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『キモデブニートだった俺が、剣聖スキル持ちの銀髪美少年に転生したケース』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第88章 アーマードクラリッサ

 

 セレスティア王国北境。


 魔境からの大規模な魔物軍侵攻が始まって以来、王立学院の空気はすっかり変わってしまっていた。


 北境では王国軍と魔物軍の激戦が続き、すでに多くの死傷者が出ている。


 村や町が襲撃され、補給路が寸断され、住む場所を失った人々も少なくない。


 最近になって魔物軍の大規模な攻勢は一時的に停止したものの、その理由は不明だった。


 敵が補給の限界を迎えたのか。


 あるいは、新たな攻勢の準備を進めているのか。


 いずれにせよ、戦争が終わったわけではない。


 俺――レオン・アルセリアにとっても、北境の危機は他人事ではなかった。


 俺の故郷であるアルセリア辺境伯領も、魔物軍の脅威にさらされている。


 父も兄たちも、領地を守るために動いているはずだ。


 そして、俺たちの仲間である銀髪の少女ルミナも、今は北境にいる。


 ルミナは王国全体を揺るがす危機を知り、自分の能力で何ができるかを分析した。


 長距離転移による補給支援。


 広域防御魔術による兵士や住民の保護。


 魔力探知による敵の動向の調査。


 さらに、現地で戦っている知り合いの辺境騎士フィオナをはじめ、危険にさらされている人々への支援。


 それらを総合的に判断し、ルミナは自らの意思で北境へ転移した。


 誰かに命じられたわけでも、フィオナと特別親しいからという理由でもない。


 一刻を争う危機に、自分の能力が役立つと判断したのだ。


 実にルミナらしい。


 だが。


 レオン(……せめて一言くらい相談してほしかったな)


 そう思ってしまうのも仕方がなかった。




 王立学院、一年生の教室。


 北境の危機が始まって以来、俺たちがいつも集まる一角は、以前のような賑やかさを失っていた。


 かつてはヴィクトリアとクラリッサが言い争い、リリアーナが魔術の話を始め、エリシアが笑顔で仲裁する。


 そんな光景が毎日のように繰り広げられていた。


 しかし最近は、皆の表情が暗い。


 エリシア「……ルミナさん、大丈夫でしょうか」


 栗色の髪を揺らし、エリシアが心配そうに呟いた。


 ヴィクトリア「北境の魔物軍は、まだ相当な戦力を残しているそうですわ」


 エリシア「フィオナさんも、ずっと前線で戦っているのでしょうね……」


 ヴィクトリア「ええ。敵の攻勢が止まったからといって、安心はできませんわ」


 クラリッサ「……あーあ」


 クラリッサが机に突っ伏した。


 クラリッサ「あたしも北境に行けたらなあ」


 ヴィクトリア「クラリッサさん、そんな簡単におっしゃるものではありませんわ」


 クラリッサ「分かってるよ。でもさ、皆が命懸けで戦ってるのに、何もできないって悔しいじゃん」


 ヴィクトリア「……それは、そうですけれど」


 カグラ「……同感」


 黒髪の少女カグラが短く呟いた。


 カグラ「ルミナは、自分にできることを選んだ」


 クラリッサ「そうなんだよ! あたしだって、何かできるはずなのに!」


 その隣で、リリアーナが分厚い魔術書を閉じた。


 リリアーナ「方法はあります」


 レオン「え?」


 リリアーナ「魔力供給です」


 小柄な紫髪の少女は、相変わらず表情が薄い。


 リリアーナ「ルミナさんの長距離転移と広域防御魔術は、どちらも魔力消費が大きいです」


 レオン「……そうだな」


 リリアーナ「補助魔導具があれば、負担を減らせます」


 エリシア「作れるのでしょうか?」


 リリアーナ「理論上は可能です」


 ヴィクトリア「では、ぜひ!」


 リリアーナ「ただし、必要な材料と設計資料が不足しています」


 ヴィクトリア「……そうですの」


 リリアーナ「あと、開発時間も」


 レオン「結構足りないな……」


 リリアーナ「はい。問題が三つあります」


 淡々と答える。


 いつも通りの無表情だったが、リリアーナの指先は魔術書の表紙を何度もなぞっていた。


 彼女なりに悔しいのだろう。


 レオン「……無理するなよ」


 リリアーナ「無理はしていません」


 レオン「そうか?」


 リリアーナ「研究が進まないだけです」


 レオン「それを落ち込んでるって言うんじゃないか?」


 リリアーナ「……否定します」


 少し間があった。


 レオン「今の間は何だよ」


 リリアーナ「回答を検討していました」


 ……いつものリリアーナだった。


 しかし、普段なら俺の魔力制御を研究させろと迫ってくる少女が、ここまで静かなのだから、やはり心配だった。




 アーヴェル「俺たちにも、できることはあるはずだ」


 学年首席のアーヴェルが口を開いた。


 アーヴェル「戦場では戦闘だけでなく、物資輸送や負傷者の救護も重要になる」


 ソフィア「……私も治療薬や解毒薬の調合ならお手伝いできます」


 エリシア「ソフィアさん……」


 ソフィア「でも、必要な物資を北境まで届ける方法が……」


 アーヴェル「軍の補給計画との調整が必要だろう」


 再び沈黙。


 誰もが何かしたいと思っている。


 しかし、簡単には行動できない。


 俺も同じだった。


 レオン(……剣聖スキルがあっても、遠くの人間を全員守れるわけじゃないんだよな)


 北境の危機は、たった一人の剣士が敵を斬れば解決するような問題ではなかった。


 そのときだった。


 マリアベル「ちょっと、あなたたち!」


 教室の扉が勢いよく開いた。




 現れたのは、淡い青髪に眼鏡をかけた女子生徒。


 二年生のマリアベル・クレイン先輩だった。


 魔術研究会の部長である。


 マリアベル「揃いも揃って、いつまでそんな暗い顔をしているの!」


 リリアーナ「……先輩」


 マリアベル「北境が大変なのは知ってるわ! ルミナちゃんやフィオナさんが心配なのも当然よ!」


 先輩は腰に手を当てた。


 マリアベル「でもね! ここで落ち込んでいるだけで魔物軍が撤退してくれるの!?」


 ヴィクトリア「……それはありませんけれど」


 マリアベル「でしょう!?」


 マリアベル先輩は堂々と続けた。


 マリアベル「ルミナちゃんは、自分にできることを考えて北境へ行ったんでしょう?」


 エリシア「……はい」


 マリアベル「だったら、私たちも同じことをすればいいのよ!」


 マリアベル「剣士には剣がある! 魔術師には魔術がある! 研究者には知識がある!」


 マリアベル「心配しているだけじゃなく、仲間を助ける方法を考えなさい!」


 ……おお。


 俺は思わず顔を上げた。


 レオン(……珍しくまともなことを言ってるな)


 いや、失礼か。


 この人だって二年生の先輩だ。


 いつも研究に熱中するあまり、少々危なっかしい言動が目立つけれど。


 こういうときは、きちんと後輩を励ましてくれるらしい。


 エリシア「……そうですね。私たちにも、できることがあるはずです」


 ヴィクトリア「おっしゃる通りですわ。見直しましたわ、マリアベル先輩」


 アーヴェル「正論ですね」


 クラリッサ「……よーし! あたしも何かする!」


 リリアーナ「……賛成です」


 沈んでいた空気が、少し明るくなった。


 レオン(……いい先輩じゃないか)


 ……俺も感心した。


 その瞬間だった。


 マリアベル「そこで!!」


 先輩の眼鏡がきらりと光った。


 ……ん?


 マリアベル「私は、この事態に対応するための新型魔導具を研究開発していたの!」


 ……んん?


 マリアベル「戦闘! 防御! 重量物の運搬! 負傷者の救助! あらゆる局面に対応できる画期的な強化装備!」


 ……待て。


 マリアベル「そして、ついに試作機が完成したわ!」


 猛烈に嫌な予感がする。


 マリアベル「その名も!!」


 一拍置いて。


 マリアベル「アーマードクラリッサ!!」


 …………。


 …………。


 教室が静まり返った。


 レオン「……はい?」


 マリアベル「クラリッサちゃん専用の魔導強化鎧よ!」


 レオン「……鎧?」


 マリアベル「装着者の筋力、防御力、機動力を魔術で大幅に増幅! さらに火属性魔術の出力増強機構まで搭載した、夢の魔導装備なの!」


 俺は天井を見上げた。


 レオン(……さっきの感動を返せ)


 ほんの少しでも、この人をまともだと思いかけた自分を反省した。


 そうだった。


 この先輩は、こういう人だった。




 クラリッサ「すっげえええええ!!」


 突然、クラリッサが立ち上がった。


 目が輝いている。


 クラリッサ「何それ!? あたし専用!?」


 マリアベル「そうよ!」


 クラリッサ「超格好いいじゃん!!」


 マリアベル「でしょう!?」


 二人ががっしりと手を握り合った。


 そこへリリアーナが無言で立ち上がった。


 リリアーナ「……先輩」


 マリアベル「何かしら?」


 リリアーナ「魔導筋力増幅機構は完成したんですか?」


 マリアベル「もちろん!」


 リリアーナ「出力は?」


 マリアベル「理論上、最大四倍!」


 リリアーナ「四倍……」


 小柄な少女の目が、きらりと輝いた。


 リリアーナ「……興味深いです」


 マリアベル「でしょう!?」


 リリアーナ「魔力循環補助回路は?」


 マリアベル「あなたが提案してくれた方式を採用したわ!」


 リリアーナ「……採用されたんですね」


 マリアベル「ええ! なかなか優秀だったもの!」


 リリアーナ「ありがとうございます」


 淡々と答えている。


 しかし、その手にはいつの間にか記録用のノートが握られていた。


 リリアーナ「先輩。設計図を見せてください」


 マリアベル「もちろん!」


 リリアーナ「魔力消費率も確認したいです」


 マリアベル「測定はこれからね!」


 リリアーナ「では、私も参加します」


 レオン「……即決かよ」


 リリアーナ「当然です」


 レオン「何が当然なんだ」


 リリアーナ「貴重な実験です」


 レオン「……ルミナの心配は?」


 リリアーナ「しています」


 レオン「だったら……」


 リリアーナ「だから研究します」


 即答された。


 リリアーナ「完成すれば役に立ちます」


 ……なるほど。


 その理屈は正しい。


 正しいのだが。


 レオン(……嫌な予感しかしない)


 クラリッサ「ねえ先輩! あたしの大剣も強化できる!?」


 マリアベル「当然よ!」


 クラリッサ「火もいっぱい出せる!?」


 マリアベル「もちろん!」


 クラリッサ「最高じゃん!!」


 リリアーナ「……先輩」


 マリアベル「今度は何?」


 リリアーナ「装着者の関節への負荷は?」


 マリアベル「補助機構で軽減する設計よ!」


 リリアーナ「実測値は?」


 マリアベル「まだないわ!」


 リリアーナ「なるほど」


 レオン「なるほど、じゃないだろ!」


 リリアーナ「未測定ですね」


 レオン「そういう問題か!?」


 リリアーナ「測定する必要があります」


 マリアベル「そう! よく分かっているわね!」


 クラリッサ「あたしが着ればいいんでしょ!?」


 リリアーナ「はい。最適です」


 レオン「最適じゃねえよ!」


 ……駄目だ。


 この三人完全に同類だった。




 エリシア「……レオン様」


 レオン「何?」


 エリシア「これは、止めた方がよろしいのでしょうか?」


 レオン「……もう手遅れだと思う」


 ヴィクトリア「先ほどの立派なお説教は、いったい何だったんですの……」


 カグラ「……前振り」


 レオン「……言うな。俺もそう思ってた」


 アーヴェル「しかし、発想自体には合理性がある」


 レオン「お前まで!?」


 アーヴェル「戦場で重量物を運搬できる装備は有用だ。ただし、安全性の確認は必要だろう」


 ソフィア「……負傷者の救助にも役立ちそうですね」


 エリシア「確かに、そうですね」


 ……む。


 それはそうだ。


 北境で必要なのは、敵を倒す力だけではない。


 負傷者を運び、瓦礫を取り除き、物資を輸送する力も必要だ。


 魔導強化鎧なら、それらを支援できるかもしれない。


 レオン(……あれ? 意外とまともな発明なのか?)


 そう思いかけたところで。


 アーヴェル「先輩。安全試験は済んでいるのですか?」


 マリアベル「これからよ!」


 アーヴェル「装着試験は?」


 マリアベル「まだよ!」


 アーヴェル「緊急停止装置の作動確認は?」


 マリアベル「それもこれから!」


 …………。


 レオン(……やっぱり駄目じゃねえか)


 俺は頭を抱えた。


 クラリッサ「よーし! あたしが試す!」


 リリアーナ「記録係を希望します」


 マリアベル「素晴らしいわ!」


 クラリッサ「早く着たい!」


 リリアーナ「測定項目は二十三あります」


 レオン「多いな!?」


 リリアーナ「最低限です」


 レオン「最低限!?」


 リリアーナ「追加できます」


 レオン「追加しなくていい!」




 放課後。


 俺たちは魔術研究会の実験場へ連れてこられていた。


 中央には赤銅色の巨大な魔導鎧が置かれている。


 大きな肩当て。


 厚い胸部装甲。


 背中には魔力炉。


 両腕には補助駆動機構。


 見た目だけなら、かなり強そうだった。


 クラリッサ「おおおお! すっげえ!!」


 マリアベル「どう!? 素晴らしいでしょう!」


 リリアーナ「……美しい回路です」


 リリアーナは目を輝かせながら、装甲の内側を覗き込んでいた。


 リリアーナ「魔力損失が予想より少ないです」


 マリアベル「そうなのよ!」


 リリアーナ「……素晴らしい」


 レオン「お前、本当に楽しそうだな」


 リリアーナ「はい」


 レオン「ルミナのことは……」


 リリアーナ「心配しています」


 レオン「……そうか」


 リリアーナ「完成したら北境へ送ります」


 そう言いながら、彼女は再び回路へ視線を戻した。


 レオン(……なるほどな)


 リリアーナなりの心配の仕方なのだろう。


 ただ落ち込むより、自分の得意なことで役に立とうとしている。


 それは悪くない。


 悪くないのだが。


 マリアベル「では、クラリッサちゃん! 装着試験を始めるわよ!」


 クラリッサ「おおっ!!」


 レオン「ちょっと待ってください!」


 マリアベル「何かしら?」


 レオン「安全対策は!?」


 マリアベル「もちろん考えてあるわ!」


 レオン「……本当ですか?」


 マリアベル「ええ!」


 先輩は満面の笑みを浮かべた。


 マリアベル「レオン君、あなたがいるじゃない!」


 …………。


 レオン「……はい?」


 マリアベル「万一、鎧が暴走したら剣聖の力で止めてちょうだい!」


 …………。


 レオン「俺が安全装置なのかよ!!」


 クラリッサ「ははは! 頼んだよ、レオン!」


 レオン「お前も少しは心配しろ!」


 リリアーナ「合理的です」


 レオン「リリアーナ!?」


 リリアーナ「レオン様の反応速度と身体能力なら、停止できる可能性が高いです」


 レオン「俺の安全性は!?」


 リリアーナ「……検討します」


 レオン「今から!?」


 マリアベル「大丈夫よ! あなたならできるわ!」


 レオン「根拠のない信頼を押し付けないでください!」


 実験場に久しぶりの明るい声が響いた。


 北境の危機が始まって以来、ずっと沈んでいた仲間たち。


 その表情に、ようやく少しだけ明るさが戻っていた。


 ルミナが心配でなくなったわけではない。


 フィオナや北境の人々のことを忘れたわけでもない。


 ただ、自分たちにもできることがあるかもしれない。


 そんな希望が生まれたのだ。


 レオン(……まあ、それ自体は悪くないか)


 俺は小さく息を吐いた。


 レオン(だからって、実験台の安全装置を任されるのは納得できないけどな!)




 そのころ。


 北境の王国軍野営地。


 フィオナは戦況報告を確認していた。


 魔物軍の大規模な攻勢は一時的に停止している。


 だが、これまでの戦闘で多くの死傷者が出ており、補給線の再建も急務だった。


 フィオナ「……不気味な静けさね」


 隣に立つルミナが頷いた。


 ルミナ「はい。敵の動きが急に変わりました」


 フィオナ「撤退ならいいけれど、そう簡単な話ではなさそうね」


 ルミナ「……私もそう思います」


 ルミナは北境の地図を見つめた。


 王都から転移してきたのは、自分で決めたことだ。


 その判断が間違っていたとは思っていない。


 補給隊の防衛や物資の退避など、実際に力になれたこともある。


 しかし、戦争はまだ終わらない。


 ルミナ「……まだ、私にできることがあるはずです」


 フィオナ「頼もしいわ。でも、無理だけはしないでね」


 ルミナ「はい」


 ルミナは静かに微笑んだ。


 そのとき。


 地面の奥深くから、微弱な魔力反応が伝わってきた。


 ルミナ「……?」


 フィオナ「どうしたの?」


 ルミナ「今、地下から……何かが……」


 反応は一瞬で消えた。


 ルミナ「……気のせいでしょうか」


 しかし、その表情は険しかった。


 遠く離れた魔境の古城。


 地下深くで、真紅の魔導人形が静かに目を開いた。


 真紅の魔導人形「……興味深い反応ですね」


 赤い瞳が微かに輝く。


 真紅の魔導人形「王都から来た銀髪の少女……」


 その唇に小さな微笑みが浮かんだ。


 真紅の魔導人形「マスター……新たな接続候補を確認しました」


 暗闇の中で、古代魔導装置が赤く明滅した。


 魔物軍の侵攻は止まった。


 だが、戦争は終わっていない。


 そして王都では、何も知らない学生たちが、新たな希望と――少々危険な発明品を手に、仲間を助けるための第一歩を踏み出そうとしていた。


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