?」


「学院内では重要らしいわ」


 誰にとってだ。


「今日は見学で来ました」


「もちろん。歓迎するわ」


 マリアベル先輩は笑顔で頷いた。


「まずは簡単な魔力制御実験から始めましょう」


「簡単な?」


「ええ。魔石十二個を同時に浮かせるだけ」


「それ簡単なんですか?」


「普通は三つで上出来です」


「簡単じゃないですよね?」


 リリアーナが隣で静かに言った。


「レオン様ならできます」


「何を根拠に」


「昨日、火球十個を同時制御していました」


「見られてたのか……」


 もう隠す意味がない気がしてきた。


 俺は十二個の小さな魔石を前に座る。


 魔力を流す。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 意識を分ける。


 四つ、五つ、六つ。


 そのまま十二個。


 全部浮いた。


「……できた」


 部室が静まった。


「思ったより簡単でした」


 俺が言うと、マリアベル先輩が眼鏡を外した。


「今の発言、魔術師の前であまりしない方がいいわ」


「どうして」


「敵を作るから」


「すみません」


 すぐ謝った。


 


 その後も実験は続いた。


 魔石を円形に回転。


 速度を変える。


 一つだけ逆回転。


 十二個それぞれへ違う量の魔力を送る。


 言われた通りにやってみると、ほとんどできた。


「……おかしい」


 マリアベル先輩が呟く。


「俺、何か壊しました?」


「そういう意味じゃないわ」


 彼女は浮いている魔石を見る。


「普通、魔力制御っていうのは意識を細かく分割するほど精度が落ちるの」


「はい」


「でもあなた、全然落ちない」


 リリアーナが頷いた。


「だから研究したいと言いました」


「俺を標本みたいに言わないでくれ」


「生体解剖はしません」


「『生体』を付けると余計怖い」


 マリアベル先輩が吹き出した。


「あなた面白いわね」


「最近よく言われます」


「入部しない?」


「それも最近よく言われます」


 見学だけのつもりだったのに、また勧誘されている。


 どうして俺の放課後はこんなことになるんだ。


 


 休憩時間。


 俺は窓際の椅子に座り、先ほど渡された封筒を眺めていた。


 開けるべきか。


 いや、渡された以上は読むべきだろう。


 でも読むのが怖い。


「まだ開けてないんですか」


 リリアーナが横から覗く。


「心の準備が」


「剣術序列十二位なのに?」


「剣と恋文を同じ尺度で測るな」


「どちらも対人関係です」


「全然違う」


 そこへマリアベル先輩まで来る。


「あら、何それ」


「何でもないです」


「恋文です」


「リリアーナ!」


「事実です」


 マリアベル先輩の目が輝いた。


「いいじゃない! 開けなさいよ」


「何でみんなそんなに積極的なんですか」


「青春だから」


「俺は静かに生きたいんです」


「青春と静寂は両立しないわよ」


「そんな……」


 衝撃の事実だった。


 仕方なく封を切る。


 中には一枚の紙。


 丁寧な文字で書かれている。


『レオン・アルセリア様へ。


 突然のお手紙をお許しください。


 入学の日、暴れた馬からヴィクトリア様を助けたお姿を見て以来、あなたのことが気になっていました。


 剣術が強いからではありません。


 助けたあと、誰にも自慢せず、恥ずかしそうにしていた姿がとても素敵だと思いました。


 もしご迷惑でなければ、今度一度だけ、お話しする時間をいただけませんか。


 一年C組 ソフィア・レイネル』


 読み終わる。


「……」


「どうでした?」


 リリアーナが聞く。


「分からない」


「何がです?」


「どうすればいいんだ、これ」


 本気で分からなかった。


 嫌ではない。


 むしろ嬉しい。


 誰かが自分を見てくれていた。


 それも剣の強さではなく、行動そのものを。


 ただ。


「俺、あの子のこと何も知らないぞ」


「だから話したいと書いてあるんでしょう?」


 マリアベル先輩の指摘はもっともだった。


「でも期待させたら悪いし」


「もう付き合う前提で考えてません?」


「違うのか?」


「まず話すだけよ」


 それなら。


「……会うくらいなら」


「それでいいと思います」


 リリアーナが頷く。


 その時、部室の扉が開いた。


「レオン様、お迎えに――」


 エリシアだった。


 その後ろにはヴィクトリアとクラリッサもいる。


 エリシアの視線が俺の手元へ落ちる。


 手紙。


 赤い封蝋。


 花模様。


 そして部屋の妙な沈黙。


「……何ですか、それ?」


 俺は嫌な予感を覚えた。


「手紙」


「どなたから?」


「一年の女子生徒」


「……」


 なぜだろう。


 エリシアは笑っている。


 いつも通り優しい笑顔。


 なのに少しだけ空気が違う。


 ヴィクトリアが手紙を見て、目を見開いた。


「まあ! 恋文ではありませんの!」


「声が大きい!」


「誰からですの!?」


「ソフィア・レイネルって子」


「レイネル男爵家のご令嬢ですわね」


 やっぱり知っている。


 貴族社会の人間関係、広すぎないか。


 クラリッサが俺の肩を叩く。


「やるじゃん、レオン!」


「何をやったんだ、俺」


「モテてる!」


「それ、本人に言うものなのか?」


「で? 会うの?」


「話すくらいならって」


 その瞬間。


 なぜか三人とも黙った。


「……何?」


「いえ」


 エリシアが先に微笑む。


「良いことだと思います」


「そう?」


「はい」


 ただし、言葉とは反対に、その笑顔は少しだけ硬く見えた。


 ヴィクトリアは腕を組む。


「まあ、レオンに社交経験が足りないのは事実ですし、女性と話す訓練にはなるでしょう」


「訓練扱いするなよ」


「何か問題が起こったら相談しなさい」


「母親か」


「誰が母親ですの!」


 クラリッサだけは純粋に面白がっている。


「告白されたらどうする?」


「まだ告白じゃないだろ」


「もしされたら?」


 答えようとして、止まる。


 分からない。


 恋愛経験など前世を含めてもほとんどない。


「……その時考える」


「逃げた」


「慎重と言ってくれ」


 


 魔術研究会の見学を終えた帰り道。


 俺は一人ではなかった。


 エリシアが隣を歩いている。


 他のみんなは途中で別れた。


「レオン様」


「ん?」


「お手紙、嬉しかったですか?」


 少し意外な質問だった。


「……嬉しかった」


 正直に答える。


「俺なんかを見てくれてた人がいたんだなって」


「俺なんか、は良くありません」


「セレフィア先生みたいなこと言うな」


「先生の仰っていることが正しいからです」


 エリシアは少し歩いたあと、静かに言った。


「レオン様は、ご自分のことを低く見すぎだと思います」


「そうかな」


「はい」


 彼女の緑色の瞳がこちらを見る。


「剣が強いからでも、銀髪だからでも、顔立ちが綺麗だからでもありません」


「顔は自分で作ったわけじゃないけどな」


「そういうところも含めてです」


「どういうところ?」


「分からないなら、今は分からなくてもいいです」


 少しだけ頬を膨らませる。


 珍しい。


「怒った?」


「少しだけ」


「何で?」


「秘密です」


「理不尽だ」


 エリシアはふっと笑った。


 その笑顔を見ていると、何となくそれ以上聞きにくくなった。


 


 翌日の昼休み。


 俺は中庭の噴水前に立っていた。


 手紙に書かれていた待ち合わせ場所だ。


「……緊張する」


 剣を持って百人に囲まれる方がまだ楽かもしれない。


 そんな馬鹿なことを考えていると、向こうから桃色の髪が見えた。


 ソフィアだった。


 俺を見つけると、彼女は立ち止まる。


 そして深呼吸してから、こちらへ歩いてきた。


「レオン様……」


「こんにちは」


「こ、こんにちは」


 二人ともぎこちない。


 だが不思議と嫌ではなかった。


「手紙、ありがとう」


「読んでくださったんですね」


「ああ」


 ソフィアの顔が明るくなる。


 その笑顔を見て、俺も少しだけ安心した。


 たぶん、こういうところから始めればいい。


 人と知り合うことも。


 誰かに好意を向けられることも。


 そして自分が、その気持ちにどう向き合うのかを考えることも。


 前世では全部避けてきた。


 だから今は分からなくて当然なのだ。


「それで……」


 ソフィアが勇気を振り絞るように顔を上げる。


「レオン様に、お聞きしたいことがあります」


「何?」


「好きな女性のタイプは、どんな方ですか?」


「……」


 難問が来た。


 俺の異世界生活史上、剣術試験よりはるかに難しい問題だった。


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