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『キモデブニートだった俺が、剣聖スキル持ちの銀髪美少年に転生したケース』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第83章 真紅の魔導人形


 北境魔境、深部。


 人間の地図には記されていない、黒い岩山に囲まれた谷。


 その奥に、巨大な古城がそびえ立っていた。


 城壁は黒曜石のような岩で造られ、尖塔には不気味な赤い光が灯っている。


 しかし、城の内部は意外なほど整然としていた。


 広い廊下を魔物の兵士たちが行き交い、各地から戻った伝令が戦況を報告している。


 その最上階。


 大きな作戦室では、巨大な戦略地図を挟んで二人の人物が向かい合っていた。


 一人は、全身を黒い甲冑で覆った大柄な魔物。


 頭には二本の太い角が生え、顔には古い刀傷が走っている。


 名を、ヴァルガス。


 北境魔境の軍勢を率いる幹部の一人であり、長年にわたって数多くの戦いを経験してきた歴戦の将軍だった。


 そして、もう一人。


 彼の向かいに立っていたのは、一人の美しい少女だった。


 腰まで伸びる真紅の髪。


 宝石のように輝く赤い瞳。


 黒と深紅を基調とした、精巧な装飾の施された衣装。


 その姿だけを見れば、どこかの名門貴族の令嬢と見間違えるだろう。


 しかし、彼女は人間ではない。


 高度な古代魔導技術によって造られた、意思を持つ魔導人形だった。


 少女は地図を見つめながら、細い指で黒い駒を一つ動かした。


真紅の魔導人形「……東街道方面の狼型魔物、また損耗が増えているわね」


ヴァルガス「人間どもが反撃に出たと聞いた」


真紅の魔導人形「ええ。補給拠点から逃がした輸送隊を守るために、先行集団へ局地的な反撃を仕掛けたみたい」


 少女は報告書を一枚取り上げた。


真紅の魔導人形「敵の本隊が到着する前に、突出した狼型だけを叩く。なかなか合理的な判断よ」


ヴァルガス「……それを褒めるのか?」


真紅の魔導人形「優れた判断なら、敵でも評価するわ」


 少女は当然のように答えた。


真紅の魔導人形「それに、北方の主要防衛砦もまだ持ちこたえている。ハルベルトの住民も大部分が避難した。補給拠点の物資まで、かなり持ち出されたようね」


ヴァルガス「……忌々しい人間どもめ」


 ヴァルガスは低く唸った。


 しかし、少女の表情に怒りはない。


 むしろ、少し楽しそうだった。


真紅の魔導人形「ふふっ。そんなに怒らないでよ。戦争なんだから、相手だって必死に抵抗するでしょう?」


ヴァルガス「俺の兵が死んでいるのだ」


 その一言に、少女は顔を上げた。


 ヴァルガスの拳が、地図の端を強く押さえている。


ヴァルガス「狼の群れも、猪の群れも、ただ数を揃えればよい駒ではない。我らの同胞だ」


真紅の魔導人形「……そうね」


ヴァルガス「貴様には、分からんかもしれんがな」


 少女は反論しなかった。


 ただ、静かに地図へ視線を戻した。


     


真紅の魔導人形「それじゃあ、同胞をこれ以上無駄に失わないためのお話をしましょうか」


 少女は北境魔境から東街道へ延びる進軍経路を指さした。


真紅の魔導人形「まず、先行する狼型の群れ。移動速度は優秀だけれど、後続との距離が開きすぎているわ」


ヴァルガス「……ああ」


真紅の魔導人形「次に大型魔物。あの巨体を維持するには大量の食料と水が必要になる。道中で現地調達しているけれど、いつまでも続けられるものじゃない」


 彼女は黒い駒を数個取り除いた。


真紅の魔導人形「侵攻が始まった頃はよかった。魔境を出たばかりの個体は体力も十分だったし、街道沿いには野生動物や家畜もいた」


ヴァルガス「今は違う、と?」


真紅の魔導人形「ええ。先行集団が通った後には、獲物が減る。後続の群れは食料を探すために散らばり、進軍速度が落ちるの」


 少女は別の報告書を開いた。


真紅の魔導人形「人間側の補給拠点も、期待したほど利用できなかったわね」


ヴァルガス「物資を運び出されたからか」


真紅の魔導人形「それだけじゃないわ。残された倉庫には封印罠が仕掛けられていたし、備蓄食料の一部にも毒が使われていたらしいの」


ヴァルガス「……小賢しい」


真紅の魔導人形「でも、有効な判断よ。少なくとも、こちらが安全に補給できる場所ではなくなった」


 ヴァルガスは腕を組んだ。


ヴァルガス「ならば、人間の町をさらに襲えばよい」


真紅の魔導人形「そう簡単じゃないわよ」


 少女は首を横に振る。


真紅の魔導人形「町を落としても、食料が残っているとは限らない。住民が逃げる時に運び出してしまうかもしれないし、人間の軍隊が先に回収する場合もある」


ヴァルガス「……」


真紅の魔導人形「何より、こちらが南下するほど、人間たちは防衛態勢を整えていくわ」


 彼女は地図に並んだ白い駒を見つめた。


真紅の魔導人形「ここから先は、進むほど損失が大きくなる。食料も水も足りず、負傷した個体も増える。群れをまとめておくこと自体が難しくなっていくでしょうね」


ヴァルガス「……結論は?」


 少女は赤い瞳を細めた。


真紅の魔導人形「そろそろ補給線から考えて攻勢限界点ね」


 そして、わずかに微笑む。


真紅の魔導人形「とりあえずは上出来だわね。魔王様への報告にも、そう書けそうだわ」


 ヴァルガスはしばらく黙っていた。


 やがて、低い声で言った。


ヴァルガス「……つまり、これ以上の南進は得策ではないということか」


真紅の魔導人形「ええ。無理をすれば、もう少し進めるでしょうけど……」


 少女は肩をすくめた。


真紅の魔導人形「それで軍勢が崩壊したら、意味がないもの」


ヴァルガス「……ふむ」


 ヴァルガスは地図を見下ろした。


 北方主要防衛砦。


 東街道。


 失った魔物たち。


 そして、今も戦い続ける同胞。


ヴァルガス「……ならば、各部隊に再集結の準備を命じよう」


真紅の魔導人形「全部を一度に後退させる必要はないわ。水場や採食地を確保できる群れは、そこで休ませればいい。傷ついた個体も置き去りにしないようにね」


ヴァルガス「……言われるまでもない」


真紅の魔導人形「ふふっ。失礼したわ」


 少女は悪びれた様子もなく笑った。


   


 しばらくして。


 ヴァルガスは、地図の北側へ視線を向けた。


 その表情から、先ほどまでの怒りが消えていた。


 代わりに浮かんでいたのは、重苦しいほどの真剣さだった。


ヴァルガス「……かつての我らなら、このような大軍を動かすことさえできなかった」


 少女は黙って耳を傾けた。


ヴァルガス「狼の群れは狼の群れ。猪の群れは猪の群れ。亜人の部族は、それぞれ勝手に争っていた」


真紅の魔導人形「そうね」


ヴァルガス「食料が足りなければ、弱い者から死ぬ。縄張りを奪われれば、別の群れに襲われる。力のある者だけが生き残る世界だった」


 その声には、深い疲労が滲んでいた。


ヴァルガス「俺も長く戦ってきた。人間とも、同じ魔境の者ともな」


 彼はゆっくりと拳を握った。


ヴァルガス「だが、勝っても負けても、何も変わらなかった」


 少女の赤い瞳が、わずかに揺れる。


ヴァルガス「それが今はどうだ」


 ヴァルガスは地図を指さした。


ヴァルガス「異なる種族の群れが、同じ作戦に従って動いている。食料の分配を考え、負傷者を後方へ下げ、次の戦いに備えることができる」


真紅の魔導人形「……ええ」


ヴァルガス「まだ完全ではない。争いも起きる。命令を聞かぬ群れもいる。それでも……」


 ヴァルガスは顔を上げた。


ヴァルガス「魔王様のおかげで、希望が見えてきた」


 その言葉は、驚くほど静かだった。


 戦場で幾千もの敵を倒してきた将軍の声とは思えないほど、真摯な響きがあった。


ヴァルガス「我らがただ奪い合い、殺し合うだけの存在ではないと、初めて思えたのだ」


 少女は黙っていた。


 ヴァルガスは続ける。


ヴァルガス「……もっとも、お前達の存在は気に食わんがな」


 その瞬間、少女の口元が小さく持ち上がった。


真紅の魔導人形「あら。ずいぶん素直な告白ね」


ヴァルガス「当然だ。血も流さぬ人形が、地図の上で同胞の命を数えているのだからな」


真紅の魔導人形「でも、数えなければ無駄に死なせることになるわ」


ヴァルガス「理屈は分かっている」


真紅の魔導人形「なら、仲良くしましょうよ」


ヴァルガス「断る」


真紅の魔導人形「……即答なのね」


 少女は楽しそうに笑った。


 だが、ヴァルガスは笑わなかった。


ヴァルガス「魔王様が認めている以上、俺もお前達の働きを認めよう。だが、信頼するかどうかは別だ」


真紅の魔導人形「構わないわ。私は好かれるためにここにいるわけじゃないもの」


ヴァルガス「……そうだろうな」


 少女は再び地図へ向き直った。


真紅の魔導人形「それに、私たちのことをそんなに嫌っていたら、これから大変よ?」


ヴァルガス「……何?」


真紅の魔導人形「ふふっ。別に」


 少女は意味ありげに笑った。


真紅の魔導人形「あなたが顔を合わせる相手が、私一人とは限らないでしょう?」


 ヴァルガスは眉をひそめた。


ヴァルガス「……まさか、ほかにもいるのか?」


 少女は答えなかった。


 ただ、赤い瞳を細める。


真紅の魔導人形「さあ、どうかしらね」


ヴァルガス「……貴様」


真紅の魔導人形「そんな怖い顔をしないでよ。いずれ分かることだわ」


 その軽い口調に、ヴァルガスは深いため息をついた。


ヴァルガス「……まったく。どいつもこいつも」


 だが、少女はその言葉を聞いて、さらに楽しそうに微笑んだ。


    


真紅の魔導人形「さて、次はこちらね」


 少女は地図の西側へ指を伸ばした。


 西方諸侯連合。


 そこには、いくつかの小さな白い駒が置かれていた。


真紅の魔導人形「セレスティア王国の危機を知って、西方諸侯連合が動き始めているわ」


ヴァルガス「……人間どもが?」


真紅の魔導人形「ええ。国境の係争地を巡って、外交交渉を申し入れたそうよ」


ヴァルガス「戦争を始めるつもりか?」


真紅の魔導人形「まだ分からないわ。強硬派もいれば慎重派もいる。すぐに軍を動かすほど、話は単純じゃないみたい」


 少女は続けて東方を指さした。


真紅の魔導人形「東方聖連邦も、古い聖堂跡の管理権を要求しているわね」


ヴァルガス「……くだらん。魔物の大軍が現れているというのに、土地の奪い合いか」


真紅の魔導人形「人間には、人間の事情があるのよ」


 さらに南方へ視線を移す。


真紅の魔導人形「南海交易同盟は、軍需物資の輸送条件について交渉を始めるみたい」


ヴァルガス「……つまり、金か」


真紅の魔導人形「そういうこと。分かりやすいでしょう?」


 ヴァルガスは低く唸った。


ヴァルガス「……人間同士で争うなら、勝手にすればよい」


真紅の魔導人形「でも、まだ戦争になるとは限らないわよ」


ヴァルガス「構わん。我らが気にすることではない」


 少女は彼を見た。


真紅の魔導人形「そうかしら?」


ヴァルガス「何?」


真紅の魔導人形「人間たちが団結するか、互いの弱みにつけ込むか。それによって、これからの戦況は大きく変わるわ」


 少女は白い駒を一つ動かした。


真紅の魔導人形「もし周辺諸国がセレスティア王国を支援すれば、北方の防衛はずっと強固になるでしょうね」


 続いて、別の駒を動かす。


真紅の魔導人形「でも、各国が自分の利益ばかり追いかければ、王国は魔物との戦い以外にも力を割かなければならなくなる」


ヴァルガス「……なるほど」


真紅の魔導人形「今回の侵攻は、もう周辺諸国の判断にまで影響を及ぼしているのよ」


 少女は楽しそうに微笑んだ。


真紅の魔導人形「さて、人間たちはどうするのかしらね?」


 ヴァルガスは地図を見つめた。


 しばらくして、重い声で答える。


ヴァルガス「……俺には、人間の考えることなど分からん」


真紅の魔導人形「ふふっ。それでいいわ」


 少女は静かに笑った。


真紅の魔導人形「今は、成り行きを見守りましょう。こちらが無理に動かなくても、人間たち自身の判断で状況は変わっていくもの」


 ヴァルガスは何も言わなかった。


 ただ、地図の上に広がる人間の国々を、険しい表情で見つめていた。


   


 その後。


 ヴァルガスが部下への指示を出すため作戦室を離れると、真紅の魔導人形は一人で報告書を整理し始めた。


 北方主要防衛砦。


 ハルベルトの住民救出。


 補給拠点の撤退戦。


 そして、東街道の輸送隊防衛戦。


 いずれも、セレスティア王国の抵抗を示す報告だった。


 少女は、そのうちの一枚へ目を留めた。


真紅の魔導人形「……あら?」


 報告には、奇妙な記述があった。


 北方主要防衛砦に、銀髪の少女が現れたという。


 少女は高度な防御魔術を使い、魔物の突撃を食い止めた。


 さらにハルベルトでは住民救出に協力し、補給拠点や輸送隊の撤退戦でも姿を確認されている。


 真紅の魔導人形は、報告書をゆっくりと読み返した。


真紅の魔導人形「……銀髪の少女?」


 彼女は首を傾げた。


真紅の魔導人形「障壁の展開速度が異常に速い……それに、魔力を使う場所と時間を細かく調整している……」


 彼女の赤い瞳が、わずかに細められた。


真紅の魔導人形「……へえ」


 その声には、先ほどまでとは違う響きがあった。


 好奇心。


 そして、かすかな期待。


真紅の魔導人形「人間の魔術師にしては、ずいぶん器用な戦い方をするじゃない」


 少女は報告書を机に置いた。


 しばらく考え込む。


 そして、静かに呟いた。


真紅の魔導人形「……まさか、ね」


 しかし、すぐに首を横に振る。


真紅の魔導人形「まだ情報が少なすぎるわ。銀髪の少女なんて、それだけで何が分かるというの?」


 彼女は一人でそう言いながらも、報告書を手放そうとはしなかった。


 やがて、作戦室の奥にある扉へ視線を向ける。


 その先には、長い廊下が続いていた。


 廊下の両側には、古い魔導文字が刻まれた扉がいくつも並んでいる。


 それらの扉の一部には、かすかな魔力の光が灯っていた。


 少女は、誰に聞かせるでもなく呟いた。


真紅の魔導人形「……もし、あの子がそういう存在だったとしたら……」


 そして、意味ありげに笑う。


真紅の魔導人形「ふふっ。ますます面白くなりそうね」


 彼女の赤い瞳が、静かに輝いた。


     

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